昨年「AV CLUB」で高い評価を得ていたコメディドラマ作品。

フーターズのような肌を露出したおねーちゃんたちが働くレストランを舞台に、劣悪な職場環境にも負けずに物事を乗り切ろうとする女性店員の1日を描いたもの。女性店員たちのまとめ役であるリサの1日は新人のオリエンテーションから始まり、他の店員の相談に乗ったり、ダクトに忍び込んだ泥棒を発見したりと大忙し。さらに店長に黙って客に洗車サービスをして仲間の店員のためにお金を集めていたことがバレてしまい、店長と険悪な仲になってしまう…といった内容。

話にそんなにメリハリがあるわけではなく、客からのセクハラに我慢しつつも、頑張って生きる女性たちの姿が淡々と描かれていくような内容になっている。これ監督が「COMPUTER CHESS」の人だそうで、あれも1日が淡々と語られる内容だったなあ。こっちのほうが人物や会話が生き生きしてますが。

主人公のリサを演じるのは、こないだの「BLACK MONDAY」にも出ていたレジーナ・ホール。根はいい人なんだけどいまいち運に恵まれてない中間管理職をうまく演じてます。上司がアホで部下が身勝手だとね、やはり疲れるのよ。レッドネックっぽい店のオーナーを演じるのがジェームズ・レグロスで、彼もいい演技をするようになったよなあ。

オバマ元大統領も昨年の好きな映画の1つに挙げていた作品で、正直そこまで優れた作品か?とは思うものの、ろくでもない仕事について暮らすしかない人々の悲喜劇を真正面から描いたという点では貴重な映画なのかもしれない。

感想をざっと。かなり分かり易い映画だった。ピカピカ光るものがたくさん出てきて、会話シーンがしばらく続いたかなと思ったら壁がボーンと吹っ飛んで悪役が登場したり。パチンコやってるヤンキーが好きそうだな、と考えたりもしたけれど、変にダークだったスナイダー(およびノーラン)時代のDC映画の旧体制から脱却するためには、これくらいのアッケラカンさが必要なのだろう。

皇族の一員であるヒーローの物語、という意味ではマーベルの「ブラック・パンサー」や「ソー」の系統に連なるんだろうが、ジャンゴ・フェットことテムエラ・モリソンが出ていることもあり、「スター・ウォーズ」エピソード1〜3に近いものを個人的には感じたかな。

「ジャスティス・リーグ」を観てるのでモモアのアクアマンには特に違和感なし。金髪の優等生バージョンも見てみたかった気もするけどね。パトリック・ウィルソンはこの監督の常連すな。「クリードⅡ」に続いてドルフ・ラングレンがデカい役をやってるのが良かったりする。

もうちょっと地上の人間からの目線というかアトランティスへの偏見みたいなものを描いて欲しかったし、海中人も内輪で戦ってばかりいないで地上人とのドンパチをやって欲しかったが、そこらへんは続編で取り扱うのかな。とりあえず我々としては侵略されなかったらウナギやフカヒレの乱獲をやめて海をきれいにしましょう。

何も考えずにスカッと楽しめる内容で、それで映画館に足を運ぶ人が増えてるのなら問題はないし、いずれテレビのゴールデン枠で放送されてさらなるファンを獲得する作品であろう。しかしジャスティス・リーグのジの字も出てこなかったが、DCユニバースは今後どうなるんですかね?

こんどの「タイム」誌は「オプティミズム」をテーマに、エイヴァ・デュヴァーネイが責任編集しているのだそうな。そこにギレルモ・デル・トロのエッセイが寄稿されていたので、英語の勉強に翻訳してみる。原文はこちら

ちょっと形式ばった文体なので、古い教科書にあるような旧仮名遣いのほうがしっくりくるかな、とも考えたけど、ボロが出そうなのでやめた。ちょっと言ってることが分かりにくい気もするけど、シニカルなものの見方が褒められる現代において、楽観的でいることは大切なのではないかと。

人が行える、最も過激で反抗的な選択は楽観的であることである

楽観主義は過激だ。これは難しく、勇敢な選択である。そして私が思うに、これは現在において、絶望と向き合うときに最も必要とされるものである。車が距離を移動するにあたっては大変役立ち、そうでないときはガレージに入った大きな動かぬ物体であるのと同じで。

今日において、人が賢そうに見られる無難な方法は、まず懐疑的であることだ。我々は「それを信じない」と言えば洗練されているように見えるし、「信じる」といえば不真面目であるように見なされる。

歴史も寓話も、何事も決して完全に負けたわけではないことを証明してきた。ダビデはゴリアスを打ち負かしたし、ノルマンディーの浜辺は戦争の局面を一転させた。勇気は権力を転覆させる。これらの事実は例外的のようにとらえられるが、実はそうではない。毎日のように、我々は自らの選択のバランスとなる。愛情と恐怖のあいだの選択、信念と失望のあいだの選択のように。どんな希望も小さすぎることはない。

楽観主義は、我々が窒息しそうなときに息を吸い込もうとする本能のようなものだ。現実に対して「こうあるべきだ」と宣言しなければならない我々の必要だ。楽観主義は格好の悪いものではない。それは反抗的で勇敢であり、不可欠なものなのだ。

アメリカの作家シオドア・スタージョンはかつて、「あらゆることの90パーセントはクズである」と語った。それは正しいと思う。しかしそれはつまり、「残りの10パーセントのものは全力を注ぐ価値がある」ということでもある。

