「IRONSIDE」鑑賞


10月から始まるNBCの新シリーズで、名の通りレイモンド・バーの「鬼警部アイアンサイド」のリメーク…っておれオリジナルを観たことがないのですが。

ニューヨーク市警の警部ロバート・アイアンサイドは容疑者を追跡中に狙撃され、半身不随となって車椅子の身になってしまう。しかしこの障害にもめげず、彼は独自の捜査班を結成してさまざまな事件を解決していくのであった…というプロット。

アイアンサイドは頭脳明晰であり、情報集めなどは部下が行うものの、いわゆる安楽椅子探偵というわけでもなく、自ら現場に赴いて犯人逮捕などを行う行動派。ただそのせいか従来の刑事ドラマに比べてそんなに目立った特徴があるわけでもなく、意地の悪い言い方をすれば「刑事が車椅子に乗ってるだけ」だという内容でもある。第1話ではアイアンサイドが狙撃された狙撃された顛末とか、半身不随になったことの葛藤なども描かれているものの、あまり話に深みを与えるものではなく。とりかかった事件の解決もなんとなくモヤモヤが残る内容だったな。

主人公のアイアンサイドを演じるのは「THE EVENT/イベント」のブレア・アンダーウッドで、彼の部下としてパブロ・シュレイヴァーなどが出演している。実際は健常者であるアンダーウッドが障碍者を演じることに対して「障碍者の役者を起用しろ!」というクレームも出たらしいが、そこまで政治的に正しくならなくてもいいんじゃないかと思う。

むしろこうした作品に人気が出ることが障碍者への貢献にもなるとは思うんだけど、人気が出るかはかなり微妙な内容の作品ではある。

震災ボランティア2013


3年目3回目。今年はさすがに規模も縮小され、深夜バスに乗って0泊2日という強行軍であった。昨年までは応援の書き込みなどで賑わっていたボランティアセンターも、そろそろ別の場所に機能を移すとのことで設備などは殆ど取り払われ、ある意味寂しいといえば寂しかったかな。活動内容も減ってきた一方で、まだ個人や旅行会社経由で遠方からいらっしゃっている人たちがいるのは頭が下がりますね。

とり・みき氏も書いていたが、3回目の訪問となると「どこが変わったか」と「どこが変わってないか」という点が気になるもので、2年前には大破した車が転がり、1年前は除染作業をしていた畑に稲穂がたわわに実り、立ち入り禁止だった砂浜にサーファーが戻り、ボランティアセンターの裏に堆く積もれていたガレキの山が片付けられているのを目にすると2年半で復興もずいぶん進んだな、と感心する。しかしその一方で、海岸沿いの住宅地があったところには空き地が広がり、道には砕けた瓦などが散乱し、仮設住宅での生活を強いられている人たちがまだまだいるのも事実であり、復興作業は形を変えてこれからも長らく続けられる必用があるのだろう。

また少し内陸に入ったところの通りの電柱に「震災時に津波はこの高さまで来ました」という看板がかけられていたのが印象的であった。震災を思い出したくないという意見もある一方で、忘れるまいという運動が始まっているわけですね。

なお我々の作業は畑にする土地?の片付け。強い日差しのなかの小石拾いはいい運動になりました。築地銀だこが差し入れをしてくださり、どうもありがとうございました。来年はたぶんこうした形での参加は無いと思うけど、何かしらの協力は続けていきたいところです。

「マン・オブ・スティール」鑑賞


「ウォッチメン」のあとはザック・スナイダーの映画は二度と観るまいと誓った身ですが、スーパーマン映画となると話は別で。許せ。

公開したばかりなので感想を簡潔に:

・またダメ映画になるかと思ったけどある程度は楽しめた。でもこれスーパーヒーロー映画というよりSF映画だよな。人類のファースト・コンタクトを描いた内容の。

・「ダークナイト」が大ヒットしたときにワーナーの重役あたりが「これからのDCコミックスの映画はみんな暗くするからね〜」といったことを言っていて、スーパーマンを暗くしてどうするんだよと思ってたが、本当にそんな感じだった。

