「Hunt for the Wilderpeople」鑑賞


「シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア」のタイカ・ワイティティ監督作品。

舞台となるのはニュージーランドの山奥。身寄りがなく素行不良で孤児院を転々としてきた少年リッキーは、愛想のいいベラと無口なヘクの夫婦が住む農場へ引き取られる。そこでもすぐ逃走を試みるリッキーだったが、寛大で優しいベラに対して徐々に心を開いていくようになる。しかしそんなベラが急死してしまい、リッキーはベラと違ってカタブツなヘクと二人で暮らすことになってしまう。だがベラが亡くなったことで児童福祉の機関がリッキーを孤児院に連れ戻そうとしたため、それを嫌がったリッキーは山奥へと逃げて迷子になってしまう。山に精通したヘクは容易に彼を見つけるものの、ヘクが足を負傷したことでふたりは山奥でしばらく暮らすことに。そうとも知らずに児童福祉の担当者はヘクがリッキーを誘拐したと思い込み、いつのまにかリッキーとヘクは追われる身になってしまう。そして逃避行を続ける二人のあいだには奇妙な友情が芽生え…というあらすじ。

バリー・クランプというニュージーランドでは有名な作家の小説を原作にしているらしいですが、話がチャプター分けされてたり、淡々としたコメディ寄りの演出がされているあたり、ウェス・アンダーソンの作品、具体的に言うと「ムーンライズ・キングダム」に似ている印象を受けたな。モキュメンタリーになっていた「シェアハウス〜」とはかなり異なるスタイルになっている。

リッキーを演じるジュリアン・デニソンはマオリの役者で、14歳ながらも体を張った演技をしていていい感じ。頑固オヤジのヘクはサム・ニールが演じていて、こちらはベテランの渋みを醸し出している。監督も役者もニュージーランド人が揃い、ニュージーランド映画としては最高の売り上げを記録することになったとか。ただ都市部が舞台だった「シェアハウス〜」に比べてニュージーランドの田舎が舞台なので、日本人にはちょっととっつきにくい部分もあるかも。あとリッキーは俳句を詠む趣味があるのですが、当然英語の「HAIKU」なので、あそこは字幕にしたらどう訳すのだろう。

タイカ・ワイティティはこのあとマーベル映画の「ソー:ラグナロク」の監督に抜擢されてるわけですが、この映画も低予算ながらヘリと車の追跡シーンなども含まれていて、アクション大作も案外うまく撮れるんじゃないの、という感じ。悪くはない作品でした。

「Kubo and the Two Strings」鑑賞

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CGアニメ全盛のこの世においてストップモーション・アニメをコツコツを作り続けるライカ社の新作。今回は社長のトラビス・ナイトが自ら監督を手掛けた意欲作になっている。

舞台となるのは侍がいた時代の日本。人智を超えた存在である「月の王」の娘は、幼子である「クボ」を抱え、冷酷な父親と自分の妹たちのもとから海を渡って逃げて人里へとやってきた。それから月日がたち、少年となったクボは三味線を弾いて折り紙を自在に操るという能力を持ち、村で勇敢な侍ハンゾウの物語を弾き語るという暮らしを過ごしていた。しかしある日、日没後に外出してはいけないという母親の戒めを破ってしまったクボは、魔女のごとき格好をした母親の妹ふたりにさらわれそうになる。クボの窮地を母親が身を挺して救うものの、その影響でクボは遠く離れた謎の土地へと飛ばされてしまう。そこで彼のお守りが生身になったというメスザルに救われたクボは、かつてはハンゾウの部下の侍だったが呪いによって人型の虫にされたというクワガタとも出会い、月の王を倒せるという3つの神器(刀と鎧と兜)を探すための旅に出る。しかし彼らのもとには月の王の魔の手が忍び寄っており…というあらすじ。

