「ハイ・ライズ」鑑賞

High-Rise
J.G.バラードの1975年の小説を映像化したもの。

舞台となるのはロンドン郊外に建てられた40階建ての高級タワーマンション。スーパーマーケットや学校、スイミングプールなどを内部に完備したその建物の25階に、主人公の医師ロバート・ラングは新しく引っ越してくる。奇しくもマンションの各階は住人の社会的地位を反映しており、無骨なテレビカメラマンのリチャード・ワイルダーたちは低い階に住み、富裕層の住人たちは高い階に住み、そして最上階のペントハウスにはマンションの設計者であるアンソニー・ロイヤルが住んでいた。当初こそ住人たちは秩序良く生活を営んでいたものの、やがて頻発する停電などによって鬱憤がたまっていき、マンションが1つの隔離された世界となって混沌の渦へと巻き込まれるのであった…というあらすじ。

おれ原作を読んだのはもう20年くらい前(こんど復刊されるみたいね)なので詳細はあまり覚えてないものの、ラングが廃墟と化したマンションで犬の肉を食いながらそれまでの経緯を振り返る冒頭から最後まで、原作にはかなり忠実な内容になっていたと思う。監督のベン・ウィートリーの作品を観るのはこれが初めてですが、いささかコテコテな暴力描写などが、どことなく突き放した感のあるバラードの文体をうまく補完できていたのではないか。高層階の住人たちが揃いのスポーツウェアに身を包んで下層階を襲撃する光景に、バラード後期の「スーパー・カンヌ」(だったか「コカイン・ナイト」だったか)との共通点を感じてしまったよ。

話が設定されている年代は明言されていないが、おそらく原作と同じ70年代。よって携帯電話やパソコンなどは登場せず。「クラッシュ」もそうだったがバラードの話は無理に現代に持ってこないほうが良いと思う。70年代のファッションや建築のデザインが話にうまく合っている一方で、40階のタワーマンションって今となってはあまり高くないよね、とつい思ってしまう。原作読んだときは「プールが途中の階にあるマンションなんて作れるのか!」と驚いたけど、それも今ではそんなに珍しくないものかと。ただ現在のように40階以上の高層マンションができるようになると、上層階と下層階の価格差がより激しくなり、それが住人の資産格差などに直結して管理組合でイザコザが起きるケースが日本でもあるようで、そういった意味ではレトロながらも現代に通じるテーマをもった作品である。

主人公のラングを演じるのがトム・ヒドルストン。裸のサービスショットも多いですよ奥さん。ただ劇中ではいちばん「普通の人」という役回りなので、肉体派で暴力的なワイルダーを演じるルーク・エバンズのほうがおいしい役になっているな。対する高層階の住人にジェームズ・ピュアフォイなど。最上階のアンソニー・ロイヤルはジェレミー・アイアンズ。ロイヤルってもっと偏狭なマッド・サイエンティストみたいなキャラクターかと思っていたけど、ラングと並んで最後まで正気を保とうとする人物を好演している。女性陣ではシエナ・ミラーやエリザベス・モス、キーリー・ホーズなどが体を張った演技を見せてくれます。音楽はクリント・マンセルが担当していて、いつもの彼の音楽よりもギターやストリングスが多用されているかな?アモン・デュールやアバ、ポーティスヘッドなどの曲も使われていて、最後にザ・フォールを持ってくるのは、分かってるなあと。

これで「クラッシュ」「ハイ・ライズ」と映画化されたら残るはやはり「コンクリート・アイランド」なわけで、一時期はクリスチャン・ベールが映画化するなんて話もあったらしいけどね。あれは日本を舞台にしても十分成り立ちそうだと考えているのだが、どうでしょう?

