「ノマドランド」鑑賞

米HULU経由で視聴、日本では3月後半公開。

2011年にネバダ州のエンパイアという町にあった鉱山がリーマンショックの余波を受けて閉鎖され、ほかに収入源がなかった町自体が無くなってしまう。そこの住民だった初老の女性ファーンは夫を最近亡くしており、家も無くなった彼女は「ノマド」としてバンに寝泊りしながら職を探してアメリカ各地を彷徨うことになる。当初はアマゾンの工場で箱詰めなどを行うものの、期間限定の仕事だったためまた彼女は次の仕事を探して冬の大地をさまようことに…というあらすじ。

明確なプロットがあるわけではなくて、ファーンが職から職・土地から土地へと転々とするさまがずっと映されていく感じ。日本でも最近は車中泊ブームとかで、地方の道の駅とか温泉付近の駐車場に行くと車に寝泊まりしてそうなオッサン(大抵マナーが悪い)をよく見かけますが、ファーンの場合は帰る家のないホームレス(本人いわく「ハウスレス」)なので物事は深刻で、車が故障したら財産が底をつくどころか命の危険にも関わってくるわけで。

しかしその一方でファーンは公園の管理やったりファストフード店で働いたりとあまり仕事にあぶれないし、困ったときに助けてくれるノマド仲間もいるし、行った土地で観光する余裕もあったりと、意外とノマド生活は楽しいのでは?と思わせるような描写があるのも事実だったりする。もっとジョン・フォードの「怒りの葡萄」のような虐げられた人々の話かと思ったけど、ちょっと違った。移動の風景を叙情的に撮ったり、ルドヴィコ・エイナウディの音楽をかぶせるあたり、制作側もかなり意図的にエモーショナルな演出をしてるのでは。

これもともとノマド労働者を追ったノンフィクションの原作があるらしくて、劇中に出てくるノマドの人たちはほぼ本人役らしい。毎年ノマドの集いを運営しているボブ・ウェルズという人も本人役で出演していて、やってることは助け合い運動のようなものなのだろうけど、ちょっと彼のニューエイジ思想というかノマドのライフスタイル推奨に監督が協調しているような雰囲気があったのが気になりました。一方で社会批判の要素は薄くて、不動産業を営む義理の弟に対してファーンが「相手に借金させてまで家を買わせるんじゃないわよ!」と憤るシーンがあったくらい。

ファーンを演じるのはフランシス・マクドーマンドで、まあまたアカデミー賞候補になるでしょう。あと有名どころではデビッド・ストラザーンが出演している。1日に1時間もないマジックアワーのシーンがふんだんに出てくるので、これ撮影期間長かったんだろうなと思ったらやはり3〜4ヶ月かけて実際にアメリカ各地を放浪していたらしい。監督のクロエ・ジャオは前作の「ザ・ライダー」観てないのですが、あれもバッドランズが舞台ということで本作に通じるものがあるのかな。むしろこういう作風の監督が、次はマーベルで「エターナルズ」を撮ったということが驚きだが、いったいどんな作品になってるのだろう。

評判ほど素晴らしいとは思わなかったけど、美しい映像とあわせ、いろいろ考えさせられる作品であった。

「Judas And The Black Messiah」鑑賞

アレをアレしてゴニョゴニョすることでHBO MAXに加入できたので、話題の新作を鑑賞。

60年代後半にブラックパンサー党のリーダーであったフレッド・ハンプトンを扱った伝記映画で、マーティン・ルーサー・キングやマルコムXが暗殺されたあとの時期において、ハンプトンはその持ち前の雄弁さとカリスマ性を活かしてブラックパンサーの主導者として頭角を現し、ほかの黒人グループはおろかヒスパニックのグループや白人至上主義者たちとも組み、反権力・反警察を訴えていく。ハンプトンの台頭に危機感を抱いたFBIは、しがないチンピラのビル・オニールを逮捕し、ブラックパンサーに内偵として送り込む。FBIに情報を流しつつも、ハンプトンのそばにいることで彼に感銘を受けるオニール。ハンプトンが収監された際にパンサー党の役職にまで就いた彼は内偵を辞めようとするものの、FBIに今までのことをバラすと脅されてしまう。そしてFBIはオニールにあることを命じるのだった…というあらすじ。

