「THE CLIMB」鑑賞

昨年高い評価を受けたインディペンデント系のコメディ映画。マイクとカイルという男性ふたりの、題名通り山あり谷ありの友情をテーマにしたもので、彼らの人生の出来事が8つの章に別れて描かれていく。

まずはフランスに旅行に出かけ、自転車でツーリングを楽しんでいたふたりだが、マイクは自分がカイルの婚約者と寝ていることを打ち明ける。それを聞いて当然逆上するカイル。しかし婚約者は結局のところマイクと結婚してしまう。だが彼女はすぐに亡くなってしまい、葬式にやってきたカイルはマイクと喧嘩することに。とはいえ二人はまたよりを戻し、カイルは別の女性と結婚することにするが、マイクがまた彼女と寝てしまい…というあらすじ。

これだけだとマイクが人間のクズのように思えるかもしれないが、悪賢いというよりも単純にダメなやつで、決して憎めない奴なんですよ。一方のマイクも素朴な気のいいやつで、妻がカイルのことをなじっても彼のことを見捨てることができず、結局は彼との友情を選ぶという素晴らしきブロマンス作品。

明確なコメディになっておらず、時には人生における暗い展開もあったりするものの、主人公ふたりの掛け合いやドタバタが絶妙な雰囲気を作っていて、巧みな編集や自由に動くカメラワークにも助けられて個所によってはゲラゲラ笑える内容になっていた。劇中でフランス語の歌が出てくるせいかもしれないが、ヨーロッパの作品っぽい作りになっているかな?カンタン・デピューのシュールさに近いものを感じました。あるいはノア・ホーリーの「ファーゴ」とか。

もともとは8分ほどの短編として作られたもので、これはそのまま第1章として劇中でリメークされている。インディペンデント作品とはいえフランスでロケされたり、水中撮影もあったのでちょっとは製作費高いのかな?

マイクもカイルもヒゲ面の小汚い中年ということで最初は見分けがつきにくいのが難点だが、ケイシー・アフレックっぽいのがマイクで、そうでないのがカイル。役者の名前もそのままマイケル・アンジェロ・コヴィーノとカイル・マーヴィンで、ふたりが脚本を執筆してコヴィーノが監督したという舞台裏までブロマンスが続く内容になっていた。あとは知られた役者だと「チアーズ」のジョージ・ウェントとか「MAD MEN」のタリア・バルサムが出演してます。

個人的にはダメ人間が主人公の映画は嫌いになれないのですが、今回はダメ人間がふたりもいるということで、いろいろ面白く観させてもらった作品でした。こういう設定のブロマンスものはもう繰り返し作れないかもしれないが、映画作りのセンスが抜群にあることは証明されたので、このマイク&カイルによる作品をまたいつか観てみたいものです。

「HAM ON RYE」鑑賞

「リチャード・リンクレイター meets デビッド・リンチ」という謎の評価を受けているインディペンデント映画。チャールズ・ブコウスキーの同名小説とは関係ない。以降はネタバレ注意。

舞台はアメリカの名もなき小さな町。そこに住むティーンの男女は人生において最も重要な日に、彼らの祖父母が着ていた服に身を包み、何キロも歩いてモンティーズというデリカテッセンにやってくる。無垢な少女たち、オタクな少年たち、悪ガキたちがモンティーズに集まったあと、彼らはダンスを踊り、男女で指を差し合ってパートナーを探す奇妙な儀式を行う。それによって相手が決まる者もいるし、そうでない者もいる。いずれにせよ皆はそのあとパーティーをして、楽しそうに帰途につくのだが、そのうち何人かは宙に消えていく。

ここまでが牧歌的な前半で、後半はもっと暗い雰囲気になって、何もない町で夜にぶらつくだけの不良少年や、大学に進学して町を去ることもできない少女の先が見えない話が断続的に出てきて終了。

あらすじ、これで合ってるかな?監督が意図的に訳わからんように作ったようで、劇中での説明などが一切ないのよ。あらすじだけ読むと「ミッドサマー」みたいなカルトっぽさを感じるかもしれないが、アメリカのレビューや監督のインタビューから察するに、楽しかった少年時代がある日を境に大きく変わり、人によっては故郷を去り、人によってはそこに残らざるを得ないことを描いている、らしい。

