「ゼロ・グラビティ」鑑賞


試写会でちょっと早めに観ました。ネタバレにならない程度に感想をいくつか:

・というか1つ重要なネタバレをビル・マーが自分の番組でしっかりバラしやがってて、本人は「もう公開から数週間たってるんだからいいだろ!」といった弁明をしていたのだが、公開が数ヶ月遅れる日本という国もあるんだよ!
・ディザスター映画というよりもアトラクション映画のような雰囲気。確かに最初から最後までスリルがあるものの、脚本が一本調子であることは否めない。年末になって今年のベスト映画のリストにもチラホラと見受けられるようになってきたけど、やはり脚本が弱いのが気になるな。
・その一方で無重力の空間の臨場感とかはやはり見事ですよ。破片がチョロチョロ飛んできて、あーなんかヤバいなと思ううちに大惨事が起きる流れなどは手に汗にぎって楽しめる。
・音楽も効果的に使われていてスリルを高めているものの、その反面終始音楽が鳴っていて、宇宙の無音さが強調されていなかったような。音がしない漆黒の宇宙に飲み込まれていく描写は「2001年宇宙の旅」のほうがずっと印象的であった。
・いちおう3Dで観たけど、必須というわけではないかな?でも大画面で観ることをおすすめします。
・ロシアがダメな奴らで中国は役立つ、という図式が最近のハリウッドのゴマスリ感を象徴してますね。
・サンドラ・ブロックの体をはった演技はなかなかすごい。無重力なのに髪型がピタっとしてるのはご愛嬌。
・あと補足のような短編映画があるので、本編を観たあとはこっちも観ましょう。

今年のベストというわけではないものの、映画館で観て損はしない作品ですよ。

「The World’s End」鑑賞


エドガー・ライト&サイモン・ペッグ&ニック・フロストによる「コルネット三部作」の第3弾。「ショーン・オブ・ザ・デッド」や「ホット・ファズ」の直接の続編ではないが、小さな町における不可解な事件と騒動というテーマは一緒。以下はネタバレ注意な。

ゲリー・キングは40歳手前になっても適当に生きているボンクラ。彼は楽しかった学生時代のことが忘れられず、かつて仲間と一緒に試みて失敗した、故郷の町のパブ12軒のハシゴを完徹しようと元同級生4人に声をかける。ゲリーと違って職や家族をもって安定した人生を送っていた4人は彼の誘いに躊躇するものの、その熱意におされて5人で故郷の町に向かうことに。そこで昔話をしながら酒を飲み始めた彼らだが、町の住民の様子が何かおかしいことに気づく。数年ぶりにあった人たちが彼らのことを憶えておらず、皆が彼らを監視しているようなのだ。そして彼らは町に隠された恐るべき秘密を知ることに…というストーリー。

前半4分の1くらいまでは中年男性のノスタルジアがテーマになっていて、そこから突然「光る眼」とか「ステップフォードの妻たち」みたいな展開になっていく。冒頭から遠く離れたところで終わるオチは賛否両論あるかな。基本はインベージョンもののオマージュというかパスティーシュであるわけだが、それが小さな町を襲うモノカルチャーの波のアナロジーにもなっているのが明らか(劇中では「スターバックス化」と呼んでいた)。

また主人公のゲリーはボンクラなようで暗い秘密を抱えていることが示唆され、学生時代が頂点で、それから下り坂の人生を暮らしている男の哀しみが意外にもうまく描かれていた。彼の仲間たちも学生時代のトラウマを抱えてることが語られていくわけだが、彼らみんな俺と同じ世代なのでここらへんは心に結構ビシビシと来ましたよ。彼らの青春時代の象徴としてサントラに使われてる90年代前半のヒット曲なんかね、俺いまでも聴いてますから。まあ自分の場合は学生時代もそんな楽しくなかったけど。

ペッグ&フロストのバディものだった前2作に比べ、今回はペッグ演じるゲリーが圧倒的な主人公で、フロストが演じるキャラはサブにまわっているという感じ。パアディ・コンシダインのキャラと同格といったところか?3部作常連のマーティン・フリーマンも出てるよ。ヒロインとしてロザムンド・パイクがでてるんだけど、「アウトロー」でも「驚いた顔」ばかりしていた彼女はここでも「驚いた顔」ばかりしていて…表情に乏しいのよねこの人。あとは「ホット・ファズ」にボンド俳優のティモシー・ダルトンが出ていたのに続いてピアース・ブロスナンが出ているぞ。

3部作のほかの作品よりも優れているとは必ずしも思わないが、うまーく伏線が貼られた、安定したクオリティで最後まで楽しめる作品。90年代に学生だった人たちは観てみましょう。