ハンプトンを演じるのがダニエル・カルーヤで、オニール役がラキース・スタンフィールド。フレッド・ハンプトンって亡くなったのがなんと若干21歳のときだそうで、そのときオニールに至っては17歳ほどだったとか。よって役者たちは10歳くらいモデルと年が離れていることになるが、実際のハンプトンってやはり貫禄があったようで、変に若い役者に演じさせるよりも良かったのでは。ダニエル・カルーヤは「WIDOWS」のときもそうだったが、ドスの効いた怖い演技のほうが似合いますね。一方のスタンフィールドは例の泣きそうな目が、オニールの不安な心情を表していて良い感じ。

あとはFBIの職員をジェシー・プレモンズが演じているほか、マーティン・シーンがルディ・ジュリアーニみたいなメークをしてエドガー・フーバーを演じています。プロデューサーにライアン・クーグラー。監督のシャカ・キングはこれ以前にコメディを1本撮っただけの人のようだが、この作品における演出は大変良かったですよ。

プロット自体は比較的シンプルかもしれないが、ハンプトンのカッコいいスピーチとブラックパンサー党の抗争が全編に渡って描かれ、かなり熱い内容になっている。主役ふたりの演技が大変素晴らしくて見応えのある作品だった。

「DEAD PIGS」鑑賞

中国語名は「海上浮城」で、「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey」を監督したキャシー・ヤンの2018年のデビュー作。

2時間にわたる群像劇になっていて、話の中心になるのは投資に失敗して借金取りに追われている豚農家と、その姉(妹?)で美容院を経営しており、自宅が高級マンションの建設予定地域にあっても唯一立ち退かず、建設会社の地上げ攻勢を受けている女性。彼らの住む地域から少し離れた上海では豚農家の息子がバーの従業員を務めており、そこに通う金持ちの娘に彼は恋慕している。そして豚農家が飼育している豚たちが謎の原因で次々と死んでしまったことから、処分に困った彼は豚の死骸を上海の上流にある川に投げ捨てるのだが…というあらすじ。

上海を流れる黄浦江に豚の死骸が不法投棄された、2013年の事件をモチーフにしているが、社会派作品というよりもコメディっぽく現代の中国を風刺した内容になっている。地上げ問題をはじめ、都市と田舎の貧富の差とか、文化の西洋化などがテーマかな。中国の映画公開における当局の検閲基準って本当に謎で、個人的にも胃がキリキリした経験があるのですが、こういう社会風刺は容認されるのですね。その反面、あまり鋭く切り込んでない部分もあって、最後はちょっと焦点が定まらないまま中途半端に終わってしまった印象を受けた。

格闘シーンこそ無いものの、夜の上海のネオンの光景とか、タフな女性の描き方あたりが「ハーレイ・クイン」に通じるところがあるかな。美容院経営の女性を演じるのがヴィヴィアン・ウーで、ザジー・ビーツなんかもちょっと出演してます。

プロデューサーとしてジャ・ジャンクーが関わっていて、中国企業の資本もバックについてるのだろうけど、デビュー作からいろんな場所でロケ撮影してハリウッドスターを起用してるのってスゲえな。ついでに言うとエンドロールの曲は「時の流れに身をまかせ」の中国語バージョンだぞ。デビュー作がサンダンスで披露された程度でハリウッドのアクション大作の監督に抜擢されたのは運なのか実力なのか。とりあえず個人的には「ハーレイ・クイン」よりも面白かったです。

「THE CLIMB」鑑賞

昨年高い評価を受けたインディペンデント系のコメディ映画。マイクとカイルという男性ふたりの、題名通り山あり谷ありの友情をテーマにしたもので、彼らの人生の出来事が8つの章に別れて描かれていく。

まずはフランスに旅行に出かけ、自転車でツーリングを楽しんでいたふたりだが、マイクは自分がカイルの婚約者と寝ていることを打ち明ける。それを聞いて当然逆上するカイル。しかし婚約者は結局のところマイクと結婚してしまう。だが彼女はすぐに亡くなってしまい、葬式にやってきたカイルはマイクと喧嘩することに。とはいえ二人はまたよりを戻し、カイルは別の女性と結婚することにするが、マイクがまた彼女と寝てしまい…というあらすじ。