もうね、映像の美しさがハンパないのですよ。人形ながらもクボの表情は2万以上の型が作られたといい、5メートルほどの巨大ガイコツのフィギュアも作られ、すべてが滑らかな動きをもって自在に画面の中を舞っていく。ライカの前作「Boxtrolls」は下水道とトロールたちのキモい描写があまり好きにはなれなかったが、こちらは紅葉の森のシーンとかがね、すごく温かみがあって美しいのです。やはりストップモーション・アニメって、まだCGが到達することができない手作り感があるんじゃないだろうか。予告編は不気味な感じを前面に出しているのがちょっと勿体ない。

またストーリーも映像に負けないほど巧みで、クボたちの冒険活劇というスタイルととりつつも、話の核となるのは「物語を語ること」であり、生まれてすぐに月の王に片目を奪われて隻眼になったクボの出自にまつわる話や、サルやクワガタに関する物語が語られ、巧妙にストーリーのなかに編み込まれている。あまり多くは明かせないけどね、サルとクワガタの話がまたいいんですよ。三味線を演奏するクボについて、題名の「2本の弦」の意味が分かってくる最後の展開も素晴らしい。

そのサルとクワガタの声優を務めるのがシャーリーズ・セロンとマシュー・マコノヒーで、クボを鍛えつつも暖かく見守る演技が大変素晴らしい。人間時代の記憶を失っているためにどこかボケているクワガタを演じるマコノヒーが特に良かったな。他にも声優としてレイフ・ファインズやルーニー・マーラなどが参加しているほか、ジョージ・タケイやケイリー・ヒロユキ・タガワといった日系人のキャストも多数起用されています。

トラビス・ナイトは父親(ナイキの社長のフィル・ナイト)に連れられて日本を訪問してから日本の文化に魅了され、「子連れ狼」なども愛読していたらしい。この作品のスタイルは版画家の斎藤清の作品に影響を受けているらしいが、盆踊りとか灯籠流しの光景とか、アメリカの作品だとは思えないほど丁寧に描かれているんじゃないだろうか。三種の神器の鎧と兜がちょっと中国っぽいデザインだけど、クボの母親の名前が「サリアツ」ということも含め、渡来したものという設定なのかな?

とにかくこれだけ日本の文化をもとにした作品が、日本でまったく知られておらず、日本での公開も決まっていないというのは大変な問題ですよ。「Boxtrolls」も未だに日本公開されていないが、どうもそこらへんの権利関係がゴタゴタしてるらしいんだよなあ。アメリカでの興行成績は振るわなかったらしいけど、これは本来なら日本で公開されて、多くの人に見てもらうべき作品でしょう。というわけでもし海外や飛行機のなかとかで見かけたら、日本人の義務として一見することをお勧めします。

「スター・トレック BEYOND」鑑賞

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公開したばかりなので感想をざっと。いちおうネタバレ注意。

・前作は例によってJJエイブラムスの余計な旧シリーズへのオマージュがあって「これ前にも観たよね?」的な感が拭えなかったが、今回は完全にオリジナルなストーリーなので飽きずに楽しむ事ができましたよ。ラストは結局また艦を降りて肉弾戦になるあたり、またかよ!という感じではありましたが。

・つうか予告編でもわかる通りエンタープライズ号は初っ端から大破してクルーは惑星上に不時着するわけで、宇宙船同士のバトルのようなものは殆どなし。敵の集団は「ギャラクティカ」みたいな無人ドローンだと思ってたけど、あれみんな有人なのか?あれだけ大勢のクルーが不毛な惑星で暮らしてたのか?宇宙船が出てこない一方で地上のアクションは多くて、バイクがしっかり出てくるあたりジャスティン・リンの作品だなあと。

・脚本はサイモン・ペッグが共同執筆していて、まあ基本的には悪くないかと。地上に着いたクルーがいくつかのグループに分かれるあたり、個人的に最高作の「スター・トレックIV」を彷彿とさせてくれましたよ。その一方でジェイラの存在がエクス・マキナすぎるだろうとか、悪役の計画がなんかまわりくどいとか、いろいろツッコミどころが多いのも否めない。

