「ブリタニア・ホスピタル」鑑賞

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「if もしも‥‥」そしてこないだ観た「オー!ラッキーマン」に続く、リンゼイ・アンダーソン&マルコム・マクダウェルのコンビによるミック・トラヴィス3部作の完結編「ブリタニア・ホスピタル」を観た。もっとも今回のトラヴィスは脇役的存在であり、特に主人公のいない群像劇になっている。

舞台となるのはイギリスの大病院ブリタニア・ホスピタル。建築500周年を迎えたこの病院はイギリスの上流階級ばかりかアフリカの独裁者も滞在するような由緒ある施設だったが、スタッフのストライキによってその機能はマヒする寸前だった。おまけに病院の外には独裁者に対するデモ隊が集まり、一発即発の不穏な雰囲気が漂っていた。その一方で病院の幹部たちは皇族の来訪を控えて準備に大忙し。そんななかテレビ局のジャーナリストとなったミック・トラヴィスは、病院内で実際に何が起きているのかを探るために、小型カメラを抱えて設備に侵入するが、そこで彼が目にしたものは…。というのが話のものすごく大まかなプロット。

病院をイギリス社会の縮図としてとらえ、上層部の緩慢、医者の虚栄、メディアの偽善、不平ばかりたれる労働者、そして飾りでしかない皇族などを辛辣に描いている点が非常に素晴らしい。「オー!ラッキーマン」に比べて良くも悪くも社会風刺が毒々しいものになっていて、気違い医者の毒牙にかかってものすごくヒドい目にあわされるトラヴィスの運命が何とも哀れである。しかもその医者が何の報いも受けないまま、最後にやたらカッコいい大演説をぶつところがこの映画の狂気を示しているといえよう。後半から終盤にかけて病院をとりまく状況がどんどんエスカレートしていき、デモ隊が暴徒と化すカタルシスには圧倒される。

ちなみにこの作品(1982年公開)を撮ったときのアンダーソンは60歳になろうとする頃。若手なんかより年取った監督のほうがずっと社会的にトンガったものが作れるという好例であろう。暴徒のシーンなんかは描写が本当に手慣れているというか何というか。80年代初頭に比べても、最近のイギリス映画はいかに勢いが無くなったかを考えさせられる作品だった。

「FAY GRIM」鑑賞

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「ヘンリー・フール」の続編「FAY GRIM」を観た。ハル・ハートリーの映画を観るのは「ヘンリー」以来だから10年ぶりくらいか。名ばかりの続編かと思ったらかなり話が直結してたので、記憶の片隅をほじくり返しながら観るはめになったぞ。ハートリーの作品といえばニューヨークを舞台にした、日常生活の描写が特徴的なドラマという印象が強かったけど、なんと今回は世界をまたにかけたスパイ・スリラーになっていて、ベルリンやイスタンブールでロケをしたそれなりの大作になっている。ビデオ撮りなのが少し残念だが。

ヘンリー・フールの失踪後、彼とのあいだにできた息子との生活に追われるフェイ・グリムが物語の主人公。ある日彼女のもとにCIAのエージェントが現れ、意外な事実を突きつける。実はヘンリーは世界中で暗躍した特殊エージェントであり、駄文が書き連ねられていると思われていた彼の手記には、世界各国の機密情報が暗号で記されているというのだ。手記の入手を命じられたフェイはヘンリーとの再会を望んでパリに向かうものの、そこで彼女を待ち受けていたのは数々の策略と陰謀だった…。というのが大まかなストーリー。フェイ役のパーカー・ポージーをはじめジェームズ・アーバニアクやトーマス・ジェイ・ライアンが前作に続いて登場するほか、ハートリー作品の常連であるエリナ・レーヴェンソンに加えてジェフ・ゴールドブラムなどが出演しているぞ。

とりあえず「ヘンリー・フール」的なものを期待してると壮絶な肩すかしをくらう。登場人物が多いうえに話が二転三転もしくは四転五転くらいして何が何だか分からなくなるのは問題だよな。以前のハートリーの作品ってプロットが薄い(話の展開が小さい)ぶん登場人物の性格や形式ばったセリフが活かされるところがあったが、今回はいろいろ詰め込みすぎ。冒頭のニューヨークのシーンとかはいかにもハートリー的で面白いのに、フェイがパリに渡ったあとはいろんな国のエージェントが登場してきて、フラッシュバックが多用されて急展開しまくるプロットを追うのが忙しくてセリフを十分に堪能できないんだよな。あと全編を通じてカメラのアングルが必ず左右どちらかに傾いていて、それはそれで独特な雰囲気を醸し出してるんだけど、観てるうちに椅子から転げ落ちそうな気がしてくる。

パーカー・ポージーの演技とかイスタンブールの光景とかハートリー自身による音楽とか、各所に素晴らしい要素があるのに、全体としては不満の残る出来になっているのが何とも残念。「FLIRT」以降は海外ロケが好きなハートリーだけど、やはり彼はニューヨークの片隅で小ぢんまりとした作品を作ってるほうが似合うのではないか。

「SONIC OUTLAWS」鑑賞

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ここ数年で日本でも活発に論議されるようになった、知的著作権やフェアユースについてアーティストの側から語られたドキュメンタリー「SONIC OUTLAWS」を観る。

U2の曲を勝手にサンプリングして彼らに訴えられていた頃のネガティヴランドを中心に、音源を切り刻んでコラージュする人やビルボードの宣伝を書き換える人、海賊ラジオを放送する人といった様々なアーティストの活動と作品が紹介され、著作権に対する彼らの考えが述べられていく。以前にビデオクリップを紹介したEBN(Emergency Broadcast Network)や、イエス・メンの前身であるバービー解放戦線も出てくるぞ(みんな顔つきがヤバい人に見えるのは気のせいか?)。彼らの行う音や映像のコラージュはバロウズにならってカット・アップと呼ばれているが、今だとマッシュ・アップと言うのかな。作品自体がコラージュ的というか実験映画的な作りになっているので、話の流れが直線的でなくやや分かりづらい(見づらい)点があるのは仕方ないか。

