「EUROPA REPORT」鑑賞


インディペンデント系のSF映画。ちょっとネタバレ気味に紹介します。

木星の衛星エウロパにおける生命体の存在の可能性を調査するために、6人の宇宙飛行士が宇宙船に乗って1年以上もかかるような旅に出る。前例のない任務に胸を躍らせる彼らだったが、やがて悲惨な事故が起きてしまう。それでもエウロパに到着して地表に着地し、調査を始めた彼らだったが、そこで彼らを待ち受けていたものは…というストーリー。

物語の大半は宇宙船のカメラで撮影された映像で構築されていて、いま流行りのファウンドフッテージもののスタイルをとっています。宇宙飛行士たちに何が起きたのかを、地球の科学者たちが明らかにするという流れになっていて、記録された映像に科学者のインタビューが挿入されているような仕組み。また記録映像が順に出てくるわけではなく、時系列が意図的に乱されているので特に前半は話の流れを把握するのに難儀するかも。

科学的考証は、まあ、低予算映画にしてはいいんじゃないんですか。例によって無重力の描写は変なところがあるし、着陸船に全員が乗り込まずに母船に誰か残るだろとか、命綱くらい付けろよとかツッコミどころはあるものの、許容できる範囲内かと。ただ同じファウンドフッテージものでも、ホラーだと映像にとつぜん幽霊が映っても「あーこれ超常現象だから」と言い訳が出来るのに対し、SFだとどうしても科学的なリアリティが求められてしまうため、インパクトが薄まってしまうのかなとラストのオチを見て実感する。そういう意味では「プロメテウス」の荒唐無稽さはあれはあれで正しかったのだろう。

低予算作品だけどミカエル・ニクヴィストやシャールト・コプリーといった日本でも知られた役者が出演しているほか、音楽をベアー・マクリーリーが担当している。エウロパの氷の下の水中映像としてヘンリー・カイザーの南極探検の映像を使用しているのはヴェルナー・ヘルツォークの「Wild Blue Yonder」と同じだが、あそこまでポエティックな内容ではなく、「月に囚われた男」に雰囲気は似ているかな。地味だけど頑張ったことがよく分かる一品。

「THIS IS THE END」鑑賞


ジャド・アパトー系のコメディアンがみんな本人役で出演したコメディ映画。でもアパトー自身はこれには関わってないよ。

ジェイ・バルチェルがカナダから久しぶりにロサンゼルスにやってきて、旧友のセス・ローゲンと再会するところから話は始まる。2人はそのあとジェームズ・フランコの大邸宅で行われているパーティーに参加し、ジョナ・ヒルやマイケル・セラ、クレイグ・ロビンソンといった同業者たちに出会う。パーティーは夜中まで続いていたが、街が突然巨大な地震に襲われ、住民の多くが天からの青い光につつまれて昇天してしまう。これは聖書の黙示録に記された終末のときがやってきたのだ。

善人たちは神に選ばれて昇天できたが、ハリウッドのセレブなどという邪な連中が神に認められるわけもなく、大半が地割れに落ちたり業火に焼かれて死んでしまう。バルチェルとローゲン、ヒル、フランコ、ロビンソンの5人はフランコの家に閉じこもり、街を跋扈する魔物たちから身を守ろうとするが、招かれざる客としてダニー・マクブライドがやってきたことから内輪もめが始まり…というようなストーリー。

内輪ネタみたいなものは殆どないのだけど、まあ出演者(および彼らの出演作品)をどれだけ知ってるかで話をどれだけ楽しめるかが大きく変わってくるでしょう。話の中心となるのがジェイ・バルチェルやダニー・マクブライドであることを考えると、日本での劇場公開が見送られたのも無理はないかな。セス・ローゲンはエヴァン・ゴールドバーグと共同監督を務めていて、コメディもできるイケメンのジェームズ・フランコはやはり得だなーといった感じ。他にもエマ・ワトソンやリアーナ、アジズ・アンサリ、ポール・ラッドなどがチョイ役で出ています。そしていちばん体張ってるのがチャニング・テイタム。そこまでやるか?と思うくらいに頑張ってます。

話の半分くらいは出演者のアドリブだったらしく、口論のシーンなんかは本当にケンカしてたらしいが、そんな彼らのやり取りをずっと楽しむような内容になっています。プロット自体は中学生がノートに落書きしてるようなレベルなんだけどね。それで106分という尺はちょっと長いよな。長尺になるところは別にアパトーに見習わなくてもいいのに。あと出演者の大半がユダヤ系であるにも関わらず、「ヨハネの黙示録」通りに話が展開していくことへのツッコミが無かったのが意外だったかな。

