「Operation Filmmaker」鑑賞

前から興味のあったドキュメンタリー。事の発端はアメリカが侵攻してから1年後のイラクから始まる。ムサナ・モハメドは映画監督になることを夢見る25歳の青年だったが、通っていた映画学校は爆撃で破壊され、映画関係の本を市場で漁るしがない日々を送っていた。しかし彼の姿がアメリカのMTVで放送されたことで彼の生活は一変する。その番組を見ていたリーヴ・シュレイバーが彼に興味を抱き、自分が監督する映画「僕の大事なコレクション」のスタッフとしてプラハにムサナを招くことにしたのだ。突然訪れた幸運に目を輝かせるムサナ。そしてこのドキュメンタリーは彼の努力を映した感動的なものになるはずだったのだが…。

悲しいかな、イラクの中流家庭でスポイルされて育ったムサナはあまりにもエゴが強く、他力本願な若者であった。自分の境遇に感謝しつつも、撮影現場では雑用ばかりやらされると愚痴をこぼし、簡単な編集の仕事を任されてもパーティに遊びに行ってしまったりして、徐々に彼は周囲の人間に迷惑をかけていくことになる。シュレイバーをはじめとするスタッフたちは彼を招いた手前もありムサナにきつく当たるようなことはしないものの、ビザの期限が迫っても具体的なことを何一つしない彼の扱いに皆が困惑していることがよく分かる。

おまけにイラクの情勢はどんどん悪化し、家族にさえも国に帰ってくるなと言われたムサナは映画の撮影が終わってもプラハに塩漬けになり、アメリカへ行くことを画策する。どうにかプラハに留まる許可をもらった彼は前の現場で得たコネで今度は「ドゥーム」の撮影に携わることになるのだが、そこでも彼は大した仕事をしなかった。しかし彼は人の行為に甘えることについては天性の才能を持っていて、イラク人である境遇を言葉巧みに訴えながら、何と「ドゥーム」の主役であるザ・ロックにイギリスの映画学校の学費を払ってもらうことに成功する!

こうして彼はイギリスへ渡るのだが、相変わらず生活費が無いのに働くのが嫌でバイトもせず、あらゆる知人に電話をして金を無心してばかり(しかもそれなりの額)。さらにはこのドキュメンタリーの監督にまで金をせびるのだからたちが悪い。おかげで最後のほうはムサナと監督のケンカが続くという展開になってしまっていた。結局のところ監督が(それまで渡していた金に加え)手切れ金のようなものを渡す形で両者は別れて映画は幕を閉じるわけだが、現在でもムサナはイギリスでどうにかやっているらしい。

ムサナがろくな人間でない事は序盤から明らかになるわけだが、彼を単なる悪人としてとらえることには抵抗感があって、不思議と魅力的な人間ではあるんだよな。だからプラハでガールフレンドを作ってたりするし、彼の映像を見たニューヨークの映画学校の職員が「僕も家が貧しくて苦労した。だから僕は彼の気持ちが分かるんだよ!」と感激したり、その学校のディレクターが「彼ってハンサムね。私だったらどんな映画にも出演させるわ」なんて言ったりするわけだ。

またアメリカ人のほうにもムサナを利用する魂胆があるのが明らかで、このドキュメンタリーが撮られた当初の理由がそうだし、ザ・ロックもカメラの前で彼に学費を負担することを伝えてたりもする。「僕の大事な〜」のプロデューサーはムサナの話を「エンターテイメント・ウィークリー」誌に売り込むんだけど、彼がジョージ・ブッシュを支持しているのを知って絶句する場面もあったりする。要するにみんな彼をダシにして美談を作りたかったのよ。

ただアメリカの批評にあるような、これをイラク戦争のアレゴリーとして見る考えはどうかと思うけどね。国が戦争になったからって人の性格が突然変わるわけでもないだろうから。俺もむかしアイルランド政府の金でダブリンに移住していたボスニア難民で、すごく性格が悪い奴に会ったことがあるっけ。とにかく善意が悪い方向に進むとどうなるかの一部始終をしっかりとらえたという意味では、非常に興味深いドキュメンタリーであった。

「シャッターアイランド」鑑賞

「スコセッシがヒッチコックをやった映画」という評判を目にしたけど、むしろスコセッシがデビッド・リンチをやったような感じがしたよ。特に前半の雰囲気の盛り上げ方とかは巧みだなと思ったんだけどな。

でも全体的な印象としては映画というよりも洋ゲーに通じるところがあって、行動範囲の限られたエリアを舞台に、主人公がいろんな登場人物と話して情報を入手していき、嵐のイベントが起きたあとは今まで入れなかった収容棟にアクセス可能になる…というような展開が続くというか。

そして肝心の結末については当然ここで触れないが、「ミスティック・リバー」もそうだったけど、デニス・ルヘインのストーリーって予期せぬところでオチがつかなくない?それまでの謎解き作業とはちょっと離れたところで謎の解明がされるというか。この映画がああいうオチになったことは理解できるんだが、正統なミステリを期待してると肩すかしをくらうよ。