1995年の作品ということで扱っている情報は古いものの、当時のフェアユースに対する概念がうかがえるのも興味深い。「カルチャー・ジャミング」なんて言葉はこの頃からあったんですね。「インターネットは今後どんどん中央管理されてくだろう」なんて発言もあるが、これは当たってるのかな…?あの当時だとまだ音楽や映像のコラージュにはオープンリールのテープなどといったプロ用の機材が必要で、作業にそれなりの職人技(=アーティスト芸)が必要とされてたと思うんだけど、それが10年ちょっとたった今じゃ市販のパソコンがあれば中学生でも音や映像が切り貼りできる世の中になったんだよな。Youtubeなんかを見ればわかるように、こうした素人が作った作品がプロの作品よりも人気が出てたりするわけで、ゲージュツについてはプロと素人の境界がどんどん薄れてきているわけだ。そして既存のものを再利用して新たな作品を生み出すこともどんどん活発になってきている。これに合わせ、知的著作権の扱いに対する規則・法律というのはより早いサイクルで再考・更新を迫られることになるんだろう。

それにしてもアメリカってこういうトンガったアーティストが多数いて羨ましいよな。日本だとすぐに社会から抹殺されそうなもんだが。

「オー! ラッキーマン」鑑賞

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「If もしも….」に続いてリンゼイ・アンダーソンとマルコム・マクダウェルがコンビを組んだカルト的作品「オー! ラッキーマン」を観た。マクダウェルが演じる主人公の名前は「If もしも….」と同じマイケル・トラヴィスだが、続編というわけではない。

あの当時のイギリス映画独特の、真っ黒けっけなユーモアがぎっしり詰められていて非常に楽しい作品。コーヒー豆のセールスマンとしてイギリス北部に派遣された主人公が、下宿の女将に誘惑されたり、軍につかまって拷問されたり、病院で人体実験をされかけたりとシュールかつ無茶苦茶な目にあいつつ世の中の摂理を理解していく、というのが主なストーリー。同時にイギリスの警察や裁判官や金持ちの実の姿を痛烈に風刺した内容になっている。3時間近い長尺だが、話の展開が異様に早いので観てて飽きることがない。元アニマルズのアラン・プライスが狂言回しとして随所に登場し、歌を披露するのも話にいいテンポを与えている。

これはマクダウェルが「時計じかけのオレンジ」のすぐあとに出演した作品らしいが、この頃の彼の雰囲気って凄いですね。ハンサムでもないし愛嬌があるわけでもないんだけど妙に人をひきつけるところがあって、「オレンジ」のアレックス同様に利己的に振る舞っても全然嫌みがなく、何やっても許されるような無垢な感じがするというか何というか。逆に後半で愚直なモラリストになると急に言動が空回りするのも面白い。あとの出演者は若かりし頃のヘレン・ミレンが出ているほか、複数の役を演じている役者が多いのが特徴的。最後にはリンゼイ・アンダーソン本人が出てきて、マイケルをこの映画に起用するというメタなことになってしまう!こういう映画はもう作られんだろうなあ。

ちなみにウィキペディアのこの映画のページには、「グラント・モリソンの作風に影響を与えた」みたいなことが書かれてるけど、そうかぁ?あまりモリソンっぽさは感じなかったけどね。

「RESCUE DAWN」鑑賞

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ヴェルナー・ヘルツォークの久々の非ドキュメンタリー作品「RESCUE DAWN」を観た。これは以前に取り上げた、ヘルツォーク自身によるドキュメンタリー「Little Dieter Needs To Fly」をドラマ化したもので、飛行機に憧れてドイツからアメリカに渡り、空軍のパイロットとなったディーター・デングラーの姿を描いている。

ベトナム戦争に派遣されたディーターは操縦する戦闘機を撃墜され、北ベトナム軍に捕獲されてしまう。彼は拷問を受けたあとに他のアメリカ兵が収容されている捕虜収容所に移されるが、そこの過酷な状況にも耐えて収容所からの脱出を計画する…というのが主な内容。最初の10分くらいで戦闘機が撃墜される展開はかなり急だったが、そのあとは収容所における極限の生活と、逃亡後のジャングルでのサバイバルの姿がじっくり描かれている。ヘルツォーク作品の常として自然の描写はかなり見事。ベトナムではなくタイで撮影されたものらしいが、ジャングルや岩山の光景は非常に美しい。ただし主人公が「陽気でいい人」ということもあって、ヘルツォークの昔の作品に比べてかなり話が凡庸な気がしなくもない。やはりクラキンがいなくなった穴は大きいなあ。

主人公を演じるクリスチャン・ベールは相変わらず演技が上手だが、それ以上に他の捕虜を演じるスティーブ・ザーンとジェレミー・デイビスの演技が光る。スティーブ・ザーンなんてB級コメディの人かと思っていたけど、シリアスな演技がこんなに巧かったんだ。あとベールは映画によって体重の増減が激しすぎ。早死にするぞ。この作品ではウジ虫なんかも喰ったりしてるし。

伝記映画にはよくあることだけど、描かれている内容が実在の出来事とずいぶん違うということで捕虜たちの遺族から非難されているらしい。ここらへんはヘルツォークも十分承知したうえで意図的にフィクションを混ぜているので、観るときはちょっと留意したほうがいいかも。