「ウエスタン」鑑賞

風邪をひいて会社を休んだので、家でゆっくりとセルジオ・レオーネの「ウエスタン」を観る。まだ観たことがなかったのです。

3時間近い長編でありながらセリフの量が圧倒的に少なく、すべてを演出とエンニオ・モリコーネの音楽だけで語り尽くす手法は実に見事。最近はこんな映画まるで作られなくなっちゃったね。主役のチャールズ・ブロンソンが仏頂面すぎる感じがなくもないが、生涯唯一の悪役を演じるヘンリー・フォンダの憎々しくも魅力的なキャラクターと好対照をなしていて面白い。またモリコーネの音楽だけでなく、きしむ風車や汽車の蒸気などといった自然音も非常に効果的に使われており、場面の雰囲気をうまく醸し出している。レオーネ作品の効果音といえば、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の冒頭の電話の音の使い方が衝撃的だったなあ。

個人的には「続・夕日のガンマン」や「〜アメリカ」にはどうしてもかなわない作品であるものの、それでも大傑作であることには間違いないのです。

「BRICK」鑑賞


高校を舞台にした新型のフィルム・ノワールということでカルト人気を博した低予算映画「BRICK」を観る。

大・傑・作・!

すげー面白い。失踪した元彼女の行方を探そうとする主人公をはじめ、頭脳派の相棒、麻薬王、その血気盛んな手下、町のごろつき、主人公にクギを刺す警察署長(の代わりの校長先生)、そしてもちろんファム・ファタールといったノワールにつきもののキャラクターたちが登場し、謎が謎を呼ぶプロットのなかでは主人公がぶちのめされたり、好ましからざる死体が発見されたり、最後にどんでん返しが待っていたりと、これまた典型的なノワールのストーリー展開がいくつも起きるんだが、決してクリーシェだらけの話にはならず、むしろ古典的な枠組みのなかで斬新なストーリーテリングを行うことに成功しているのが素晴らしい。またストーリー展開だけでなく編集のテンポも良く出来ていて、観ているうちにどんどん話に引き込まれていく作品。

ストーリーについてはネタバレになるのであまり書かないが、あるカリフォルニアの高校のアウトサイダー的存在である主人公が、2ヶ月前に分かれた彼女から突然電話で連絡を受ける。彼女は何かにひどく怯えており、何があったのかを話さないまま電話を切ってしまう。こうして主人公は彼女の行方を追い、彼女が残した謎の言葉「ブリック(レンガ)」が何なのかを突き止めようとするうちに、大きな陰謀にまきこまれていく…といったもの。大したストーリー説明になってないね。失礼。

この映画を見るまで、主人公を演じるジョセフ・ゴードン・レヴィットという役者を知らなかったんだけど、その演技力のうまさは若手俳優ナンバーワンとまで言われている人らしい。メガネをかけて安っぽい服を着ている主人公の姿はフィリップ・マーロウやサム・スペードといった従来のガムシュー(探偵)のイメージとはずいぶん違うけど、その鋭い観察力と頭脳の明晰さで謎を解いていく姿はイヤミなところがなく非常にクール。黒人探偵シャフトことリチャード・ラウンドトゥリーもちょっと出てるよ。

高校が舞台の探偵ものというと、最近ではテレビシリーズの「ヴェロニカ・マーズ」があるけど、この映画はあれよりも内容が暗くて重く、雰囲気的には同じ低予算映画の「プライマー」に似たところがあるかな。高校特有の人間関係の窮屈さなどがうまく表現されていて、大人の上流社会の世界をそのままエリート学生の世界に置き換えてるところなんかは発想の勝利と言ってもいいだろう。プロットが複雑すぎるとかセリフが不自然すぎるといった批判もあるらしいけど、あくまでもこれはノワール映画へのオマージュ的作品なんだから、スタイリッシュなセリフの数々を吟味して鑑賞しましょう。

ノワールに興味ない人でも十分楽しめる作品。お勧め!

「ON A CLEAR DAY」鑑賞

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ケン・ローチ監督の「マイ・ネーム・イズ・ジョー」の主人公、および「マグダレンの祈り」の監督でもあるピーター・ムランが主演した作品「ON A CLEAR DAY」を観た。彼が演じる主人公のフランクはグラスゴーの工場で長らく働いていたが、ある日解雇を通告されてしまう。生きる目標を失った彼は、人生を一新させる目的としてイギリス海峡を泳ぎきろうと決意するのだった…。というのが大まかな内容。ちなみにホビット君ことビリー・ボイドが出てるでやんす。

あらすじから予想がつくかもしれないが、要するに「フル・モンティ」という柳の下にいる527匹目くらいのドジョウ。労働者階級の男たちが冗談を言い合い、励まし合いながら大きな目標に向って進んでいくというストーリーはイギリス映画界の名産物になったなあ。しかも今回は長いあいだ不仲だった息子とか、家計を助けるため健気に働く妻、主人公の姿に励まされる友人たちなど、この手の映画につきもののクリシェがたんまり入っててお腹いっぱい。でもストーリー展開は王道を行っているので先が読めるとはいえ決して心地の悪いものじゃないし、ムランの演技がしっかりしてるので観ててそれなりに楽しめたかな。
気になったのは、主人公と周辺の人たちのエピソードがいろいろ出てくるんだけど、どれもが短くてきちんと描ききれておらず、これが逆に映画のテンポを悪いものにしてるところがあった。登場人物がもう1〜2人少なかったほうが良かったんじゃないの。

