「ビデオドローム」のリメイク

クローネンバーグの初期の傑作「ビデオドローム」がリメイクされるという話が昨日突然明らかになって、ネット上では「なんで?」という話で持ちきりになっている。

そりゃそうだよな。「スキャナーズ2」とか「ザ・フライ2」と同じで、クローネンバーグ本人が関わらない続編/リメイクなら観てもしょうがないような気がする。1983年公開のオリジナルは腹にビデオテープを突っ込まれる描写が衝撃的だったけど、今じゃDVDディスクやUSBメモリで映像が運ばれる時代ですからね。あんな薄い(小さい)ものを腹に入れても誰も驚かないかと。あといくつかのコメントにあった「「イグジステンス」が実質的な続編/リメイクだったのでは?」という見方は確かにそうかもしれない。肉体で構成される銃とか、共通点が多いもんな。

いっそのことリメイクは日本を舞台にして、モニターから二次元の女の子がニューと出てくるような話にしてはいかがでしょう?これなら衝撃度はオリジナルに匹敵するぜ!

「G.I. JOE: RESOLUTE」鑑賞


「G.I.ジョー」ってそのアメリカバンザイ的なノリが嫌いでコミックもアニメも読んだ/観たことがなく、当然この夏の映画版も興味がないのですが、こないだウェブ用として公開されたアニメ「G.I. JOE: RESOLUTE」の脚本を「Global Frequency」や「Planetary」で知られるアメコミ作家のウォーレン・エリスが担当したと聞いたのでYouTubeでチマチマと観てみる。

これは全11話からなる作品で、G.I.ジョーの基地である航空母艦が悪の組織コブラに爆破されるところから話は始まる。それと同時に世界中の衛星通信が不通になり、コブラを率いるコブラ・コマンダーは1つの都市を一瞬にして消し去る威力を持った秘密兵器を披露し、世界が彼のもとにひれ伏すことを要求する。そしてG.I.ジョーたちは彼の野望を打ち砕くために奔走するのだが…といった話。

軍の極秘施設(HAARPとか)や大気圏外からの破壊兵器などエリスが好む題材がいろいろ詰まっていて、G.I.ジョーのアニメというよりもウォーレン・エリス作品にG.I.ジョーたちが出ている、といった感じ。でもアクションとバイオレンス満載の描写はファンのあいだでも評判が高いようで「80年代のアニメ版はこうあるべきだった」とか「夏の劇場版より面白いかも!」といった声が多いみたい。スネーク・アイズのオリジン話における変な日本の描写には苦笑するしかないが、全体的にはG.I.ジョーを知らない人でも十分に見応えがある内容になっている。

でもこういうウェブ用のシリーズ(ウェビソード)を観ていつも思うのが、話の尺が5〜10分という状況において各話の終わりでストーリーをいったん締める必要があり、全体としてみると話の盛り上がりに欠けるというか、ラストに向かっての大きな話の持ち上げが出来ないんだよな。おかげでこの作品の終わりかたはとてもアンチクライマックス的だったし、「ギャラクティカ」のウェビソードもそんな感じだった。要するにそれまでの話の流れを最終話できちんとまとめるには尺が足りないということなのかな。加えてウェビソードはTVシリーズなどに比べて副次的な扱いをされており、予算や製作面などでもいろいろ制限されているのかもしれない。でも今後も発展していく可能性は十分にあるフォーマットなので、いずれはこれを最大限に利用した作品というのが出てくるんでしょう。

「IRON MAN: ARMORED ADVENTURES」鑑賞

ずいぶん前から宣伝してたような気がするけど、やっと今度放送されることになったアイアンマンの新作アニメ。90年代にあったやつとちがってCGアニメになってるものの、キャラクターの表情なんかは結構うまく描写されていたりする。

