「TOTALLY UNDER CONTROL」鑑賞

アメリカで21万人以上の死者を出しているコロナウィルスことCOVID-19のパンデミックに対するトランプ政権の対応のマズさを暴いたドキュメンタリーな。

監督はサイエントロジーを扱った「ゴーイング・クリア」のアレックス・ギブニーなど3人が関わっていて、パンデミックに対応した医療関係者やCDC(アメリカ疾病予防管理センター) のスタッフにカメラを送りつけて、遠隔から行ったインタビューをもとに、今年のはじめに中国でウィルスの発生が報じられてからアメリカでは何が起きていったのかが時系列に沿って語られていく。2時間と長めの尺だが、要点はつまり:

  • CDCの現場スタッフは優秀で、みんな頑張った
  • でもCDC(の上の保健福祉省)のトップが政権の顔色をうかがって、強い対策を提言しなかった
  • トランプ政権の対応は無能だった

といったもの。オバマを含む歴代の大統領はパンデミックが起きたときに備えたマニュアルを作成していたし、2019年にも中国からのウィルス発生を予想したCRIMSON CONTAGIONという模擬訓練が保健福祉省で行われ、アメリカの対応の問題点などが指摘されていたものの、市場の自由主義を優先したいトランプ政権のもとでそれらの教訓は生かされることがなかった。

CDCのスタッフは今年の初めの時点でCOVID-19の危険性に気付き、現場関係者だけでメーリングリスト(映画「若き勇者たち」にあやかってRED DAWNメールと呼ばれた) を作って情報をやり取りしていたものの、保健福祉省のトップのアレックス・アザーはトランプに強い対応を提言せず、トランプも当然ながら経済に悪影響を与えるようなことはしたくないから大したことはせず、そうしているうちにウィルスが国内で蔓延していく。

主にアメリカ国内での対応の解説に時間が割かれているので、中国でなぜウィルスが発生したのか、などといった説明は殆どなし。WHOの対応についてもあまり語られてはいない。一方では韓国がMERSの経験を生かして、いかに早期にCOVID-19を押さえ込んだかについては繰り返し称賛がされていた。日本についてはダイヤモンド・プリンセス号の客員の間で感染が広がったことから、これは集合住宅のような環境でも蔓延するウィルスだとアメリカの科学者が気付くきっかけになったらしい。

トランプ政権を名指しで批判しているわけではないが、まあ関係者の話を聞けば政権の対応がいかにマズかったかは明白でしょう。CDCが医療機関に送った検査キットに不備があった際もすぐに対策を指示しなかったので検査が遅れたとか、医療機器の流通のコントロールをしなかったので価格が暴騰したとか、いろいろ怖い話が語られます。政権に従わずにコメントをした科学者たちがスタッフから外され、医療の経験を持たない人たちに差し替えられるあたりは、日本の学術会議の件に通じるものがあるのでは。

まだ収まってないパンデミックに関するドキュメンタリーということで、明確なオチがあるわけではない(ボブ・ウッドワードの暴露とかトランプ自身が感染したことは最後に少しだけ言及される)。いずれまた、より長いスパンで物事をとらえたうえで、パンデミックで何が起きたのかを検証するドキュメンタリーが作られるのでしょう。

「ARCHIVE」鑑賞

イギリスからの低予算SF。あらすじはネタバレ注意。

舞台は近未来の山梨県(いやホントに)。科学者のジョージは人里離れた研究施設でAIの開発に打ち込んでおり、交通事故で亡くなった妻の性格を模したAIを搭載したアンドロイドの開発に没入していた。彼は最初は5歳児ほどの知能を備えたもの、それからティーン並の知能を備えたアンドロイドを製作し、ついにはほぼ完璧な3号機を完成させようとしていた。しかしジョージの真の目的はAIの独自開発ではなく、亡き妻の性格がそのまま保存されている(そういうことをするサービスがあるらしいの)アーカイブを、その有効期限が切れる前にアンドロイドにコピーすることだった…というあらすじ。

いま流行のAIものと言ってしまえばそれまでなのだけど、AIを搭載したアンドロイドが3体あるのが特徴的で、彼女(?)たちはロボット3原則なぞ知らね、と人間的に振舞う。特にティーンの知性を持った2号機は自分よりも優れた3号機に対して複雑な感情を抱いており、実は彼女がいちばん感情移入できるキャラクターだったりする。

