「SF巨大生物の島」鑑賞

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レイ・ハリーハウゼン大先生が特殊効果を担当なされた「SF巨大生物の島」を観た。

いちおう原作はジュール・ベルヌの「神秘の島」なんだけど、邦題のごとく巨大生物が登場しまくって原作とはかなり内容のことなるものとなっていた。でもハリーハウゼン先生にはやはりダイナメーションで怪物をグリグリ動かしてもらわないと、ねえ。その肝心の巨大生物だけど、カニ(本物の殻を使ったらしい)やハチ、タコ、やけに色のハデなニワトリなど日常生活でみかける動物ばっかなので「アルゴ探検隊の大冒険」や「タイタンの戦い」に出てくる神話上の怪物たちに比べてインパクトは弱いものの、それでも精一杯動いて話を盛り上げてくれる。巨大カニが温泉に落ちてカニ料理になる、なんてお茶目な展開があるのもまたよし。

無人島に漂着した主人公たちがやけに気楽な暮らしをしてるように見えてしまうものの、要所要所にセンス・オブ・ワンダーを醸し出す演出がしてあって、観る人を飽きさせない。「LOST」なんかよりも面白いんじゃない?ネモ船長の初登場時のコスプレ(背中に巨大な巻貝を背負っている)はあまりにもマヌケすぎて笑ったけど。

特殊効果は確かに現在のものに比べればショボいけど、結局のところ話が面白ければ現在観ても十分楽しめるということを証明した良作。

「ニーベルンゲン~クリームヒルトの復讐」鑑賞

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巨匠フリッツ・ラングが1924年に公開した「ニーベルンゲン」2部作の後編「ニーベルンゲン~クリームヒルトの復讐」を観た。第1部の「ジークフリート」は5年くらい前に観たのかな。120分を超えるバージョンもあるらしいけど、俺が観たのは90分ちょっとのものだった。

俺は前から神話とか民間伝承が大好きで、現代の偽善的な「政治的に正しい」平等主義などお構いなしに、人間(もしくは神々)のあざとさとかえげつなさが意外と露骨に描き出されているところに魅力を感じるのです。例えば日本神話の国産みの話だって、女(イザナミ)のほうが男(イザナギ)よりも性行為に積極的だったからという理由で障害児(ヒルコ)が産まれ、仕方ないから船に乗せて流して捨てたという実に差別的なものであるわけで、別に俺は差別を助長する気はないけど、このように現代社会では明らかにタブーとされている内容に逆に新鮮味を感じてしまうわけだ。

そしてこのドイツの民間伝承(叙事詩)である「ニーベルンゲン」も本で読んだときは大きな衝撃を受けたっけ。ワグナーの「指輪」のような耽美的でナヨナヨとしたものとは違い、文字通り血で血を洗う争いが繰り広げられるその内容にはただ圧倒されるのみ。英雄ジークフリートが暗殺によって非業の死を遂げる場面が特に有名だが、あれだってもともとは妻のクリームヒルトが兄貴の妻にミエを張って痴話ゲンカをしたのが発端なわけで、そんなことのためにジークフリートは殺されたわけですよ。

それから物語の後半となる「クリームヒルトの復讐」では壮絶なる復讐劇が繰り広げられ、何千人もが血祭りにあげられるという実に凄まじい展開になってしまう。しかも悲劇の王女だったクリームヒルトはすぐに復讐に燃える悪女になってしまうし、その兄のギュンター王は何もできないデクノボーだし、ジークフリートを殺したハーゲンは悪役のくせにやたらカッコいいし、誰ひとり善人がいないまま殺戮が繰り返され、何の教訓も残さないまま終わる物語は素晴らしいとしか言いようがない。

そしてこの映画版だが、内容は基本的に原作(?)に忠実。ハーゲンのフン族の国への訪問よりもクリームヒルトの嫁入りに時間を割いてるかな。セットが小さくて人物に寄ったショットが大きく、字幕の画面が頻繁に出てくることもあって、なんか紙芝居を見てるような気になってしまう。ラングがこの後に撮った史上最高の大傑作「メトロポリス」の壮大さが無いのは仕方ないにしろ、第1部の竜退治のようなシーンもなく、全体的にチマチマした印象を受けるのは否めない。でもクリームヒルトの衣装デザインなどは凝っている。あと原作で火攻めにあったハーゲンたちがのどの渇きをいやすために、仲間の死体の血をゴクゴク飲んで「ああ、うめえ!」なんて言うとんでもないシーンはなし。ちょっと期待してたんだが。

