「リンカーン」鑑賞


スピルバーグの映画を観るのはかなり久しぶりだったりする。リンカーンは黒人を解放した一方でインディアンたちは虐殺してた、なんてことを事前にウィキペディアで読んでしまったためについヒネくれた見方をしてしまったが、まあそれはそれで。

南北戦争の勝利を目前にしつつも、勝ってしまえば自分が戦争に対して唱えた奴隷解放宣言が破棄されてしまうことを危惧し、奴隷の所有を禁じた憲法修正第13条を議会で可決させようと努力するリンカーンの姿を描いた作品だが、登場するリンカーンは決して威風堂々としているわけではなく、その長駆を弱々しく曲げ、ひしゃげた声でしゃべる小話好きな老人として表されている。

そして第13条を可決するためには野党の民主党の票が必要であることを悟った彼は、小汚いロビイストたちを雇い、レームダックとなって次の選挙の心配をする必要のない民主党の議員たちを1人ずつ狙っていく。ロビイストたちのやり方は非合法スレスレであり、リンカーン自身も議会で虚偽の証言まがいのことを行ってしまうわけだが、決してリンカーンの行為はダーティなものとしては描かれず、正しい目的のためには多少の汚い手段を用いるのもやむを得ない、とういう趣旨がそこには含まれている。文章で書くとひどく偏向してそうだが、映像では演出の巧みさによって、そうは感じさせない内容になっていた。これを同性愛者の結婚の可決を目指すオバマに対するスピルバーグなりのメッセージとして見なす人もいるようだけど、実際はどうなんだろうね。

とはいえ南北戦争について初歩的な知識しか持ってないので、前半はなかなか話の流れがつかめず、ヒゲ面の登場人物も誰が誰だかよく分からないし、フランシス・ プレストン・ブレアって誰よ、という感じであった。しかし後半になって票集めに焦点があてられるうちに話が面白くなっていき、評決のシーンは結果が分かっていても見事なカタルシスを感じさせる出来になっていたよ。そこらへんで話を終わらせず、残りの時間で暗殺までを淡々と描いていくクドさも相変わらずのスピルバーグですね。ただ個人的にはやはりヤヌス・カミンスキーの色調を抑えたシネマトグラフィーって好きじゃないんだよな。

役者陣はやはりダニエル・デイ・ルイスが圧巻。他のキャストは「あ、あの役者が演じてるな」と分かるのに対し、デイ・ルイスはリンカーン本人にしか見えない。そんな彼を支える(もしくは振り回される)周囲の人々も他の映画なら主役をはれる一流どころが揃っていて、トミー・リー・ジョーンズも圧倒的な存在感を放っているし、JGLやデビッド・ストラザーンなども巧い。個人的には上記のロビイストたちを演じるジェームズ・スペイダーにティム・ブレイク・ネルソンとジョン・ホークスという実に濃い3人組が好きでした。「ジャンゴ」のウォルトン・ゴギンズもいい役で出てるよ。あと日本ではあまり知られていないがデヴィッド・コスタビルがかなり目立つ役を演じていて、この人は「ザ・ワイヤー」や「ブレイキング・バッド」などでも印象的な役を演じているので今後のブレイクに期待。

日本の観客に通じるものがある内容かというと微妙ではあるのだが、巨匠が丹念に作った佳作ということで観て損はないかと。

「ゼロ・ダーク・サーティ」鑑賞


イラク駐留軍の日々を淡々と追った「ハート・ロッカー」よりも、こちらのほうがビン・ラディン狩りという一貫した目的がストーリーの軸となっているために作品としてはずっと面白いな。日々が過ぎていくことの焦燥感とか、CIAの決意なども「アルゴ」よりうまく描けてたのでは。主人公のバックグラウンドが全く紹介されていないにも関わらず熱意に共感できるようになってるのは巧いなと。

軍のプロパガンダだとか拷問の肯定をしているなどと叩かれているけど、これは単にキャスリン・ビグローの作家性の表れでしょう。サスペンスの最中にしれっとガールトークを入れてくるあたりが女性監督のセンスなのかしらん。そのあとすぐ爆弾テロが起きてたけど。