・アクション重視にしたため大味な内容になってしまったものの、クルーがいい感じで年取ってきたので、自分が知ってる旧シリーズの家族っぽい雰囲気になってきたのは良かったな。スポックの写真とかね、やっぱあれ出されるとホロっとくるのですよ。残念ながらアントン・イェルチンが亡くなってしまったし、出演者が契約を更新したとかしてないだのと報じられてフランチャイズとしては息切れしている印象が出てきたものの、やっとエイブラムスから監督が交代したわけだし、いちおう製作が決まってる第四作だけでなくもうちょっと作れば、かなりこなれた作品が出来てくるんじゃないでしょうか。

・しかしアダム・ヤウクの「ビースティ・ボーイズの曲を商業目的に使うな」という遺言はやはり法的拘束力はないんだろうか。まあ残るメンバーが明らかに利用許可出してるわけだが。

機内で観た映画2016(後半)

またヨーロッパへ出張に行っていたので、飛行機のなかで観た映画の感想をざっと:

・「ズートピア」:周囲で絶賛されてるほどの出来だとは思わなかったけど(田舎に帰るあたりで話がダレる)、差別と偏見というテーマを巧みにストーリーに盛り込んだのはやはり見事ですね。それにしても「ここは歌を歌えばすべてが解決するような世界じゃないんだぞ。諦めろ(let it go)」は画期的なセリフだった。こういう自社作品のパロディーってあまりディズニーで見たことなかったんで。

・「ファインディング・ドリー」:「ズートピア」には劣るけどこっちも良かったですよ。前作ではコメディリリーフだったドリーの記憶障害をきちんと掘り下げ、さらに7本足のタコや近眼のジンベイザメ(ジンベイザメって歌うっけ?)といった障害持ちもわんさか出てきて、これも寛容性をテーマにした巧みなストーリーになっている。その一方で明確にキチガイの鳥やアザラシは笑いの対象になっていて、まあどこで線を引けばいいのかは難しいところである。最後のカーチェイスはちょっとやりすぎかと。

・「グランド・イリュージョン 見破られたトリック」:手品のトリックなんてものはなくCG映像で、主人公たちがピンチに陥らずに終始上手をとっているという卑怯なスタイルは前作で理解しているので、前作よりは憤らずに楽しめました。でもやはり最後の展開とかはズルいんじゃないの。これだけのキャストを揃えてこの程度なのは勿体無い。

・「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」:前作もそんなに面白く無かったけど、こちらはもうコテコテのCGだらけでお腹いっぱい。役者はみんな前作から年を取ってるのに、彼らの若いころを描いてどうすんだよ。原作と違って「ワンダー」の要素が欠けてるのでは。

あとは「シン・ゴジラ」をちょっと見返しましたが、やはりあのセリフ回しが受け入れられなかったな。あとは「インターステラー」のブラックホール突入のシーンとかをね、繰り返し見ておりました。

「Doomed: The Untold Story of Roger Corman’s the Fantastic Four」鑑賞

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劇場公開どころかビデオ発売もされておらず、流出した低画質の海賊版しか出回っていないのに根強い人気を誇る、ロジャー・コーマン製作の「ファンタスティック・フォー」(1994)の裏側に迫るドキュメンタリー。この映画の詳しい感想については以前に述べたのでこちらを参照してください。

1992年の9月頃にドイツのニュー・コンスタンティン・フィルムのプロデューサーからコーマンに「ファンタスティック・フォー」の劇場版を100万ドルの低予算で製作する話が持ち掛けられ、コーマンがコストを折半する形で製作に合意したことから話は始まる。どうもトロマ(!)のロイド・カウフマンのところにも話が持ち掛けられていたことをカウフマン本人が明かしているのだが、さすがにFFという有名フランチャイズを低予算で映画化はできないということで手を引いていたらしい。

