「グライド・イン・ブルー」鑑賞

70年代の隠れた名作「グライド・イン・ブルー」をDVDで観る。原題が「ELECTRA GLIDE IN BLUE」で「エレクトラ・グライド」というバイクが出てくる話なんだから、この邦題は何かヘンじゃないか?まあいい。

主人公のジョンはアリゾナの砂漠で勤務する、生真面目な白バイ警官。ヒッピーの車を止めて尋問するような生活にうんざりしていた彼は、殺人課の警部の仕事に憧れていた。そして人里離れた小屋での老人の殺人事件に関わった彼は、その功績を認められて殺人課に転属する。しかしそこでも警察による権力の悪用が蔓延していることを知った彼は、自分の正義感が空回りするのを感じ、疎外感を強めていくのだった…。というのが大まかな内容。

アメリカン・ニューシネマ的とでもいうのか、「自分たちの居場所を見つけられない人々」がテーマのストーリーは「イージー・ライダー」に通じるものがある。特にラストは「イージー・ライダー」そのまんまなんだけど、こちらは体制側の人間を主人公にしているのが対比的だ(「イージー・ライダー」の写真を撃ち抜くシーンがあったりする)。低予算映画ながら、バイク・チェイスのシーンなんかも迫力があって楽しめる。撮影は名匠コンラッド・ホールだとか。ストーリーや編集は荒削りなところもあるものの、夢破れた男女の物語が淡々と語られていくのが印象的だ。

主人公を演じるロバート・ブレイクは去年あたりに妻殺しの容疑で逮捕されて以来、その裁判が全米で注目され変な意味で時の人となった俳優だが、チビのマイク・マイヤーズみたいな容姿ながら、この作品では自分の職務に忠実な警官の孤独をうまく演じきってると思う。白バイを西部劇の馬のごとく操り、荒野を走る姿がなかなかカッコいい。

ちなみに監督のジェームズ・ウィリアム・ガルシオはシカゴ(バンドだよ)のマネージャーだったらしいが、この作品にもピーター・セテラをはじめシカゴのメンバーが何人か出演してる。80年代になれば甘ったるいラブソングばかり歌うようになるシカゴだが、この頃はまだヒッピーみたいな姿だったんすね。

「氷海の伝説」鑑賞

外は天気がいいってのにカゼが抜けきらないので、ずっと家にいて「氷海の伝説」こと「ATANARJUAT: THE FAST RUNNER」をDVDで観る。以前に岩波ホールでやってた時は観に行けなかったので。カナダ政府から助成金をもらって撮影された映画であり、全編イヌイット語のフィクション映画という意味では世界初の作品らしい。

舞台となるのは数百年前のイヌイットの部族の居住地。部族の長の息子であるオキにはアートゥワという娘と結婚することになっていたが、これは親同士の取り決めに夜結婚であり、アートゥワ本人は「足の速い人」ことアタナグユアトと恋仲にあった。横暴なオキはこれを気に入らずアタナグユアトと勝負をするものの、アタナグユアトは逆にオキを打ち負かしアートゥワを妻にめとる。その後にアタナグユアトはオキの妹プヤも妻にするが(一夫多妻制らしい)彼女は災いの種となり、復讐心に燃えるオキたちによってアタナグユアトの兄アマクヤックは惨殺され、アタナグユアトは氷の張った海へ裸のまま逃亡することになる。奇跡的に氷の海を駆け抜け一命をとりとめたアタナグユアトは、やがてオキやアートゥアのいる部落へと帰ってくるのだが…。というのが主なストーリー。イヌイットに伝わる物語を映像化したもので話自体はシンプルなものの、日本の昔話にも通じるようなところがあり観てて飽きがこない。

役者は当然のことながら監督を含むスタッフのほぼ全員がイヌイットであり、衣装から道具、住居のすべてにいたってが細かい調査と伝統的な手法によって作られていて、当時のイヌイットの生活風景が見事なくらいに再現されている。最初はイヌイットの習慣が理解しにくかったり、登場人物の顔がみんな同じに見えたりするかもしれないが、やがて話にグイグイ引き込まれて3時間という長さがあまり気になってこなくなるほどだ。いわゆるハリウッド的な演出や展開は皆無で、全体的にはとても淡々とした雰囲気があるものの、それがかえって新鮮に感じられる。(恐らく)照明なしのビデオ撮りによる作品だが、映像の質もそんなに気にならなかった。

それにしても雪と氷と岩しかない環境で生きるイヌイットたちの何とタフなこと。男たちが狩ってきた動物の骨や皮からあらゆるものを作りあげ、氷の家に住み、犬ぞりに乗る彼らの姿を見ているだけでも楽しい。あんなところで暮らしたいとは思わないけど。