「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」鑑賞

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公開中なので感想をざっと。いちおうネタバレ注意:

・よく油を差された機械のごとく、多くのキャラクターが登場しながらもきちんと各々の見せ場を作って、展開も分かりやすくしながらストーリーを進めていく手際は、さすがにマーベルの長年の経験が活かされてますね。ルッソ兄弟は前作「ウィンター・ソルジャー」でもアクションと政治性をうまくブレンドしていたわけで、どこかしらアラの目立った「ウルトロン」以上にアベンジャーズっぽい作品になっているかと。

・と言いつつもやはりキャラクターが多すぎるのでは。以前からの登場人物に加えて新しいのもたくさん出てきて、それなりに事前勉強みたいなものが求められるため、これで初めてマーベル映画を観た観客はどこまで楽しめるのだろう?

・ソーとハルクという巨頭ふたりを登場させなかったことで各チームの戦力的なバランスがとれたのは正解だったが、ビジョンも手持ちぶさたな扱いをされていたような。今後「インフィニティ・ウォー」に向けてさらに多くのキャラクターが出てくるわけで、そこらへんの交通整理はきちんとやっておいたほうがいいだろう。

・原作は911テロと愛国法の誕生というアメリカの情勢を反映させた色が強かったが、こちらは事件の発端となるテロがラゴスで起きたのは、ブラック・パンサーのワカンダに絡める必要があったからだろうか。でもアフリカのテロなんてアメリカ政府はろくに気にしないと思うのよね。

・題名に「キャプテン・アメリカ」とついているだけあって基本的にはキャップ側のチームに寄ったつくりになっているが、明らかに厄病神であるバッキーを最後まで守るキャップの動機にいまいち納得ができず、最後の展開には少しモヤモヤするものを感じたのは俺だけでしょうか。

・スパイダーマンの出演は予想してたよりもよかった。トム・ホランドは若き日のトビー・マクガイアを彷彿とさせていい感じ。ビリー・エリオットのミュージカルにも出てたそうだが、ジェイミー・ベルにも似てますね。その一方でマリッサ・トメイのMILFなメイおばさんはヤバい。ピーターよりも精神的に不安定そうなキャラクターにしてどうするんだよ。今からでも遅くないからキャスティングしなおすことをお勧めします。

・ブラック・パンサーがアフリカ訛りの英語を話すのが違和感あったな。確かによく考えれば不自然ではない設定なのだが、完璧な英語(や他の言語)を話せる知的なキャラクターという印象を抱いていたので。あとすべてのアメコミ映画に言えることだが、マスクを外しすぎではないか。

・変装から爆破から拷問まで、すべてひとりでコツコツとやっていくあの悪役は、ご苦労さまでした。

・全体的にはとてもよくできた作品であり、「ウルトロン」の後のフェーズ3の展開を活性化させることに成功している反面、やはりフランチャイズ疲れのようなものを感じてしまうのよな。上映前に「ローグ・ワン」の予告編を観て思いましたが、これから何年にもわたって公開される関連作を随時チェックしていくことを考えると、期待よりも疲労のようなものをなんとなく感じてしまうのです。

「Theory of Obscurity: a film about The Residents」鑑賞

Theory of Obscurity_ A Film About the Residents
目玉のマスクやその他たくさんの仮面を被り、正体を隠して40年以上コツコツと奇妙な音楽とパフォーマンスを披露し続けているサンフランシスコ出身のバンド、ザ・レジデンツのドキュメンタリー。彼らの詳しい経歴についてはウィキペディアの記事(おれが訳しました)を参照してください。

ヒッピー文化真っ盛りのサンフランシスコに前衛音楽をやりたい若者たちが集まったところからザ・レジデンツの経歴が語られるわけだが、当然のごとくこのドキュメンタリーには本人たちがいっさい登場しないので、当時の彼らを知る人々や元スタッフ、彼らのファンたちによってレジデンツの功績が語られていく。

インタビューを受けてるのはレス・クレイプールやマット・グレーニング、ペン・ジレットなどといったレジデンツ好きで知られる人々のほか、ディーヴォのメンバーやトーキング・ヘッズのジェリー・ハリソンなども登場していたし、レジデンツをサポートする団体であったクリプティック・コーポレーションのホーマー・フリンも多くを語っていた。なおホーマー・フリンこそがレジデンツの中の人ではないかという噂はファンのあいだで長らく語られてきたのだが、それの手がかりとなるような話は何も出てこなかった。