「FRANCES HA」鑑賞


ノア・バームバックの新作。前作「Greenberg」(邦題忘れた)はコミュ障中年のしっとりとしたラブストーリーだったが、実はその裏ではリアルなネトラレ劇が進んでいたとのことで、自分の奥さんを出演させておきながらもちゃっかり主演女優とデキていたらしく、ついには「Noah Baumbach」でググると「Noah Baumbach cheated」と検索候補が出てくるようになってしまった。ここらへんグーグル様は容赦ないな。とはいえバームバックと主演女優のグレタ・ガーウィグは交際するようになりまして、これが彼らの組んだ2本目の作品。

フランシス・ハラデイはニューヨークに住む27歳の女性。彼女はプロのダンサーを目指しているもののまだ見習いの立場で、家賃の支払いに苦労している次第。親友のソフィとアパートを共同で借りていたがソフィが別の友人と住むことになり、フランシスはレヴとベンジーという2人の男性のアパートを間借りすることに。それでも貧乏の彼女は年末にカリフォルニアの実家に帰ったり、クレジットカードで借金して衝動的にパリに行ったり、ウェイトレスとして働いたりといろいろ遍歴を続けていく。しかし彼女はダンサーの夢を捨てないのであった…というようなストーリー。

夢を熱心に追いかける女性の物語、というよりも人生設計ができなくてフラフラしてる人の話といった感じかな。フランシスは周囲の空気が読めず、男性にもコミットできずソフィたちに迷惑をかけている始末。これ男性だったら相当イヤな奴の話になってたろうな。彼女は運にも恵まれずダンサーの仕事になかなかありつけずにいたりするのだが、あまり中心となるプロットはなくて、フランシスとソフィの友情を軸にフランシスの生き様が描かれていくような構成になっている。

ダンサーとか彫刻家とかライターといったヒップな人たちがいろいろ出てくる、ニューヨークが舞台のモノクロ映画ということで、なんか学生時代によく観てた70〜80年代ののアングラ映画を思い出してしまったよ。でも貧乏とはいえ高そうなもの食ってるし、いいアパートに住んでるのでなんか全体的に甘っちょろい感じがすることは否めない。恋人同士で映画を作るとこういう出来になってしまうのかなあ。

グレタ・ガーウィグ以外の出演者はみんな知らない人ばかり。ソフィ役のミッキー・サムナーってスティングの娘なのか。ディーン・ウェアハムとブリタ・フィリップスが音楽を担当してるほかチョイ役で出演してたらしいが気づきませんでした。

ガーウィグは体がゴツいけどコケティッシュな魅力があるし、ダンスのシーンも躍動感があって悪くはない映画なんだけど、「AVクラブ」などで絶賛されてるほどではないかな。単におれが女心を理解してないだけかもしれませんが。

ちなみにバームバックの次作はドリームワークスのアニメーションになるの???

「ROOM 237」鑑賞


その解釈をめぐって、未だに多くの議論が行われているスタンリー・キューブリックの傑作「シャイニング」に関する妄想ドキュメンタリー。

「シャイニング」にのめり込んだ人たちが、「この映画はこうやって解釈するもんなんだよ!」と持論をひたすら語っていくもので、よく言われる「この映画はインディアンの虐殺についての物語だ」なんていう解釈はまだ可愛いほう。劇中のタイプライターがドイツ製であることから「これはナチスのユダヤ人虐殺に関する映画だ」とか「これはキューブリックがアポロ11号の月面着陸をセットで撮影したことを明かすものであり、原作で出てくる217号室が237号室に変更されたのは、キューブリックが月面の撮影をスタジオ237で撮影したからだ!」などといった意見がポンポンと飛び出してくる。もちろんこれらの根拠は皆無に近いし、スタジオ237というのが何なのかという説明は一切ないわけですが。

あとは「この映画は終わりから逆回しで観るべきだ!」とか、「原作では主人公の車が赤いのに映画では黄色くなってる。そして映画では事故で潰された赤い車が出てくるが、これはキューブリックがスティーブン・キングにクソくらえって言ってるんだよ!」なんて解釈もありました。みんな裏付けできない解釈とはいえ映画をフレーム単位で分析している人もいるわけで、ホテルの間取りをとってみると「ありえない窓」が存在している、などといった説明は面白かったな。いちばんぶっ飛んでたのはあるシーンの背景にスキー選手のポスターが貼ってあることについて「あれはスキー選手なんかではなくてミノタウロスよ!頭をもたげて迷路を進むジャック・ニコルソンもミノタウロスよ!」という意見でした。なぜミノタウロスを出す必用があったかについてはよく説明されてないのですが。

映像的には「シャイニング」およびその他の映画などからの抜粋ですべて構成されており、解釈を語る人たちの映像は一切なく、ナレーションのみがひたすら続く内容になっている。いちおう9つの説が語られてるらしいが明確な区切りもなく、製作側の説明などもないので、1時間半のあいだいろんな人たちの妄想(といったら失礼か)をずっと聞かされる形になります。月面着陸の捏造説を唱える人が「自分は政府に目をつけられていて…」と(ちょっと自慢げに)語るあたりは電波入ってんなあ、と思わざるを得ない。