ティーンエイジャーの1日の群像劇、という点では確かにリンクレイターの「バッド・チューニング」に似てなくもないが、全体的にはずっとデビッド・リンチの作品に似ていると思う。前半の50年代テイストの素朴そうな、しかし裏で何かありそうな雰囲気とか。なお後半には携帯電話とかローラーボードなども出てくるものの、時代設定はかなり曖昧にしてあるみたい。

監督のタイラー・タオーミアはこれが監督デビュー作。85分という短い尺ながらも何が起きてるのか分からないので冗長に感じられる部分がなくもないが、変にいろいろ説明したりせずに自分のスタイルを貫いているところは立派。主演(?)のヘイリー・ボデルとあわせ、これから頭角を現していく人になるかもしれない。もう1度観たらもうちょっと話が分かるかな。

「NIMIC」鑑賞

先日「FAMILY ROMANCE, LLC」を無料公開していた、アートハウス映画を扱う配信サービスMUBIが3ヶ月間で100円(ドルでなくて円で請求)という大ディスカウントをやっていたので早速加入。海外の配信サービスにありがちなジオブロッキングもなく、日本からサクサク観れて意外と快適。カタログ方式というよりもキュレーション型なので、観たいものを検索するというよりもオススメされたものを観るような感じだが、世界各国の聞いたこともないような映画がいろいろ観られるようなので結構面白いかもしれない。

それでまず観たのがヨルゴス・ランティモスの新作短編「NIMIC」。10分ほどの作品で、マット・ディロンが演じる主人公はニューヨーク?に住む一家の父親で、オーケストラでチェロを弾いている。ある日彼が地下鉄でとある女性に声をかけたところ、彼女はそのまま彼の家にまでついてきて、さらには一家の父親であると主張する。主人公の妻子も誰が父親であるか判断できず、ついに主人公は家を追い出されてしまう…という内容。

アイデンティティの喪失とか実存的なホラーといった難しい説明もできるのでしょうが、単純に不条理な作品として興味深いものであったよ。魚眼レンズで撮ったような映像もいい雰囲気を醸し出している。おれ最近のランティモスの作品ふたつは初期の作品に比べてあまり好きではないのだけど、この作品は家庭の雰囲気が「DOGTOOTH」っぽいところがありました。

「Bloody Nose, Empty Pockets」鑑賞

年の初めにはアートムービーを。昨年批評家に高い評価を得たドキュメンタリー。

ラスベガス郊外にある「Roaring 20’s」というちっぽけなバーが舞台で、そこが店を閉じることになったので常連が集まって最後のときを楽しむ姿を、昼間から明け方まで18時間に渡って追ったもの。バーで寝泊まりしている元俳優のいい顔のオッサンを皮切りに、いろんな客がやってきて他愛もない話をただ繰り広げていく。バーテンダーが途中で交代するとか、バーテンダーの息子がビールを盗むといった出来事も途中であるものの、特に大きな盛り上がりもなく、しんみりした展開もなしに与太話が続くだけ。

トランプのことが言及されたり、元兵士の客が戦場での話をしたりするものの、政治的なトーンも特になし。題名のように殴り合いが起きるわけでもなく、金が払えない客が出るわけでもない。ただ客が酒を飲んでだべってるだけ。おれ酒も人付き合いも苦手なのでこういうバーに行くことはまずないのですが、常連の支払いってどうなってんだろうな。バーテンダーが何も言わずに酒を振る舞ってるように見えるのだが。

なおネタばらしをすると、これ実は現実の話ではなくて撮影もニューオリンズのバーで行われたもので、近所の住人に集まってもらって台本なしにただ与太話をしてもらったらしい(プロの役者が一人だけいる)。よって「これはドキュメンタリーなのか?」という議論がアメリカでも起きてるらしいが、まあ批評家が好きそうな作品ではあるわな。かなりの低予算で撮影されたらしいが、劇中ではバーのラジオからマイケル・ジャクソンの曲がかかったり、ゲームショーの映像がテレビで流れたりしてるのだけど、ああいうのの権利処理ってどうしたんだろう?