・今回はそれはそれで映画が成り立っているけれど、フランチャイズとして人気を持続させることが出来るのかは微妙な気もする。なんか悪い意味で全力を使い果たしてしまったというか、後にも登場するであろうキャラクターたちをきちんと立たせていないし。おそらく次の映画には出てこないであろうケヴィン・コスナーとラッセル・クロウなどは良い演技を見せているのだが。

・「プレミアム・ラッシュ」を観てしまうと、マイケル・シャノンの悪役はどうもカラ威張りしているように見えてしまうな。

・まあ次回はご存知のようにバットマンが登場するわけで、そっちのほうのアクションを際立たせておけば映画としては成り立ってしまうんだろうか。この暗いトーンってバットマンには似合うかもしれないけれど、JLAには合わないんじゃないの。

・話題を呼んだラストの展開も含め、爽快感は無いものの、まあ悪くはない作品でした。ただやはりこの路線って話がどんどん暗くなる方向にしか進まなくて、いずれ行き止まりに達するような気がする。というわけで次作のことを勝手に心配しながらスクリーンを眺めるという、どうも不思議な体験であったよ。

「PAIN & GAIIN」鑑賞


マイケル・ベイが「でっかいロボットが出てくる大作ばかり撮るのも疲れたんで、ちょっと気分転換に低予算映画を作るわ」とか希望して監督した犯罪コメディ。とはいえ予算は20億円くらいかけてるし、2時間超の長尺で最後は結局アクション映画になるあたり、彼にとっての低予算映画というのは一般の人たちの認識とはちょっとズレてるんでしょう。

1993年から95年くらいにかけてフロリダで実際に起きた事件をもとにしたストーリーで、ジムのトレーナーとして働くダニエルは、ジムの会員で裕福なビクターの資産に目をつけ、それを奪うことをジム仲間のポールとエイドリアンと画策する。何度かドジを踏んだものの彼らはビクターを誘拐することに成功し、彼を痛めつけて必用な書類にサインをさせる。そしてビクターを事故で死んだように見せかけ、自分たちは彼の自宅や銀行貯金をまんまと手にするが、実はビクターは重傷を負ったものの死んではおらず、彼に雇われた敏腕探偵がダニエルたちの周りを探るようになって…という内容。

主要な登場人物が10名くらいいるんだが、うち6名くらいが自分の経歴をモノローグで語ったりするものだからうざったくて仕方がない。こんなに多くの人物のナレーションが出てくる映画って初めてじゃないだろうか。ダニエルや仲間たちは暇さえあればバーベルを持ち上げてるような筋肉バカであり、外見だけで頭はカラッポの人間という描き方をすれば良かったのに、彼らにモノローグという内なる声を変に与えてしまったために中途半端に真面目になっていてコメディに徹しきれていないんだよな。ならばアメリカのマッチョ主義とかステロイド問題とかを風刺すればよかったのにそっちも全然描かれてないし。

主演のマーキー・マークは地で頭の悪い人なので今回のようなマッチョ役は似合っているはずなんだが、前述したように変にシリアスになってウジウジ悩んだりするのでどうも話のなかでカラ回りしている感じが否めない。むしろ相棒のハワード・マッキーのほうが「筋肉とセックス」という実に分かりやすい動機で犯罪に加担してて役回りは明快だったし、もう1人の相棒を演じるロック様は筋肉モリモリながらも自分に自身が持てない元犯罪者を絶妙に演じておられる。いつも思うんだけどこの人はコメディ演じたほうが巧いよね。あとはトニー・シャルーブやエド・ハリスといった役者が脇を固めているが、作品を救うことは出来ていないような。