扱っている題材に比べるとドキュメンタリーの作りはいささか凡庸だが、レジデンツとして活動する前にサンフランシスコで演奏していた映像とか(画質が悪くて顔は見えず)、未完に終わった白黒映画「ヴァイルネス・ファッツ」のセットのカラー写真とか、目玉マスクの仕組みの説明(瞳の部分から外を見ることができ、ベルトで頭に固定するらしい)などといった映像は貴重かも。

なお題名の「Theory of Obscurity」というのは彼らと初期に共演していたサックス奏者のミステリアス・Nセナダが提唱したという「アーティストは正体が分からないときこそ、その真価を発揮できる」というセオリーであり、これに基づいてレジデンツは顔を隠し、性別を隠し、正体を隠しているのである。ここらへんはバンクシーなんかと通じるものがあるのかな。しかしNセナダがそもそも実在の人物ではないという説もあるようで、実に謎である…。

レジデンツの入門書みたいなドキュメンタリーだが、これを観て興味を持った人は彼らのPV集である「イッキー・フリックス」なんかを観てみると彼らの斬新さが分かるのではないでしょうか。姿を隠したままこれからもザ・レジデンツは活動を行い、俺やあなたたちが亡くなったあともレジデンツは生き続けるのである。

「レヴェナント: 蘇えりし者」鑑賞

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ネタバレしないように感想をざっと:

・ディカプリオが(やっと)アカデミー賞を受賞したことで知られる作品だが、演技自体は前作の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のほうが遥かに上であって、あれがコメディだったから受賞できなかったのを、残念賞的な意味合いをこめて本作で賞を与えられたのだと個人的に思ってるのですがどうでしょう。

・しかし「ウルフ」で鍛えた技術が本作で如実に生かされているところが1つあって、それは「這うこと」!前作では麻薬でラリって腰が抜けたまま這いつくばって車に乗り込むという会心の演技を見せつけたディカプリオですが、今回はさらに雪原や森のなかをひたすら這う!這う!ほふく前進をやらせたらいま一番の役者ではないかと、スクリーンを見ながら考えてしまったよ。次は軍隊ものか難病ものでまた大地を這ってほしいところです。

・でも役どころとしてはやはり悪役の得というか、トム・ハーディのほうが凄みがあって良かったと思う。本国ではブツクサ言っていて何を言ってるのか分からないという批評も受けた演技だが、幸いなことに日本では字幕があるのでセリフの内容も理解でsきたし。あとはウィル・ポールターもいい役者になったなあと。

・実話に基づいたせいか、ストーリー自体は比較的凡庸だったものの、大自然の壮大な光景と巧みなカメラワークがそれを補って見る人を飽きさせない作りになっていた。最近VRアプリの映像を見る機会が多いのだけど、ワンカットで周囲でいろんなことが起きているなか、視点があちこちに移っていくカメラワークはVRのそれに近いものを感じました。今後はエマニュエル・ルベツキのカメラワークを参考にしたVR映画が増えてくるのではないかと。

・ネイティブ・アメリカンにいろいろ配慮したストーリーになっていって、やはり今後のハリウッド映画ってそういう流れになっていくのかなと。主人公にネイティブ・アメリカンの妻と息子がいたというのも完全な脚色らしいし。まあアダム・サンドラーみたいに差別的な作品を作るよりはマシでしょうが。なおフランス人はいつまでたっても悪者ですね。