「コントロール・ルーム」鑑賞

アラブ諸国で一番の人気を誇る衛星テレビ局「アルジャジーラ」の、イラク戦争時の光景を追ったドキュメンタリー「CONTROL ROOM」をDVDで観る。

オサーマ・ビンラーディンの声明を放送したりすることから、アメリカのラムズフェルド国防長官なんかには敵視されているアルジャジーラだが、一方では旧フセイン政権からも「アメリカの手先だ」なんて糾弾されていたらしい。アルジャジーラ自体は偏見のない公明正大な報道をポリシーとしているものの、そのスタンスは明らかにアラブ・イスラム諸国寄り。個人的には報道側の主観が混じらないジャーナリズムなんて存在しないと思ってるので、米フォックス・ニュースなどに代表されるようなアメリカべったりの放送局の対極に存在するチャンネルだと思えばいいんじゃないでしょうか。

作品はイラク戦争の開戦直前から始まり、アルジャジーラのスタッフやジャーナリスト、アメリカ軍のプレス・センターの人々などのコメントを交えながら、戦況を追うメディアの裏側を紹介していく。戦争の状況をいかに報道するか、ということでアルジャジーラ側とアメリカ軍側の両方の意見が聞けるのが興味深い。最後はブッシュの戦争終結宣言(例の空母の上でやったやつ)で終わり、その後のイラクの混乱を描いてないのは残念だが、いずれまた別のドキュメンタリーが出来るだろう。

たび重なるアメリカの糾弾を受けながら、涼しい顔をして報道の姿勢を崩さないアルジャジーラのスタッフの態度はとにかくプロフェッショナル(半ばヤケになってるようなところもあるけど)。政治家や芸能プロの顔色を常にうかがう日本の放送局とは違いますね。「私はアメリカ憲法を信じている。アメリカ帝国を倒すのはアメリカ国民だ」というジャーナリストの言葉が印象的だ。
しまいにはアメリカ軍の「誤爆」によりバグダットの特派員が命を落とすのだが、記者会見に集まった他局のジャーナリストたちに向かって、特派員の妻が「夫のためにも、自国のポリシーに左右されないで、どうか真実を隠さずに皆に伝えてください」と述べるシーンが胸を打つ。
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「愛の落日」 鑑賞

「愛の落日」こと「THE QUIET AMERICAN」をDVDで観る。その「反アメリカ的」な内容が9/11テロ直後のアメリカで問題になり、公開が1年近くも延期された作品だが、日本ではこんな邦題で公開されていたとは。

1952年のベトナムを舞台に、ベトナム対フランスの第1次ベトナム戦争と、共産国家の台頭を恐れたアメリカの介入による政治不安を背景にしながら、イギリス人の老記者と若きアメリカ人、そしてベトナム人の美女の三角関係を描いた傑作。歴史の大きなうねりを黙って見つめる記者役のマイケル・ケインの演技が光るが、謎めいたアメリカ人役のブレンダン・フレイザーもなかなかのもの。「ゴッド・アンド・モンスター」もそうだったが、この人はコメディやアクションよりもシリアスな演技の方が似合ってると思う。

アメリカ対ベトナムの第2次ベトナム戦争を予期したグレアム・グリーンの原作は未読だが、面白そうなので今度読んでみようかな。

「SLACKER」鑑賞

ケヴィン・スミスと並ぶ90年代のインディペンデント映画界の雄、リチャード・リンクレイターの実質的デビュー作品「SLACKER」をDVDで鑑賞する。1991年に公開された本作はスミスに「クラークス」を撮らせる触発を与えた映画であり、90年代のインディペンデント映画の元祖的作品のはずなのだけど…正直言ってかなり退屈な映画だった。

ストーリーの展開は無いに等しく、テキサス州オースティンの1日を舞台に、いろんな若者の姿をダラダラ追ってるだけ。まあ題名が「SLACKER(ダラけた奴、という意味)」なのでそれがコンセプトなんだろうけど。映画の構成は緩やかにつながった短いシーンの連続で成り立っていて、あるシーンでAとBが話してれば、次はBとCが話してるシーンになり、次はCとDが…といった感じで映画が進んでいく。登場する人物はみんな口が達者で陰謀論とか哲学を何気ない顔でベラベラ喋りまくるような連中ばかりで、どのシーンも演技よりもセリフ主体になってるため全体的に頭でっかちな印象を受ける。ジム・ジャームッシュの「パーマネント・バケーション」みたいな感じかな。そしていかにも90年代的な、「私ってinsecureだから…」と言ってる奴とか、「レザボア・ドッグス」の冒頭よろしくポップ・カルチャーの脱構築をしてる連中が出てくるのを見ると、90年代は遠くになりけりと変に実感してしまった。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのレコードを久しぶりに聞いてみたらものすごくカッコ悪かった、というような感じ。俺も年だなぁ。

リンクレイターはこの作品の次に場外満塁ホームラン的大傑作「バッド・チューニング」を世に出すことになるのだが、あの映画の原型となるような要素(ユルい若者たちの24時間、とか)が随所に見られるのが興味深い。監督のペダンチックさがこの映画でうまく消化されて、「バッド・チューニング」の爽快感に昇華されていった、ということか(語呂合わせでなく)。

ちなみにクライテリオン版のDVDは2枚組で、リンクレイターの短編映画とかコメンタリーが山ほど収録されている。低予算映画のノウハウを学びたい人にはいい教材になるんじゃないでしょうか。