前作の「トランスフォーマー3」を観たときも実感したが、マイケル・ベイって致命的に話を盛り上げる才能が欠けているというか、実話に基づいた脚本をそのまま撮っているだけという感じがするんだよな。だから話に緩急がつけられなくて、どこを削れば中身がもっと面白くなるかの判断がつけられないでやんの。話の中盤でビクターから奪った金を使い果たした主人公たちが、新たにポルノ業界の大物を狙おうとするんだけど、そこらへんの展開が前半とあまり変わらなくて「またやんの?」という感じであった。刑事ドラマを2話続けて見させられたような印象というか。あと「トランスフォーマー」でも指摘されていたように、人種差別やホモフォビアの雰囲気が微妙に漂っているのが気になったな。「犯罪者を美化しているのでは?」という批判がアメリカではあったらしいが、主人公たちは単に不快なキャラですから!

観るのが苦痛であるものの得られるものは何もないという、タイトルが半分だけ合っている映画。マイケル・ベイはもうCGを相手にドンパチを撮ってなさい。

「NOT FADE AWAY」鑑賞


「ソプラノズ」のクリエーターであるデビッド・チェイスの長編初監督作品。彼の自伝的な要素が詰まったものらしい。

舞台となるのは60年代のニュージャージー。ダグラスはブルースやブリティッシュ・ロックが好きな高校生で、やがて友人たちとバンドを組んでパーティーなどで演奏を行うようになる。そしてガールフレンドもでき、バンドもカバー曲だけでなくオリジナル曲を演奏するようになり、レコード会社のオーディションも受けるのだが、やがてバンドのなかで軋轢が生じてきて…というストーリー。

2時間弱くらいあってそこそこ長い作品なんだけど、これくらいのあらすじしか思いつかんなあ。JFK暗殺とか公民権運動とかベトナム戦争とか、当時の出来事についていろいろ言及されたりはするものの、全体的になんか頭でっかちというか、それらの出来事が主人公の家族にどう影響したのかが深く描かれていないんだよね。60年代を舞台にしたバンドものとかボーイ・ミーツ・ガールものなんて今まで映画で山ほど扱われてきた題材であるわけで、すべてがクリーシェの域を出ていないのが残念。

一番の問題がジョン・マガロ演じる主人公のダグラスで、最初はドラムを担当してたのが「俺のほうが歌うまいから」と主張してボーカルになるものの、声質がペラペラで全然うまく聞こえないのでやんの。親が必至に働いて貯めた金で大学に行っておきながら「バンドに専念したいから」といって大学を中退し、せっかくレコード会社の人間に面会しても「音楽ってアートだから。ビジネスなんかじゃないし」とバンド活動に幻滅しはじめ、しまいには「俺やっぱ映画を学ぶわ」といってロサンゼルスに移ってしまうという筋金入りのボンクラ。いやデビッド・チェイス自身はやがてハリウッドで大成したかもしれないが、こういう主人公に感情移入できる人はそんな多くないんじゃないのか。

むしろ故ジェームズ・ガンドルフィーニ演じる彼の父親のほうがずっとキャラクターが立っていて、青春時代は不況のもとで過ごし、戦争を経験し、必死に働いて家族を養ってるのにガンだと宣告され、徐々に息子にも打ち解けていく親父の話のほうがずっと面白いはずなのだが、親父と息子のシーンが後半になるほど少なくなっていくのが勿体ない。

なお劇中の音楽の監修は「ソプラノズ」つながりでスティーヴ・ヴァン・ザントが行っていて、それなりの予算を使ってビートルズやストーンズ、キンクスにボー・ディドリーなどといった当時のヒット曲が劇中で流れるようになっている。でも物語の最後でセックス・ピストルズ(しかもカバー曲の「ロードランナー」)を起用したのはどういう意図があるんだろう。そしてこうした名曲と比べると、やはり主人公のバンドのショボさが目立ってしまうのよねん。

少なくとも監督のロック愛というかノスタルジアはひしひしと伝わってくる内容であり、愛情をこめて作った作品であることはよく分かるものの、なんかもっと冷静な視点から映画を作るべきではなかったかと思わずにはいられない作品。