前述したように人を選ぶ内容だし、吉本の芸人が総出演したようなノリの映画ではあるものの、個人的にはそれなりに楽しめました。アメリカではヒットしたことで続編の話も出ているらしく、今度はこの映画のプレミア試写会において天変地異がおきるという、なんかメタな話になるらしいのでそっちにも期待しておきます。

「PAIN & GAIIN」鑑賞


マイケル・ベイが「でっかいロボットが出てくる大作ばかり撮るのも疲れたんで、ちょっと気分転換に低予算映画を作るわ」とか希望して監督した犯罪コメディ。とはいえ予算は20億円くらいかけてるし、2時間超の長尺で最後は結局アクション映画になるあたり、彼にとっての低予算映画というのは一般の人たちの認識とはちょっとズレてるんでしょう。

1993年から95年くらいにかけてフロリダで実際に起きた事件をもとにしたストーリーで、ジムのトレーナーとして働くダニエルは、ジムの会員で裕福なビクターの資産に目をつけ、それを奪うことをジム仲間のポールとエイドリアンと画策する。何度かドジを踏んだものの彼らはビクターを誘拐することに成功し、彼を痛めつけて必用な書類にサインをさせる。そしてビクターを事故で死んだように見せかけ、自分たちは彼の自宅や銀行貯金をまんまと手にするが、実はビクターは重傷を負ったものの死んではおらず、彼に雇われた敏腕探偵がダニエルたちの周りを探るようになって…という内容。

主要な登場人物が10名くらいいるんだが、うち6名くらいが自分の経歴をモノローグで語ったりするものだからうざったくて仕方がない。こんなに多くの人物のナレーションが出てくる映画って初めてじゃないだろうか。ダニエルや仲間たちは暇さえあればバーベルを持ち上げてるような筋肉バカであり、外見だけで頭はカラッポの人間という描き方をすれば良かったのに、彼らにモノローグという内なる声を変に与えてしまったために中途半端に真面目になっていてコメディに徹しきれていないんだよな。ならばアメリカのマッチョ主義とかステロイド問題とかを風刺すればよかったのにそっちも全然描かれてないし。

主演のマーキー・マークは地で頭の悪い人なので今回のようなマッチョ役は似合っているはずなんだが、前述したように変にシリアスになってウジウジ悩んだりするのでどうも話のなかでカラ回りしている感じが否めない。むしろ相棒のハワード・マッキーのほうが「筋肉とセックス」という実に分かりやすい動機で犯罪に加担してて役回りは明快だったし、もう1人の相棒を演じるロック様は筋肉モリモリながらも自分に自身が持てない元犯罪者を絶妙に演じておられる。いつも思うんだけどこの人はコメディ演じたほうが巧いよね。あとはトニー・シャルーブやエド・ハリスといった役者が脇を固めているが、作品を救うことは出来ていないような。

前作の「トランスフォーマー3」を観たときも実感したが、マイケル・ベイって致命的に話を盛り上げる才能が欠けているというか、実話に基づいた脚本をそのまま撮っているだけという感じがするんだよな。だから話に緩急がつけられなくて、どこを削れば中身がもっと面白くなるかの判断がつけられないでやんの。話の中盤でビクターから奪った金を使い果たした主人公たちが、新たにポルノ業界の大物を狙おうとするんだけど、そこらへんの展開が前半とあまり変わらなくて「またやんの?」という感じであった。刑事ドラマを2話続けて見させられたような印象というか。あと「トランスフォーマー」でも指摘されていたように、人種差別やホモフォビアの雰囲気が微妙に漂っているのが気になったな。「犯罪者を美化しているのでは?」という批判がアメリカではあったらしいが、主人公たちは単に不快なキャラですから!

観るのが苦痛であるものの得られるものは何もないという、タイトルが半分だけ合っている映画。マイケル・ベイはもうCGを相手にドンパチを撮ってなさい。

「NOT FADE AWAY」鑑賞


「ソプラノズ」のクリエーターであるデビッド・チェイスの長編初監督作品。彼の自伝的な要素が詰まったものらしい。

舞台となるのは60年代のニュージャージー。ダグラスはブルースやブリティッシュ・ロックが好きな高校生で、やがて友人たちとバンドを組んでパーティーなどで演奏を行うようになる。そしてガールフレンドもでき、バンドもカバー曲だけでなくオリジナル曲を演奏するようになり、レコード会社のオーディションも受けるのだが、やがてバンドのなかで軋轢が生じてきて…というストーリー。

2時間弱くらいあってそこそこ長い作品なんだけど、これくらいのあらすじしか思いつかんなあ。JFK暗殺とか公民権運動とかベトナム戦争とか、当時の出来事についていろいろ言及されたりはするものの、全体的になんか頭でっかちというか、それらの出来事が主人公の家族にどう影響したのかが深く描かれていないんだよね。60年代を舞台にしたバンドものとかボーイ・ミーツ・ガールものなんて今まで映画で山ほど扱われてきた題材であるわけで、すべてがクリーシェの域を出ていないのが残念。