年末までに撮影をしなければならないということで急ピッチで製作が進められ、脚本が書かれてキャスティングが行われていく。このときオーディションを受けた俳優のなかにはマーク・ラファロもいたらしくて、これに起用されてたらのちにハルクを演じることは無かっただろうなあ。スタッフのなかにはスタン・リーとジャック・カービーのコミックを読んで育った人たちもいて、低予算ながら彼らのビジョンを映画化しようと頑張っていたのが涙ぐましい。なお映画のオリジナルキャラクターである「ジュエラー」って、コミックのモールマンの映像化権が微妙だということでモールマンから変更されたキャラだったらしい。やはりそうだったか。

そして取り壊し寸前の安スタジオで撮影が行われ、安っぽいセットに皆が不安を抱きつつも、キャストは熱意を持ってファンタスティック・フォーの面々を演じていく。これ劇中でも言及されていて、今となっては想像もつかないだろうけど、90年代のマーベル映画って大変出来が悪かったんですよ。サリンジャーの息子が主演した「キャプテン・アメリカ」とか、ドルフ・ラングレンの「パニッシャー」とか。よって世間からもろくに期待されないなか、スタッフは苦労して撮影を仕上げるものの、撮影完了のパーティーなどはなし。出来たフィルムをポスプロにまわすわけだが、そこからだんだん雲行きが怪しくなっていく。

映画館では予告編が流されていたらしいが(そうなの?)、本編の公開日の話はスタッフにまったく降りてこず、FFの映画化だからビデオスルーでなくそれなりの館数で劇場公開されるだろうと踏んでいた人たちも不安になり、コーマンなどからもきちんとした説明はされず、やがてどこかの時点でこの映画は公開されないという事実が明らかになり、そして今に至るという結末。

ロジャー・コーマン本人へのインタビューが行なわれているものの、これはなぜ公開されなかったのか、そもそも企画時点で公開するつもりはあったのか、という質問に答えてないので曖昧な点は残る。当初噂されていた「コンスタンティン・フィルムがFFの権利を延長するために映画は作られた」という説も、公開中止が決まってから作られた言い訳ではないかと監督あたりが示唆しており、当時マーベル映画のビジネスを手中にしようとしていたアヴィ・アラッドの関与があったことも仄めかされているのだが、コンスタンティン・フィルムの当時のプロデューサーは他界しており、アヴィ・アラッドやスタン・リーといったマーベル側の人間はこのドキュメンタリーへの協力を一切断っているため、真実が明かされていないのが残念。こないだの2015年版の「ファンタスティック・フォー」の製作クレジットにもコンスタンティン・フィルムが載っているいることから察するに、スーパーマン映画のジョン・ピーターズのような、権利ゴロっぽい立場になってるような気もするが、まあなんとも言えません。

劇中のインタビューは当時のキャストや監督、美術スタッフなどを中心に行われており、製作会社の上層部が何を考えているのか分からないまま、頑張っていい映画を作ろうとしていた熱意が今になってもひしひしと伝わってくる。当時の映画雑誌とかおれ読んでましたけどね、この映画への期待って結構強かったんですよ。コミコンでも話題になってたし、キャストも(自腹で?)コンベンションをまわってファンに律儀に対応していたらしい。

なおドキュメンタリー自体としては、インタビュー映像が粗かったり、録音の質が悪かったりとクオリティが低いのが残念。低予算映画のドキュメンタリーだからって作りも低予算にする必要はなかったんじゃないの。とはいえ公開されなかった映画がここまでカルト的人気を保ち、ドキュメンタリーまで作られてしまうのは特筆すべきことかと。売れない俳優(失礼)たちが自分たちの仕事に誇りを持って、子供たちに「お父さんはドクター・ドゥームを演じたんだぞ」と教えているところなんかは感動しました。この1994年版の「ファンタスティック・フォー」、著作権的にかなり面倒なことになってるのだろうけど、スタッフが熱望しているように高画質できちんと世の中に出す価値はある作品じゃないだろうか。