ただやはり拷問の扱いについてはモヤモヤとした気分が残るのは確かで、非アメリカ人の有色人種としては、拷問される側の身になって観てしまうんだよな。最初は拷問から距離をおいていた主人公が後に慣れてくるところよりも、オバマ政権になって「捕虜に弁護士がつけられたから情報が聞き出せなくなった」というセリフが出てきたところが不気味だったな。拷問にしろ主人公の最後の涙にしろ、タイトル通りの真っ暗な虚無を表しているのだとは思うけど、やはり煮え切らない気分になってしまったよ。

出演者のうちジェシカ・チャステインはやはりケツアゴに目がいってしまうがタフな女性を熱演。あとはジェイソン・クラークとかジョエル・エドガートンとかマーク・ストロングとか、彼女を助ける男性たちが殆ど非アメリカ人の俳優で固められてるのは何か思惑があるのだろうか。あとカイル・チャンドラーって最近顔色悪くない?

そしてビン・ラディンの片腕探しから居住地の襲撃に至るまでの流れは極上のサスペンス。ビン・ラディンが住んでいることが確信できないまま襲撃の許可が出されたことは知らなかったな。しかし当初はこのような結末は想定されておらず、ビン・ラディン狩りの終わりのなさを描いた脚本になってたらしいが、そちらはいったいどういう結末になってたんだろう?

「Something from Nothing: The Art of Rap」鑑賞


最近はラッパーというよりも俳優という印象の強かったアイス・Tによる、ヒップホップ文化およびラップの歴史や影響などについて語られるドキュメンタリー。

特に筋道の通った構成があるわけではなく、アイス・Tと交流があるさまざまなラッパーたちがそれぞれのヒップホップ論を語っていくわけだが、ニューヨークのオールド・スクール一派に始まりデトロイトを経由してロサンゼルスに至るまでに出てくる面子が非常に豪華で、チャック・Dやエミネム、コモン、カニエ・ウェスト、メリー・メルなどといったラップ界の新旧スターが勢揃いといったところ。一方でビースティ・ボーイズやRZA、LLクールJ、南部のアウトキャストなどといった面々は登場していない。しかしみんなガタイがいいのう。出てくる人たちのBボーイ系のファッションにも注目。

ラッパーの常としてみんな言うことがデカいので歴史的考証などは結構いいかげんそうなのだが、各人のリリックに対する考えなどは聞いていて興味深いものがあったよ。個人的にはビーツの作り方とかDJのやり方といった技術的なことも聞きたかったな。また多くの人がフリースタイルを披露してるのだが(エミネムはカンペ読んでるけど)、あれ言葉が多すぎて日本語字幕とかつけるの無理だよなあ。

ラップの完全な初心者向けのドキュメンタリーではないが、俺みたいにそんなに詳しくない者でも楽しめる作品になっておりました。

「ジャンゴ 繋がれざる者」鑑賞


タランティーノってその趣味に走りまくる姿勢が、例えばジョー・ダンテなどと違ってどうも肌に合わないところがあったのだが、これはとても楽しめる作品であったよ。もちろん冒頭のクレジットからして趣味に走ってるわけだが、西部劇(というか南部劇)の枠組みのなかにうまくストーリーが収まっているというか。少なくとも「イングロリアス」みたいに途中でミュージックビデオみたいになってどうしよう、という展開はなかったし。

とはいえかつての「主人」たちに復讐する話かと思いきやその目的はすぐに果たされ、やっとディカプリオが出てきて話の流れが変わる展開は、「キル・ビル」以降の蘊蓄がやたら語られるスタイルに通じていてあまり好きではないのだが、こちらはアクション満載の描写とスピーディーな話の流れもあって2時間超の長尺も殆ど気にはならなかった。

いちばん良かったのがやはりキャスティングで、主役のジェイミー・フォックスはまあ普通としても、対するレオナルド・ディカプリオがイヤミな悪役を怪演していて素晴らしい。彼っていつもは主役ばかり演じているので肩に力が入りすぎている気がするのだが、実はこういう脇役を演じた方がもっと幅の広い演技ができるのではないか。彼の演技が巧いと思ったのは、同じく西部劇の「クイック・アンド・サ・デッド」以来だな。アカデミー賞とったクリストフ・ヴァルツも「イングロリアス」に続いて安定した演技力を見せつけてくれるものの、やはり善人よりも悪人を演じた前作の方が強烈な印象を残していたことは否めない。そういう意味では抜け目ない執事を演じたサミュエル・L・ジャクソンが見事でしたね。あとはブルース・ダーンとかラス・タンブリンといったいかにも監督好みの人たちがキャスティングされてるのだけど、クレジット見るまで気づかなかったよ。