一番の問題がジョン・マガロ演じる主人公のダグラスで、最初はドラムを担当してたのが「俺のほうが歌うまいから」と主張してボーカルになるものの、声質がペラペラで全然うまく聞こえないのでやんの。親が必至に働いて貯めた金で大学に行っておきながら「バンドに専念したいから」といって大学を中退し、せっかくレコード会社の人間に面会しても「音楽ってアートだから。ビジネスなんかじゃないし」とバンド活動に幻滅しはじめ、しまいには「俺やっぱ映画を学ぶわ」といってロサンゼルスに移ってしまうという筋金入りのボンクラ。いやデビッド・チェイス自身はやがてハリウッドで大成したかもしれないが、こういう主人公に感情移入できる人はそんな多くないんじゃないのか。

むしろ故ジェームズ・ガンドルフィーニ演じる彼の父親のほうがずっとキャラクターが立っていて、青春時代は不況のもとで過ごし、戦争を経験し、必死に働いて家族を養ってるのにガンだと宣告され、徐々に息子にも打ち解けていく親父の話のほうがずっと面白いはずなのだが、親父と息子のシーンが後半になるほど少なくなっていくのが勿体ない。

なお劇中の音楽の監修は「ソプラノズ」つながりでスティーヴ・ヴァン・ザントが行っていて、それなりの予算を使ってビートルズやストーンズ、キンクスにボー・ディドリーなどといった当時のヒット曲が劇中で流れるようになっている。でも物語の最後でセックス・ピストルズ(しかもカバー曲の「ロードランナー」)を起用したのはどういう意図があるんだろう。そしてこうした名曲と比べると、やはり主人公のバンドのショボさが目立ってしまうのよねん。

少なくとも監督のロック愛というかノスタルジアはひしひしと伝わってくる内容であり、愛情をこめて作った作品であることはよく分かるものの、なんかもっと冷静な視点から映画を作るべきではなかったかと思わずにはいられない作品。

「ワールド・ウォーZ」鑑賞


最後の展開がイマイチということで大幅な撮り直しが発生し、大コケするのではないかとの前評判を覆してブラピ映画として最大の興行成績を挙げた作品だが、それでもコストが回収できてないのでは?と噂されているあたりがハリウッド大作の悪しきビジネスモデルだよな。

ストーリーの流れもその撮り直しによって生じたのであろうツギハギ感が否めず、ゾンビの感染源をたどって世界をめぐる冒険…になるはずが後半になってその流れが途切れ、かなり行き当たりばったりな展開になっていたような?特にウェールズに到着してからは今までのグローバルなアクションとはうって代わり、かなり小ぢんまりとしたバイオハザード(ゲームのほうね)みたいな内容になるのは違和感があったんだけど、やはりあそこが撮り直しで加えられた部分になるみたい。本来はゾンビの感染源が中国だと示唆されるはずだったのが、「あそこハリウッドのお得意様だから…」という理由でボツになったという裏話を聞くと、ゾンビも中国資本には勝てんのだなあと思う。

なお「ワールド・ウォー」といいつつも、主役不在(らしい)原作に対して映画版の主役はあくまでもアメリカ人のブラピであり、彼が訪れるところも韓国の米軍基地やイスラエルにウェールズといった、アメリカ人にとってあまりエキゾチックではない場所に限定したのが「パシフィック・リム」に比べてアメリカでヒットした原因ですかね?

そして皆が言っているように劇中のブラピはゾンビ以上の生命力を持っていて、さすがに最後のアレはやりすぎだろうと思うが、1人で映画を抱えて頑張っていたよな。ただし主人公は別にブラピじゃなくても良かったんじゃない?という気もするけど。ミレイユ・イーノスはブラピの妻を演じるにはブスすぎるだろ、というのがキャスティングを聞いたときの率直な感想でしたが、夫の帰りを待つ薄幸な感じはよく出ていた。あとはマシュー・フォックスがもっと大きな役を持っていたらしいが、撮り直しにより登場シーンがブチ切られたそうで。

あとは原作と異なりゾンビが走れるようにしたのはビジュアル的に大正解だったとは思うものの、やはりCGを多用しているためアクションに質量感が無いのが気になった。冒頭のトラックが突っ込んでくるところとか、普通は絶対に気づくよな。決して悪い作品ではないものの、あれだけ金をかけたのならもっと良くなる可能性があったのになんか勿体ない。続編の話も出てきているようだけど、関係者はもうこれは放っておいて次なる作品に進むべきでしょう。