一部でカルト的な人気を持つ、アンディ・ラウ主演の映画「マッスルモンク」をDVDで観る。 いやー。こういう作品だったとは。冒頭では肉じゅばんをまとって筋肉ムキムキのラウの姿には一瞬引くものの、アクション描写は相変わらず一流だし、サスペンスの醸し出し方なんかも上手でなかなかストレートに楽しめる。でも謎のインド人が逮捕されてからズルズルと話がすべっていくというか、プロットが徐々に破綻していき、冒頭の展開からずっと離れたところに着地して終わるラストが、まあ、なんというか、といった感じ。このユルさ加減を楽しめるかどうかが、この作品を観るときの最大のポイントなんだろう。
ストーリーを逆にたどっていくと辻褄が合わない点がいくつもある、というのはカンフー映画では決して珍しくないことだけど、この「マッスルモンク」も、ありそうで実はない伏線とか、印象的なくせに途中から出なくなるキャラクター(上記のインド人だ)とか、なんか行き当たりばったりな展開がてんこ盛り。そもそもよく考えてみると、主人公が筋肉男である必要性もあまり感じられなかったりする。ここまで話が破綻してると、普通は脚本の段階で気づきそうなものだけど、それがそのまま大金をかけた映画になってしまうところがスゴイなあ。
でもやっぱり、ヒロインのあの運命はちょっと…。前世が日本兵だと、ロクなことがないんですね。
やっと「カンフーハッスル」をレンタルして観た。 いやー面白い。「小林サッカー」よりもさらに作りがこなれていて、実にムダのないストーリーテリングが確立されてるって感じ。主人公に関する伏線がやや弱い気もするものの、極上のエンターテイメント作品になってるんじゃないでしょうか。突然「シャイニング」のパロディをやったりするセンスも見事だなあ。
今更ながら「宇宙戦争」のDVDをレンタルして観てみる。 つまらんすねー。
アラスカの荒野に棲む、小型トラックほどもあるようなグリズリー・ベアに魅せられて13度の夏を彼らとともに過ごし、結局ガールフレンドとともにグリズリーに喰われてしまった自然愛好家ティモシー・トレッドウェルの姿を追ったドキュメンタリー「GRIZZLY MAN」を観る。監督はヴェルナー・ヘルツォーク。音楽をリチャード・トンプソンがやっていた。 トレッドウェルのことをヘルツォークが知ったのは彼の死後のことであり、彼が殺された現場の開設から始まるこのドキュメンタリーには死の影が常につきまとっている。作品の大部分はトレッドウェルが熊たちとともに撮った映像で構成されており、トレッドウェル本人が画面に出てきて躁病患者のごとく熊への愛を語り、必要とあれば何テイクも撮って自分の主張を述べ、熊のためなら殺されてもいいと話す彼の姿が興味深い。失敗した役者でアル中だった彼は熊とのふれあいに生きがいを見いだし、彼らに名前をつけて擬人化していき、学術的に見れば問題のあるような親密さをもって熊たちと接していく。これに対し「人間と自然の関係は一線を越えてはならないものであり、これが破られれば人は代償を支払わなければならない」という登場人物の1人の言葉が印象的だ。
もはや伝説となった感のあるファンタジー・コミック「サンドマン」の名コンビ、ニール・ゲイマンとデイヴ・マッキーンによる映画「MIRRORMASK」を観る。もちろん脚本がゲイマンでアート&監督がマッキーン。ゲイマンによるとマッキーンのインプットのほうが多い作品なんだとか。 作品の冒頭の舞台はイギリスのブライトン。サーカスの一家に育ったヘレナは反抗期を迎えようとしているティーンの少女。彼女はサーカスでの暮らしに飽き飽きしていたが、あるとき母親が病気により倒れてしまう。彼女を見舞ってから帰宅したヘレナは、夜になって自分が不思議な世界に入り込んでいることを知る。そこは奇妙な生物が徘徊し、すべての住民がマスクをつけている幻想の世界だった。そしてそこは光と闇の国に分かれており、闇の国の王女の策略により光の国の女王が昏睡状態に陥ってしまい、世界は闇に包まれようとしていた。ヘレナは光の国を救うため、知り合った青年ヴァレンタインとともに、光と闇のバランスを正す「ミラーマスク」を探すことになるのだった…というのが主なストーリー、のはず。話がけっこう抽象的なので俺の理解が間違ってるかも。
そして何よりもこの作品を際立たせているのが、全編を通じて溢れんばかりに画面を満たすマッキーンのアート。「サンドマン」の表紙の世界が映像となって縦横無尽に動くのだから本当に綺麗。見てて何かすごく得した気分にさせてくれる感じ。機械じかけの人形たちがヘレナを化粧していくシーンなんかは頭がシビれるくらいに美しい。相当な低予算で作られたらしく、映像が「NHKスペシャル」並のCGになってしまう箇所もあるものの、その独創的な芸術世界には惹き込まれずにいられない。観て損はない傑作。