出演者についてはディカプリオやマーク・ラファロは可も不可もなし。どちらもベン・キングズレー演じる刑務所長に食われてしまっている。個人的にはマックス・フォン・シドーが怪しい博士役で出てたのが良かったな。ベルイマン作品からキワモノSFまでいろんな役が出来る人ですよ、彼は。

結局のところ悪い映画ではないんだけど、スコセッシの作品としては凡庸な出来といったところかな。あの人はもっと人間関係に深きを置いた映画のほうが似合ってると思うんだが。スコセッシの映画にCGが使われてるのも違和感があるし。あとそろそろディカプリオ抜きの映画を撮ってほしいところです。

「ドクター・フー」第5シリーズ開始

面白かった!

キャストが一新されてマット・スミス演じる第11代目ドクターの冒険が始まるわけだが、第1話目を観る限りこのドクターはエキセントリックでコミカルな部分が強調されていて、9代目よりも10代目に近い感じがするかな。でも悪ふざけをしているような感じはないので、安心して観ていられる。まだ20代のマット・スミスの若々しさがうまく反映されているというか。

新しいコンパニオンになる赤毛のエイミーも(当然ながら)ローズに比べて美人で可愛いし、どことなく疎外感を抱いていそうな一方で、いろんなことに目を丸くして驚く姿がなかなか似合っている。

第1話ではそんなエイミーとドクターの出会いが描かれるほか、空間の裂け目を通って逃げてきたプリズナー・ゼロの捕獲劇が語られるわけだが、例によってシリーズを通じた伏線のようなものも張られているみたい。今までシリーズを統括してきたラッセル・T・デイヴィスによるストーリーは良くも悪くも世界レベルでの危機を連発していて、おかげでシリーズ4の最後では地球が誘拐されるという無茶苦茶な展開になってたりしたわけだが、彼に代わって製作を務めるスティーブン・モファットは第3シリーズの傑作エピソード「BLINK」に代表されるように小ぢんまりとした空間での謎めいた展開を巧みに描ける人だと思っていて、今回の話でもエイミーの家に潜むプリズナー・ゼロの謎に関してうまく話を盛り上げている。

役者歴の浅いマット・スミスが主役を演じることなどから、この第5シリーズにはちょっと不安を抱いてたんだけど、これなら今後の展開にも期待できそうだ。

「Plastic Bag」鑑賞


インディペンデント映画の促進を目的とした公共団体が企画した、Futurestatesという短編シリーズのなかの1作品。スーパーで生まれたレジ袋が、買い物客の女性にいろいろ使ってもらって楽しい時をすごすものの、やがて犬のフンとともに捨てられてしまう。ゴミ処理場に送られたレジ袋だが、女性にもう一度会おうと風にまかせの長い旅をすることになり、やがて太平洋に浮かぶゴミベルトへと辿り着くが…というようなお話。

使い古されたレジ袋が身の上話を語る姿だけでも十分にシュールだが、特筆すべきはヴェルナー・ヘルツォークがナレーションを務めていることで、あの独特の口調が作品に異様な深みを与えている。死ぬことのできない自分を半ば恨みつつ、アメリカ各地の空を舞い海中も漂うレジ袋の姿は、トマス・ピンチョンの「重力の虹」に出てくる死なない電球バイロンに通じるものがあるな。

都市や草原の上を舞いながら飛んでいくレジ袋の描写はとても美しくて、CGなどはいっさい使ってないんだとか。シガー・ロスの人による音楽もいい感じ。昨日の「I’m Here」もそうだけど、無機的なものに感情移入させてくれるというのは映像の醍醐味ですね。

「I’m Here」鑑賞


こないだのサンダンスで公開された、スパイク・ジョーンズの短編映画。またコメディ・タッチの内容になってるのかと思いきや不覚にも感動させられてしまったよ。

人間とロボットが共存している世界が舞台になっていて、その背景については一切説明されないものの、ロボットに対する一種の偏見や規制は存在しているらしい。そんななかで出会った2人のロボットの恋愛と自己犠牲を描いた、極めて真面目なラブストーリーになっている。

話はどことなく80年代の日本のSFマンガとかを彷彿させるけど、演出がとにかく巧い。表情の乏しいロボットたちに感情移入させてしまう手腕は見事だな。スパイク・ジョーンズってストーリーよりも映像が先行する作家かと思ってたけど、観る人のエモーショナルな部分にもちゃんと訴えることができるようになってたんですね。これは「かいじゅうたち〜」も早く観ないといかんな。

30分ほどの尺で、公式サイトで視聴可能だよ。エログロの描写などはないものの、スポンサーがアブソルート・ウォッカなので年齢制限があるサイトになってるのが少し残念。これは万人に観てもらいたい傑作なのに。