ジョージが暮らすのは山梨県にある研究施設という設定だが、郊外の撮影はハンガリーでやったらしくて舞台を日本にした意味はあまりなし。でも雪の積もった森林とか、流れる滝の風景とかは非常に美しいですよ。いちおうジョージが街に出かけるシーンもあり、天下一品とかびっくりドンキーのロゴが連なる雑居ビルのバーでゲイシャ風のサイバーガールが対応してくれて…という80年代サイバーパンク風まんまのスタイル。近未来なのにレトロというか、日本がテクノロジーの最先端を走っていたころはこんな未来が予測されてたんだよ…と変に懐かしくなってしまった。

山奥の施設でアンドロイドと暮らす男の話、という点では「エクス・マキナ」に通じるものがあるかな。外国語を多用した施設のデザインやコンピューターのUIは「月に囚われた男」によく似てるな、と思ったら監督のギャビン・ロザリーってあの映画のコンセプトデザインやってた人なのか。だから似ていて当然。ジョージ役は「ダイバージェント」のセオ・ジェームズ、亡き妻役に「ハイ・ライズ」のステイシー・マーティン、ってあまりよく知らないけどいい演技してました。あとこないだの「FIRST COW」に続いてトビー・ジョーンズがちょい役で出演。

ここ最近は低予算SF映画を観てると「映画にしなくても『ブラック・ミラー』の1エピソードで良かったのでは?」とかつい考えてしまうのでして、この映画も最後のオチに対する伏線がちょっと弱いし中盤がたるむのであと20分くらい削っても良かったかな。でもコンセプト・デザイナーの監督だけあってセットのデザインとかは凝っているし、3号機完成のシーンなどは非常に見応えのあるものになっておりました。悪くはない作品。

「FIRST COW」鑑賞

今年の評判いい映画を引き続きチマチマと。みんな大好き製作会社A24の新作(でもあそこの「THE LIGHTHOUSE」の日本公開はどうなったんだろう?)。4:3の画面比というのもA24っぽいよなあ。

舞台は1820年のアメリカ西部。ビーバーの毛皮を求めてオレゴンにやってきた猟師たちの料理人をしているクッキーは、ロシア人を殺したとかで逃げている中国人のルーをかくまい、逃してやる。その後再開したふたりは一攫千金を狙い、地域の首長であるイギリス人が唯一所有している乳牛のミルクを夜間に忍び込んで盗み、それを使ってケーキ(スコーンみたいなやつね)を作って市場で売ることにする。ミルクを使ったそのケーキは飛ぶように売れてふたりはいい儲けを手にするが、やがてその評判は首長の耳にも届き…というあらすじ。

いちおう西部劇なんだけど派手なドンパチがあるわけでもなく、内気な料理人と中国人の移民が夢を抱きながら、しがなく暮らしていこうとする小ぢんまりとしたドラマになっている。ケーキがふたりに転機をもたらす、という設定が面白かったな。ウィリアム・タイラーというミュージシャンによるギターのサントラがシンプルながらもいい感じを醸し出していた。

監督のケリー・ライカートは「MEEK’S CUTOFF」でも同時期を舞台にしてるがあっちは未見。クッキーを演じるのは「NOT FADE AWAY」のジョン・マガロ。ヒゲをたくわえて別人のようになっていた。ルーを演じるオリオン・リーって知らなかったけど、いろいろ出演しているアジア人俳優なのですね。あとはトビー・キースとか、スコティッシュ丸出しのユエン・ブレムナーとかが出演してます。こないだ亡くなったレネー・オーバージョノワーも出てるが、セリフもなく不機嫌に唸るオッサンという役だった。