これだけだとマイクが人間のクズのように思えるかもしれないが、悪賢いというよりも単純にダメなやつで、決して憎めない奴なんですよ。一方のマイクも素朴な気のいいやつで、妻がカイルのことをなじっても彼のことを見捨てることができず、結局は彼との友情を選ぶという素晴らしきブロマンス作品。

明確なコメディになっておらず、時には人生における暗い展開もあったりするものの、主人公ふたりの掛け合いやドタバタが絶妙な雰囲気を作っていて、巧みな編集や自由に動くカメラワークにも助けられて個所によってはゲラゲラ笑える内容になっていた。劇中でフランス語の歌が出てくるせいかもしれないが、ヨーロッパの作品っぽい作りになっているかな?カンタン・デピューのシュールさに近いものを感じました。あるいはノア・ホーリーの「ファーゴ」とか。

もともとは8分ほどの短編として作られたもので、これはそのまま第1章として劇中でリメークされている。インディペンデント作品とはいえフランスでロケされたり、水中撮影もあったのでちょっとは製作費高いのかな?

マイクもカイルもヒゲ面の小汚い中年ということで最初は見分けがつきにくいのが難点だが、ケイシー・アフレックっぽいのがマイクで、そうでないのがカイル。役者の名前もそのままマイケル・アンジェロ・コヴィーノとカイル・マーヴィンで、ふたりが脚本を執筆してコヴィーノが監督したという舞台裏までブロマンスが続く内容になっていた。あとは知られた役者だと「チアーズ」のジョージ・ウェントとか「MAD MEN」のタリア・バルサムが出演してます。

個人的にはダメ人間が主人公の映画は嫌いになれないのですが、今回はダメ人間がふたりもいるということで、いろいろ面白く観させてもらった作品でした。こういう設定のブロマンスものはもう繰り返し作れないかもしれないが、映画作りのセンスが抜群にあることは証明されたので、このマイク&カイルによる作品をまたいつか観てみたいものです。

「HAM ON RYE」鑑賞

「リチャード・リンクレイター meets デビッド・リンチ」という謎の評価を受けているインディペンデント映画。チャールズ・ブコウスキーの同名小説とは関係ない。以降はネタバレ注意。

舞台はアメリカの名もなき小さな町。そこに住むティーンの男女は人生において最も重要な日に、彼らの祖父母が着ていた服に身を包み、何キロも歩いてモンティーズというデリカテッセンにやってくる。無垢な少女たち、オタクな少年たち、悪ガキたちがモンティーズに集まったあと、彼らはダンスを踊り、男女で指を差し合ってパートナーを探す奇妙な儀式を行う。それによって相手が決まる者もいるし、そうでない者もいる。いずれにせよ皆はそのあとパーティーをして、楽しそうに帰途につくのだが、そのうち何人かは宙に消えていく。

ここまでが牧歌的な前半で、後半はもっと暗い雰囲気になって、何もない町で夜にぶらつくだけの不良少年や、大学に進学して町を去ることもできない少女の先が見えない話が断続的に出てきて終了。

あらすじ、これで合ってるかな?監督が意図的に訳わからんように作ったようで、劇中での説明などが一切ないのよ。あらすじだけ読むと「ミッドサマー」みたいなカルトっぽさを感じるかもしれないが、アメリカのレビューや監督のインタビューから察するに、楽しかった少年時代がある日を境に大きく変わり、人によっては故郷を去り、人によってはそこに残らざるを得ないことを描いている、らしい。

ティーンエイジャーの1日の群像劇、という点では確かにリンクレイターの「バッド・チューニング」に似てなくもないが、全体的にはずっとデビッド・リンチの作品に似ていると思う。前半の50年代テイストの素朴そうな、しかし裏で何かありそうな雰囲気とか。なお後半には携帯電話とかローラーボードなども出てくるものの、時代設定はかなり曖昧にしてあるみたい。

監督のタイラー・タオーミアはこれが監督デビュー作。85分という短い尺ながらも何が起きてるのか分からないので冗長に感じられる部分がなくもないが、変にいろいろ説明したりせずに自分のスタイルを貫いているところは立派。主演(?)のヘイリー・ボデルとあわせ、これから頭角を現していく人になるかもしれない。もう1度観たらもうちょっと話が分かるかな。