こうして時から時へ、選択から選択へ、 我々は伝記と墓碑のどちらを遺すかを決断していく。あなたも周りを見渡し、どちらを遺すかを選べ。

吸い込むか、あるいは死ぬか。

日本未公開のSF映画。

舞台は近未来のロサンゼルス。武装した警官たちが市民の弾圧を行う一方で市民たちの暴動が頻発しており、その騒動に紛れて銀行強盗を行ったギャングたちが警察に撃たれて負傷し、闇社会のホテル「ホテル・アルテミス」に避難してくる。そこはナースと呼ばれる初老の女性が運営し、犯罪者たちの傷を治療するホテル兼病院であった。街中での暴動が過激化するなか、ホテルの運営に専念しようとするナースがったが、負傷した警官が担ぎ込まれ、さらに犯罪社会のボスであるウルフ・キングという男もやって来たことから事態は混乱を招き…というあらすじ。

舞台としてのホテル・アルテミスは「ジョン・ウィック」に出て来た殺し屋ホテルによく似ていて、認められたメンバーのみが入館でき、銃の持ち込みは禁止、館内での殺し合いも厳禁、といった厳しいルールが課せられているのが特徴。まあ例によってルールが破られていくわけですが。

全体的にはとにかく典型的なB級映画で、00年代に20世紀フォックスあたりがビデオスルーで出してたような、ちょっと予算はあるものの脚本とか演出がすごく平凡なやつ(ロックスターがチョイ役で出てるケースが多かった)。この作品もセリフがやけに説明調だったり、「良いニュースと悪いニュースがあるわ」「良いのを教えてくれ」「実はないの」とかクサいセリフが連発されたりしてなんか興ざめ。セットも安そうだしアクションも特色すべき点はないし、よくあるSF映画の1つとして片付けられそうなのだが…

しかし他のB級SF映画と決定的に違うのが、そのキャストの異様な豪華さ。ナースを演じるジョディ・フォスターをはじめ、デイブ・バウティスタにスターリング・K・ブラウン、ソフィア・ブーテラ、ザッカリー・クイント、ブライアン・タイリー・ヘンリー、チャーリー・デイ、さらにはジェフ・ゴールドブラムなどといった、ブロックバスター級の映画に出てるような役者が揃っているのだ。監督のドリュー・ピアスって「アイアンマン3」の脚本家で、これが初監督作らしいけどよくこんなキャストを揃えられたな。

しかし前述したように脚本がダメダメなので、せっかくのキャストが無駄に使われている感がありあり。特にチャーリー・デイってあんなに演技下手だったっけか。ジョディ・フォスターもなぜこんな映画に主演することにしたのだろう。自分とSFは合わないことを「エリジウム」で学ばなかったのだろうか。

逆にキャストが無名(せいぜいシャールト・コプリーあたりが出演)だったら、頑張った低予算映画として評価できたかもしれないけど、キャストがやけに豪華なだけに、名優たちの無駄遣いだけが目についた作品でした。本国の評判も興行成績も散々だったらしいし、ホントなんでみんな出演に合意したのだろう?

昨年いろいろなところで高い評価を得た青春映画。

題名通りアメリカの学校の8学年目(日本でいう中学3年あたりか)の終了を目の前に控え、高校への進学が決まったケイラという女の子を主人公にした話。内気なケイラは友達がおらず、「学校でいちばん静かな少女」に選出されるほど。いちおう自己啓発的なメッセージを述べるyoutubeチャンネルをやっているものの誰も視聴する人がおらず、母親も不在で父親と黙々と暮らしているような毎日だった。そんな彼女はふとしたことから学校の人気者である少女の誕生日パーティーに招かれるものの、そこでも周囲と打ち解けることができず…というような話。

いわゆる「痛い女の子」の話というわけではなく、ティーン映画にありがちな主人公が大失敗をするような内容でもなく、ただ青春の不安を抱えた女の子の生活を淡々と描いたような作りになっていて、それがかえって新鮮な感じを与えているのかもしれない。親が意外と物分かりがよくて、子供のほうが焦って空回りをしている、という構図は「ぼくとアールと彼女のさよなら」にも似ているかな。

ケイラはyoutubeチャンネルで、自信を持つことの大切さとかをカメラに向かって説いていて、その本人がそうしたことを実践できてないわけだが、主人公の心情を表すやり方としては効果的であった。あと同級生に面と向かって話をするときも、相手の目を見れないというのが妙にリアルで良かったな。なお現在のティーンはFacebookなんてやってないんだそうです。インスタグラムはやってるからFacebook社に貢献していることは変わりないのだが。

出演者はみんな比較的無名の人たちばかりで、ケイラを演じるケルシー・フィッシャーって「怪盗グルーの月泥棒」で子役の声をやってた人?不細工ではないのだけど肌が荒れていて、体も微妙な感じで垂れているし、垢抜けないケイラの役にずっぱしハマっている。次回作がザ・シャッグスの伝記映画だというのもさもありなん。監督のボー・バーナムってまだ20代のスタンダップ・コメディアンで、おれ知らなかったのですが、自身の学生時代の経験をもとにこの映画を作ったのだとか。

緩い内容ではあるものの、いろいろ共感できるところがあった作品だった。まあ個人的にはティーンの主人公よりもその父親のほうが歳が近いのですが。そこまで絶賛されるほどの内容ではないものの、良い映画ですよ。