今まであまりメジャー作品では扱われなかった奴隷制度にスポットライトをあてたことについて監督がいろいろ語ってるらしいが、その一方で時代考証とかは結構いいかげんだし(ダイナマイトの発明は1860年代だ!)、主人公の銃弾は相手の体を貫通してるのに悪役のものは死体で防げてしまう描写など、まああくまでも純粋な娯楽大作として割り切って観るべき作品でしょうね。

「ホーリー・モーターズ」鑑賞

昨年海外では絶賛されていたフランス映画。監督のレオス・カラックスって名前は知ってたけど作品を観るのはこれが初です。なんかよく分かんないんだけどとてもすごい映画であったよ。

ある晩に目覚めた男(カラックス本人)が自室の壁にあった隠し通路を発見。そこを抜けると大衆がサイレント映画を観ている劇場だった…というオープニングは本編とまったく関係なくて、本編の主人公となるのはオスカー氏という男性。大邸宅に住み子供たちにも恵まれた彼は、巨大な白いリムジンに乗って仕事へと向かう。そんな彼の仕事とは、与えられたファイルをもとに、変装をしてさまざまな「業務」をこなすことだった。まず老婆に変装して橋の上で物乞いをしたオスカーは、それからゲーム用のモーションスーツを着込んで撮影用のスタジオでハードなアクションをこなし、同じくスーツを着込んだ女優とセックスの模擬をする。このようにしてオスカーは9つの業務を1日のなかでこなしていく…というストーリー。

ストーリーは本当にこれだけでして、オスカーに仕事を与えるエージェンシーがあることや、同じような仕事をしている人たちが他にもいることが示唆されるんだけど、オスカーの動機とか仕事の目的などは一切説明されず、彼が変装して暴れまくる怒濤の展開が繰り広げられていく。

リムジンに乗った1日の出来事というコンセプトはクローネンバーグの「コズモポリス」、他人の演技をする人たちというのはギリシャ映画の「アルプス」に通じるところがなくもないが、実際の映画はその2つに似ても似つかない実に奇妙なものになっていて、観る者を圧倒させていく。さらに映画の中盤ではご丁寧にもインターバルが儲けられていて、アコーディオンを抱えた集団が一曲奏でてくれるぞ。

登場人物はそんなに多くない、というかオスカーを演じるドニ・ラヴァンが変装して何役もこなし、完全に話を喰ってしまっている。いちばん体を張っているのは3番目の「メルド氏」に変装するところで、カラックスが以前撮った短編にも出てきた役らしいが、地下道を通り抜けて墓場に登場し、献花などをムシャムシャ食べながら(ここで何故か「ゴジラのテーマ」が流れる)、撮影をしていたエヴァ・メンデス演じるスーパーモデルを誘拐し、自分はすっぽんぽんになって彼女の膝枕で眠りだす仕舞。なに言ってるか分からないかもしれないが、本当にそんな展開なんだってば。でもハチャメチャなようで、全体を通じて何ともいえないペーソスがあるのが不思議なところでもある。

あとは彼と同じような仕事をし、彼とは古いつきあいがあるらしい女性をカイリー・ミノーグが出てきて、ニール・ハノンによる曲を歌ってくれたりします。そしてリムジンのドライバーを演じるエディット・スコブって女優、「顔のない眼」の娘さんだった人なのか!

さらに特筆すべきはその映像の美しさ。フランスのアートシネマってチープな撮影しかしてないかと思いきや、夜のパリの車道とか、閉鎖されたデパートとかの光景がとても見事で、カメラワークも凝ってるのですよ。モーションキャプチャーのシーンなんか3Dで観たいと思ったくらい。

この映画が何を伝えようとしてるのかは、俺のような凡人の理解を遥かに超えていることだし、たぶん答えは出されないだろうから深く考えたりはしない。だから観たあとで何が心に残るのかというと戸惑ってしまうのだが、とにかく観てるあいだは圧倒される作品。あなたが今年観る映画のなかで最も独創性にあふれた作品の1つになることは確実でしょう。