・音楽も効果的に使われているが、作曲者が3人?いるみたいなのでどこらへんに坂本龍一が貢献してるのかはわからず。

・本国では「ディカプリオは熊にレイプされた」という噂が出回ってましたが、確かにそう思いたくもなる腰使いであった。まあメスの熊でしょうけどね、あれ。

・「バードマン」に比べると監督の暴走というよりも技巧が際立った作品ではあるが、悪くはないですよ。いろいろ血まみれにはなるので万人向けではないだろうけど。

「Future Shock! The Story of 2000AD」鑑賞

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「ジャッジ・ドレッド」や「ローグ・トルーパー」などの作品で知られるイギリスのコミック雑誌「2000AD」に関するドキュメンタリー。

物語は70年代後半から始まる。イギリスで不況の嵐が吹き荒れてパンク・ロックが盛り上がりを見せるなか、コミックのライター兼編集者であるパット・ミルズは当時のイギリスの凡庸なコミック業界に風穴を開けるために「Action」誌を発刊。「ジョーズ」などのハリウッド映画に影響を受けた作品を載せたこの雑誌はイギリスの少年たちに大きな人気を博するものの、その暴力的な内容によってメリー・ホワイトハウス(そういう有名な保守の活動家がいたんすよ)たちの抗議を受けて廃刊に追い込まれる。このためミルズは検閲を逃れるためにSFっぽい話を多くした「2000AD」を、仲間のライターであるジョン・ワグナーとともに小さなオフィスで立ち上げる。

人を食いちぎる恐竜や、架空の共産国に侵略されるイギリスといった題材を、相変わらずの暴力描写で描いた「2000AD」はすぐさまヒット。しかし作品の多くは反体制的なものでありながら、明らかにファシストである主人公をもった「ジャッジ・ドレッド」が一番の人気作品になったのは皮肉ではありますね。

そして「2000AD」はイギリスの数多くのコミック・ライターおよびアーティストが活躍する場となり、このドキュメンタリーでもグラント・モリソンやケヴィン・オニール、デイブ・ギボンズ、ニール・ゲイマンなどといった錚々たる面々がインタビューに応えている。例によってアラン・ムーアは出てないけど、娘のリア・ムーアは出てます。

なお著作権をめぐってムーアがケンカして打ち切られた作品「ヘイロー・ジョーンズ」が本来ならばどういう結末を迎えるはずだったのかをムーアに教えてもらったゲイマンが、その内容を思い出しながら涙目になってるところが印象的。リア・ムーアが「私もヘイロー・ジョーンズの続きを教えて欲しいんだけど、パパ忙しいのよね…」とか語ってるのだが、いやそれは絶対聞き出して公表したほうがいいぞ!

こうして多くのライターとアーティストを輩出し、作品に彼らの名前をクレジットしていた一方で、「2000AD」の出版社は彼らの著作権を一切認めず、海外でリプリントされた作品についても印税を払わないなど、その労働条件は決して良いものではなかった。さらに80年代前半には海外の才能ある人々を探しにやってきたDCコミックスによってライターとアーティストがごっそり引き抜かれ、それが後の「ウォッチメン」やカレン・バーガーによる「ヴァーティゴ」の設立につながるわけだが、こうした作家たちを失った「2000AD」は人気が低迷していくことになる。

んで皆の証言によると90年代半ばあたりがいちばん低迷してた時期らしいですが、おれこの頃の「2000AD」は比較的よく読んでたんだよな。まあ「B.L.A.I.R. 1」みたいな俗っぽいパロディを連載してたりしたので世間受けは良くなかったのでしょう。それでこれはいかんということで編集長が代わり、出版社も別のところに移り、2000年代になってまた活気が出てきたよね、というような話で締めくくられている。個人的には最近は読んでないのでどうクオリティが向上してるのか分かりませんが。

いちばんインタビューの時間が割かれているのが(当然ながら)パット・ミルズで、意外とおとなしいジョン・ワグナーに比べて、ことごとく悪態をつきながら「2000AD」の歴史を語っていくその姿は高齢ながらも非常にエネルギッシュであった。往年のファンのとっては必ずしも新しい情報が含まれてるドキュメンタリーではないが、イギリスのコミックに興味がある人には格好の入門書となるような作品ではないでしょうか。