映画版との最大の違いは主人公のトニー・スタークがティーンエイジャーという設定になっていることで、これは対象の視聴者が子供である事を考えれば理解できなくもない。ただ我々アメコミファンにとって「ティーンのトニー・スターク」というのは嫌な思い出がありまして、あれは1996年あたり、90年代初頭に始まった「ヒーローの中の人の交換」というトレンド(スーパーマンの死とか)が終焉を迎えようとした頃、アイアンマンことトニー・スタークは精神を操られた悪者だったというストーリーが突然始まりまして、悪に寝返ったアイアンマンを倒すためにキャプテン・アメリカをはじめとするアヴェンジャーズは過去からティーンのトニー・スタークを呼び出し(なんで?)、両者の戦いにおいて大人のトニーは絶命し、代わりにティーンのトニーがアイアンマンとして活躍することになる…という、かなり強引なヒーローの若返り作戦が行われたことがあったんだよな。これに大してファンは拒絶反応を起こし(アメコミのファンは変化を嫌うのだ)、スパイダーマンの「クローン・サーガ」並みの大失敗になるかと思われたんだが、幸いにもそのすぐ後にマーヴェル最大の“やり直し”イベントである「ヒーローズ・リボーン」が行われたんでティーンのトニーは姿を消し、大人のトニーがしれっとした顔で再登場することになったんだよな。

こんな経歴があるんでネット上ではこのアニメのトニーに対する不満は強いみたいだけど、まあ映画や原作とは別物として割り切って観ればそれなりに楽しめるんじゃないですか。アクション・シーンとかもよく出来てるし。個人的にはやはりウォー・マシーンが出てこないのが不満ではあるが。

いまいちばん観たい映画


俺も名前だけは知っていたカナダのメタル・バンド「アンヴィル」のドキュメンタリー「Anvil! The Story of Anvil」が先週末にアメリカでは公開されて、非常に高い評判を得ているらしい。売れなくても地味に公演を続けて来た彼らの姿はリアルなスパイナル・タップとまで呼ばれ(しかもドラマーの名前はロブ・ライナーだ!)、笑いあり涙ありの傑作ドキュメンタリーになっているんだそうな。

こないだの「KING OF KONG」もそうだったけど、俺はダメ男が奮闘するドキュメンタリーに弱いのかもしれない。そういうのに限って日本で公開されないんだよな。

「ウォッチメン」鑑賞

ゴミ。カス。クズ。

この映画を観てるときにずっと考えてたのが「あの作品を映画化する意味はあったのか?」ということなんだけれども、悲しいかなその答えは最後まで見つからなかった。「V・フォー・ヴェンデッタ」もそうだったけど、原作に変に忠実になろうとして、物語の大まかな部分をとりあえずなぞって、ラストをちょっといじくるような映画作りをしてるんだったら映画化する意味なんて無いんですよ(そういう意味では原作とは別物になっていた「リーグ・オブ・レジェンド」は俺はそれなりに評価している。脚本家がジェームズ・ロビンソンだからというのもあるけど)。

致命的なのはやはり3時間弱という尺では原作の濃厚な、徐々に謎が明らかになっていく展開が描けてないことで、それでも登場人物の説明はしないといけないから彼らのオリジン話にばかり時間がとられていて、肝心の現代の話の展開が希薄になっているということ。原作をあれだけ特別な作品にしていた細かい描写が全部抜け落ちてるんだよな。いちおう4時間バージョンも後に公開されるらしいけど、たぶんダメでしょ。そして映像のペースもあの監督お得意のタルいスローモーションが延々と続くけど、アラン・ムーアって物語のペースに人一倍気を使う作家で、どこで話を速めてどこで緩くするかを緻密に計算してるんだが、それがこの映画では全て無視されてるような気がする。最後のロールシャッハ&ナイトオウル対オジマンディアズの格闘ももっと優雅なんだけどね。単なるアクション映画の格闘シーンにしてどうするんだよって感じ。

キャラクターの設定はドクター・マンハッタンが単なるデクノボーになってるのが一番気になった。彼は自分の運命を変えられないにしても、自分を操る糸を見ることができる存在であるはずなのに、この映画では他人に翻弄されてばかりの青チンコに成り下がってるんだよな。おかげでラストの展開も変な風になって、あの最も重要なセリフ(だと思う)「Nothing Ever Ends」を彼ではなく他の人物が言うという愚挙に出ているし。彼に限らず全ての登場人物に深みが欠けているような気がする。

最初に書いたように、映画として面白いのであれば原作に無理に従う必要はないと思うんですよ。かといって不必要な暴力描写や格闘シーン、ハリウッド好みのサントラをくっつけてもらっても嬉しくないわけで。この映画を観て、原作の奥の深さを改めて認識した次第です。