劇場で黙って鑑賞するのにはキツいかもしれないけど、内容はホンワカしていて決して悪い作品ではないのですよ。「バッド・チューニング」の主人公たちが年取ってバーに集まったらこんな感じになるのかな、というような不思議な小品。

2020年の映画トップ10

2020年は公私にわたってヒドい年でしたが、映画の鑑賞にあたってはやはり公開の延期や配信でのリリースが増えて、劇場に足を運んだ回数が激減した1年であった。在宅の機会が多かったので年間で視聴した本数は例年よりも多かったはずだけど、やはり年のはじめに劇場で観た作品の方が印象に残っているような。配信ものは今となってはオチを覚えていないものもいくつか。あと尺が短いもの(「グレイハウンド」とか)のほうが家で観るのには適しているというか、集中して鑑賞できたと思う。そんな環境下でしたが、昨年同様に上位5位と下位5位を順不同で観た順に並べていく。

<上位5位>
・「Monos
これ結局日本で公開したの?独特で美しい高原の景色を背景に、野生化していく少年兵たちの姿が印象的だった。

・「The Personal History of David Copperfield
例によってアレな邦題をつけられて日本では1月公開だそうな。シニカルなアーマンド・イアヌーチの作品にしては珍しく、主人公が不遇な環境にもめげずに奮闘する元気いっぱいの物語。どの役をどんな肌の色の役者が演じたっていいだろ、という証明でもあった。

・「グレイハウンド
これなんかはコロナの影響をもろに受けて配信ストレートになってしまったが、もっと多くの人に観られるべき作品だった。トム・ハンクスが航海用語たっぷりの脚本を書き上げ、一息つくこともできない艦長を演じた、短い尺で濃い内容の快作。

・「Palm Springs
これのおかげでホール&オーツの「When The Morning Comes」を今年はずっと聴いていた。タイムループものをうまくアレンジして、スカッと楽しめる内容に仕上げていたラブコメディ。日本では劇場公開もされるようで。

・「Small Axe: Mangrove
TVシリーズではなく映画とみなす。世間的には次の「Lover’s Rock」のほうが評判よいみたいだけど、個人的にはこっちのほうが良かった。クライマックスにおいて読み上げられる評決を聞く主人公の姿が忘れられない。

<下位5位>
・「フォードvsフェラーリ」
これなんかはやはり劇場で観てなんぼの作品。熱い音楽が流れるなか、主人公が相手の車を追い抜くところはベタであっても手に汗握る出来だった。

・「The Lighthouse
意味不明といえばそれまでなのですが、どんどん混沌としていく主人公ふたりのやりとりが記憶に残る一本。これなんで日本公開しないのだろうね。

・「アンカット・ダイヤモンド」
厳密には去年の映画だが今年観た。ふわふわとした幻想的なシンセが鳴り響くなか、アダム・サンドラーが渾身のクズ男の演技を終始見せてくれる。なおダイヤモンドは出てきません。

・「Welcome to Chechnya
観ていて気持ちの良くなるような作品では決してないのだが、チェチェン当局による同性愛者の迫害を告発した迫真のドキュメンタリー。被害者のひとりが報道陣に実名を明かすとともに、それまでCGで加工されていた素顔が明らかになるシーンには圧倒された。

・「Vivarium
少し詰めの甘いところもあるものの、こういう不条理SF的作品って個人的には評価したい。イモージェン・プーツとジェシー・アイゼンバーグ、いいコンビだよな。

あとは「The Way Back」とか「The Burnt Orange Heresy」なんかも良かったな。ジム・キャリーの久々のコメディ演技が観れた「ソニック・ザ・ムービー」も嫌いじゃないよ。

印象に残った役者はやはりロバート・パティンソンですかね。大スターなんだけど主役にこだわらずに「テネット 」「The Lighthouse」「Waiting for the Barbarians」といった多様な映画に出演して演技の幅を広げている。これが「ザ・バットマン」にどう影響してくるか。あとはミカ・レヴィが音楽を手掛けた作品(「Monos」「Mangrove」「Strasbourg 1518」)をよく観た年だった。

今年は後半になって配信ストレートの作品でもちょっとネタ切れが起きていたような気がするけど、コロナウィルスの影響は来年も続くわけで、今後は製作も公開もどうなっていくんでしょうね?Disney+やHBO MAXといった配信サービスの台頭によって劇場公開をとばす傾向が加速するのかどうか、その場合日本での公開はどうなるのか。日本の歴代の興行成績が「鬼滅の刃」に塗り替えられた一方で、洋画の存在感がさらに薄くなっていくのかもしれない。