ちなみに冒頭に「ワグナーはこの作品をもとにオペラを作った」という説明が流れるんだが、1924年といえばドイツではナチスが台頭してきた頃でもあるわけで、この映画はワグナー絡みのプロパガンダの一環として作られたんだろうか(ラングは後に亡命するけど)?でもまあ前述したように、観終わっても心に何の教訓も残らない作品ではあるんだけどね。

「コブラ・ヴェルデ」鑑賞

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ヴェルナー・ヘルツォークが気違い男クラウス・キンスキーと最後に組んだ作品「コブラ・ヴェルデ」を観る。

ブラジルで山賊をやっていた主人公コブラ・ヴェルデはその腕を見込まれサトウキビのプランテーションの管理役をまかされるのだが、やがて農場主たちの奸計によってアフリカへと派遣される。そこで彼は地元民たちの信頼を得て奴隷商売を成功させるのだが、やがてその国の王に目をつけられることになり…というのが大まかなストーリー。

ブラジルでの公開ムチ打ちからアフリカの王の儀式まで、なんかモンド趣味が満開の映画になっていた。奴隷やら女戦士やら障害者やらがとんでもない数で出てきて、もうお腹いっぱいといった感じ。公開は1987年と比較的最近の映画だけど、こんなのいま作ったら差別的だって非難されるよなあ。でも単なるゲテモノ映画になっておらず、ちゃんと荘厳な雰囲気の作品になっているのは監督の手腕か。ヘルツォークの風景描写の技量はハンパじゃないですからね。CGなぞ使ってない大群のシーンにも圧倒される。ちなみに音楽は例によってポポル・ヴーが担当してた。

キンスキーが自ら運命を切り開くようなタイプの人間でなく、周囲の人間の企みに翻弄される人を演じていることなどからも「アギーレ」や「フィッツカラルド」にくらべて見劣りする作品ではあることは間違いないが、それでもそんじょそこらの作品なんぞよりはずっと面白い。

「スカーフェイス」鑑賞

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こないだ「COCAINE COWBOYS」を観たからというわけでもないんだが、まだ観たことがなかった「スカーフェイス」を鑑賞する。なんか登場人物の服装とか見てると、80年代は遠くになりけり、としみじみと思ってしまう。あの当時のファッションとか音楽とかってカッコ悪かったなあ。

キューバ難民の事情とかを背景に、一介のチンピラが大物に成り上がっていく描写は決して悪くないものの、アル・パチーノはこれと似たことを「ゴッドファーザー」でずっと上手く演じているわけで、何か全体的に古くさいというか、話が典型的すぎてる気がするのは否めない。まあこの作品をパクった映画が多いので新鮮味がなくなっただけ、という見方もできるんだが。

とにかく主人公が基本的にアホなので、マイケル・コルレオーネなんかと違って観てても感情移入できないんだよね。これはギャングスタ・ラッパーたちに評判が高いことで知られる作品だけど、やはりアホ同士で共感できるところがあんのかな。決して悪い映画ではないんだが、俺の好きなタイプの作品ではなかったと思う。

「リトル・ミス・サンシャイン」鑑賞

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「リトル・ミス・サンシャイン」を観てきた。「AVクラブ」のレビューでは肯定的なものと否定的なものの両方があったので、あまり期待せずに観たんだが…。

うーん、なんか惜しい映画。それぞれ悩みを抱えた家族のメンバーが、娘の美少女コンテスト参加のためにバンに乗って旅をするうちに、自分たちがそれまで持っていた価値観よりも大切なものがこの世にあることに気づく…というのが、まあものすごく大まかな話の流れであるんだけど、各人が持っている悩みというか価値観というのが「自己啓発の本が売れない」とか「ゲイの恋人にふられた」とかという、なんかとってもアメリカンなもので、いまいち共感できるところがないんだよね。

そもそも物語の発端となった美少女コンテストだって、プラスチック製の人形のような女の子が大人にわざとらしく愛嬌をふりまくという非常におぞましいものであって(ジョンベネちゃん殺人事件もあったし)、そんなものに娘を参加させようとした時点で「あんたらどこか変じゃないの?」と思わずにはいられないのです。あと息子が××だということが判明するシーンもあるけど、普通もっと早く日常生活で気づかないかあ?

こういう映画って観る人がいかに登場人物に感情移入できるかというのが非常に重要なポイントなんだけど、残念ながら個人的には共感できるところが少なかったかな。だからといってダメダメな作品かというと必ずしもそうでなく、感動できるシーンはいくつかあったし、グレッグ・キニアやスティーブ・カレルの演技もとてもハマっていて良かったと思う。それだけに前述のような理由で楽しめなかったのが惜しまれるところであります。残念。