ちなみにこの映画って製作会社がメル・ギブソンのアイコン・フィルムなんだけど、ギブソンはあんな失態をおかして映画界から総スカンをくらったわけで、今後のアイコンの運営ってどうなってくんだろう。

「アメリカを斬る」鑑賞

ニュー・アメリカン・シネマの隠れた傑作「アメリカを斬る」こと「MEDIUM COOL」を鑑賞。「警察の暴動」があったことで悪名高い1968年のシカゴ民主党大会をリアルに描いた作品である。

ロバート・フォースター(このころから渋い!)が演じる主人公はテレビ局の報道カメラマン。彼は事件性のある物語を追うためならゲットーに乗り込むことも厭わない男だったが、ふとしたことからベトナムで夫を失った子持ちの女性と知り合い、恋仲になっていく。そんなある日、彼はテレビ局が勝手に取材用の映像を警察やFBIに見せていたことを知り、激怒して上司に挑もうとするものの逆に局を解雇されてしまう。それでも彼は民主党大会を取材するために会場へ向うが、その周辺では反戦を訴えるデモ隊と警官隊が一発触発の状態になっていた…。というのが主なストーリー。

冒頭から報道関係者のモラリティが議論されたり、黒人の主張が途中で述べられたりするなど、全体的に少し説教めいた感じがしなくもないが、撮影も兼ねている監督のハスケル・ウエクスラーの映像作りが上手なので観ていて気にならない。シーンのセグエの仕方とか、小道具(ポスター)の使い方、画面の構成などはまるで映画の教科書を見てるかのよう。ロバート・ケネディの暗殺の描写も実に見事。また暴動の映像などはすべて本物を使っており、現場の緊迫した雰囲気が十分に伝わってくる。暴動が起きることを予期して、本物のデモ隊の間に役者を歩かせて撮影したというその手腕には脱帽するしかない。

なお原題の「MEDIUM COOL」というのはマーシャル・マクルーハンのメディア論からとったもので、ラジオが「ホット」な媒体なのに対しテレビは「クール」な媒体(与える情報量が少なく、より積極的に視聴することが求められる)だというわけだが、同時にテレビが「冷酷な」メディアであることを示唆しているのは間違いない。テレビ批判、という意味では後年の「ネットワーク」と通じるものがあるかな。それにしてもあのラストは…。こないだの「ミーン・ストリート」もそうだったけど、あの当時の観客はバッドエンドが観たくて映画館に足を運んでたんだろうか?

ちなみに劇中で「最近のニュースはみんな事前に筋書きが決められてしまってる」なんてセリフが吐かれるんだが、これっていまのニュースも同じだよな。よく分かんない理由で戦争が行われてて、兵士がどんどん死んでってるところも同じ。時代は繰り返すというか何というか。もし60年代と現在とで違う点があるとすれば、暴動を起こすような若者がいなくなってしまったことか。

「ノミ・ソング」鑑賞

ドイツ出身のニューウェーブ・シンガー、クラウス・ノミの生涯を追ったドキュメンタリー「ノミ・ソング」を観る。

いやもうやっぱクラウス・ノミ最高。「奇抜」とか「前衛的」といった表現が失礼に思えるくらい。従来のアートの概念を粉々にするようなパフォーマンスを、しれっとした顔でやってのけてる姿が実に衝撃的だ。俺みたいな凡人の頭を100回トンカチで叩いたって出てきそうにないコンセプトのファッションで踊り、超音波のごときファルセット・ボイスで歌う姿は、もはやこの世のものとは思えないほどに神々しい。

このドキュメンタリーでは彼の生い立ちや私生活が語られ、彼のイメージ作りに関わった人たち(コントーションズのマネージャーなんてものいたらしい)にインタビューすることによって良くも悪くもノミの「非神格化」が行われているものの、それでも彼の独創性はビクともしない。多くの人が述べているように、ニューヨークに移ってきたばかりの無名時代から彼はすでに特殊な存在であって、周囲の人はあくまでも彼に手を貸していっただけのような気がする。パイを焼くのが趣味だったとかツィステッド・シスターの前座をしたとかいう「ちょっといい話」を聞かされても、彼が普通の人間であったということは信じ難いわけで、作品中でも言及されているように、実は宇宙から来た存在だったとしても何ら不思議はない。誰もエイズなんて病気を知らなかったときに(1983年)エイズで死んだというのも、彼がいかに時代を先取りしていたかを象徴しているんじゃないかな。

あと300年くらいすれば、我々人類はノミの真の素晴らしさをやっと理解することになるだろう。

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