めちゃくちゃ良いという作品ではないけれど、しんみりとした良作でした。どこかで観る機会があればおすすめ。

「テネット」鑑賞

封切られたばかりなので感想をざっと。

  • クリストファー・ノーランの作品のなかではエスピオナージ&逆回転ということで「インセプション」と「メメント」に近いかな。プロット的に連想したのはサイボーグ009の「時空間漂流民編」だったりしますが。初っ端のテロリストのシーンから音楽が大きすぎてセリフが聞こえないのもまたノーラン。
  • もう最初から言ってしまうとね、プロットが理解できないと書くとシネフィルに白い目で見られるタイプの映画だとは思いますが、でもやはり分かりづらい映画だとは思う。正確に言うとプロット自体はまあ理解できるものの、もうちょっと物事を丁寧に説明してもバチは当たらなかっただろうし、そのほうが内容も面白くなってたのではないかと思う。
  • プライマー」を連想させるタイムトラベルの機械なども、その仕組みとか目的とかについては圧倒的に説明不足なため、いろいろ疑問を抱きながら観る羽目になって最後まで待ってもカタルシスを得ることができなかったというか。冒頭からアクション続く一方で、それらが押し進めていくべき肝心のプロットが中心から抜けていて、目の前で起きている派手な展開が皮肉にも煩雑に感じられてしまうというか。クライマックスだってロシアとベトナムをクロスカットさせる必要あったのか。
  • 少なくとも主役の名前を「Protagonist(主人公)」とするならば、それに見合った「Antagonist(敵対者)」を登場させるべきではなかったか。セイターは手強いものの、黒幕の手下という印象が拭えないのよね。
  • 主役を演じるジョン・デイビッド・ワシントンは「ブラック・クランズマン」のときもそんなに良い役者だとは思わなかったが、今回もそんな印象。主人公なのに自分よりも背の高い役者に囲まれてるのがちょっと損してるかな。ロバート・パティンソンはどんどんいい役者になっていく。アーロン・テイラー・ジョンソンがいつの間にかゴツい男になっていて、いい感じでイメチェンしてました。3分くらいしか登場してないマーティン・ドノバンよりもクレジットが下だったのが理解できんが。
  • 時間があればもう1度観に行くかもしれないし、そうすれば新たな発見もできるかもしれないけど、やはりもう少し細かいところを説明したほうがもっと面白くなったと思う作品。ノーランはここでまたフランチャイズ作品かリメークを手掛けて、自分に何かしらの枠を設けて軌道修正したほうが良いのかもしれない。

「THE ASSISTANT」鑑賞

今年前半に高い評価を受けた映画をチラホラ観てまして、これもその1つ。

主人公のジェーンはニューヨークの映画製作会社で秘書として働く若い女性。オフィスで勤務して5週目になる彼女は夜明け前から誰よりも早く職場に向かい、掃除などの雑用をしてからデスクワークを行うのだが、同僚にも上司にもこき使われる始末。さらに会社の社長はオフィスに女性を連れ込んでいるらしく、社長の妻からは怒りの電話がかかってきて、その対応がまずいということで今度は社長に怒られることに。さらにはジェーンの「同僚」という名目で若い女性が突然に良い待遇でオフィスで働くことになったことから、セクハラを疑った彼女は人事部に相談に行くものの…というあらすじ。

朝から晩まで働くジェーンの1日を追った内容になっていて、87分という短い尺ながらもいろいろストレスの溜まる職場を疑似体験できるようになっています。ジェーンの上司は姿を見せたりはしないもののハーヴェイ・ワインスタインがモデルになっているらしくて、女優とかに性的交渉を迫りながら部下にはパワハラをして、本来ならそれを取締るべき人事部も社長の側に立っているためにジェーンの訴えも無視されてしまう。いちばん不快だったのはジェーンと同じ仕事をしている男の同僚ふたりで、立場は同じはずなのだけど男性という立場をチラつかせて面倒な業務を彼女に押し付けてくる。おめーらちゃんと働けよ!

監督のキティ・グリーンはウクライナのフェミニスト運動とかジョンベネちゃん殺人事件のドキュメンタリー映画を撮ってた人で、フィクションを監督するのはこれが初めてなのかな?抑圧された女性の視点での雰囲気をよく捉えてます。主人公のジェーンを演じるのは「オザークへようこそ」のジュリア・ガーナー。あとは有名どころだと、役立ちそうで役立たない人事部の職員役をマシュー・マクフェイデンが演じているほか、パトリック・ウィルソンが(本人役で?)無言で数秒間カメオ出演しており、会社の下っ端など眼中にもないスター俳優を演じておりました。

観ていてスキッとするような展開はまるでない、しんどいといえばしんどい作品なのですが、アメリカでもいわゆるブラック企業に勤めてるとこういう待遇を受けるんだね、というのがよく分かる作品でした。