当然ながら解釈がすべて正しいことはあり得ないのだが、これらの根底にあるのは「キューブリックは画面に出てくるもののすべてを計算し、意図して撮影した」という考えである。しかしいくらキューブリックのように綿密な監督であっても、何かしらの凡ミスを犯しているか、偶然性が映像に含まれていると個人的には考えざるを得ないんだよな。確かにタイプライターの色が劇中で変わるなどのコンティニュイティ—上の不具合は、観る人を混乱させるためにわざと仕組まれたものだったらしいが、とはいえあるシーンで背景の椅子が消えることに深い意味を見いだすのは無理があると思うのよね。

しかし「シャイニング」という映画がいかに綿密に製作された作品であるかを再認識させてくれるドキュメンタリーではあった。それとこういう解釈の議論って、現在のCGだらけの映画では起きにくいのでは。単に「CG係が後ろの椅子を消し忘れてました!」で済んでしまいそうなので。

「CBGB」鑑賞


パンクロックの興隆とともに、ラモーンズやトーキング・ヘッズ、テレビジョンにブロンディといったバンドにライブの場を与えて世に出していった、ニューヨークの伝説的なライブハウスの物語だよ。

バーの経営に二回失敗していたヒリー・クリスタルはめげずにバワリー地区のバーを買い取り、カントリーやブルーグラスのバンドを出演させることを計画する。しかし店にやってきたのは小汚い若造のミュージシャンたちばかりだった。それでも彼らを出演させることにしたヒリーは間に合わせの機材でステージやサウンドシステムを作り、数々のバンドにオリジナル曲を披露する場を与える。これが当時ファンジンの「パンク」誌を出していたレッグス・マクニールたちの目にとまり、やがてバンド目当ての客がCBGBにいろいろやってくるようになるものの、それでも店の経営は厳しくて…といようなストーリー。

おれ自身は2002年にCBGBに行ったことがあるのと、伝記本「CBGB伝説(This Ain’t No Disco)」などを読んでたのでCBGBのことはそれなりに知ってるつもりですが、そんなに経営は苦しかったっけ?確かに店は汚いままだったし、最終的には高騰する家賃が払えずに閉鎖したわけですが、むしろ順調にブランドを築きあげていったサクセス・ストーリーのようなものだと思ってたんだけどね。映画なので話に起伏を持たせる必用があるとはいえ、金がないとか店が汚いといった点を強調するのはどうなんだろう。

上記「CBGB伝説」では共同経営者だったマーヴ・ファーガソンが皆に愛される存在であったことと、彼の脳腫瘍による早すぎる死について詳しく書かれてたのでそれが話のクライマックスになるかと思いきや、劇中では最後までマーヴは健在でした。むしろクリスタルがデッド・ボーイズのマネージメントを手がける話が後半のプロットになるんだけど、「あまりうまくいかなかった」で終わっているのがどうも不満。でもまあザ・ポリスが出演してくれたからオッケー、というラストはどうにかならなかったのか。話が70年代の終わりまでしか描かれていないんだけど、そのあと80年代になってハードコアのバンドが出演するようになり、最近のサウンドにまでつながっていることも紹介すればよかったのに。

あと話のあちこちで映像がコミックのコマみたいになり、「パンク」誌のイラストとかが挿入されたりするんだけど、おかげで話の流れがブチブチ切られるのが非常に不快であった。楽曲の使い方も1分くらい流したら次の曲、といった感じでせわしなく、なんか中途半端なんだよね。いろいろ話を詰め込む必用があったのだろうが、もうちょっと工夫はできなかったものか。

ヒリー・クリスタルを演じるのがアラン・リックマンで、マーヴ役がドーナル・ローグ。あとはルパート・グリントやスタナ・カティック、ジョニー・ガレッキなどといった微妙な知名度の役者たちがいろいろ出て、当時のバンドのコスプレをしています。ルー・リードが似てなかったなあ。

なお当時の人物の描き方については、常連バンドだったザ・ネイルズのボーカルが非難する文章を書いているので一読を。これにも書かれてるように、黒人のミュージシャンがいっさい出てこないのが気になりましたね。俺は1982年のバッド・ブレインズのライブ映像がものすごく好きなのだが、いろんな人種の男女がCBGBに集まり、ライブの熟練者から素人までがハードコアやレゲエで盛り上がっている姿が大変素晴らしいわけですね。こういう高揚感がこの映画には皆無だったのが残念。本国の批評家にも「パンクを搾取してる」などと酷評された作品だが、音楽シーンを変に美化した映画ってのは今後も作られてくんでしょうね。カート・コベインを演じるのは誰だ…。