FXの新シリーズ。ダニー・ボイルが長年温めていた企画が原案で、第1話の監督も彼。アカデミー賞監督のボイルがTVシリーズを手掛けたということでアメリカでは注目されてるけど、イギリスでは「BABYLON」を監督してたじゃん。

内容はジョン・ポール・ゲティ三世の誘拐事件を描いたもので、つまり日本でも今度公開される「ゲティ家の身代金」と話はいっしょ。70年代に石油王ジャン・ポール・ゲティの孫が誘拐され、身代金の支払いをジャン・ポールが拒否したために騒ぎが拡大していくさまが語られる。なぜ同じ事件を映像化した作品が2つ、ほぼ同時に製作されることになったのかはよく分かりません。権利が空いたのか、それとも現代において語られるべき事件だと製作者に思われたのか。

「身代金」は未見なので比較はできないが、こちらはTVシリーズの利を生かして事件にまつわる出来事をじっくり描いている感じ。事件そのものよりも事件によって影響される人々に焦点を当てているあたりは、同じくFXの「アメリカン・クライム・ストーリー」(特にシーズン2のほう)に通じるものがあるのかな。石油の採掘から運搬・精製まで携わる一連の企業を、すべてゲティ家が所有しているというビジネス・スキームが入念に説明されるあたり、誘拐事件よりも資本主義の描写が話の中心になっているみたい。題名の「TRUST」も、「信用」と企業形態の「トラスト」のダブルミーニングであることは容易に察しがつく。

「身代金」ではケビン・スペイシークリストファー・プラマーが演じたジャン・ポール・ゲティをこちらではドナルド・サザーランドが演じていて、家族よりも富を優先するエキセントリックな彼が実質的な主人公の扱いになっている。大豪邸に愛人を何人も侍らせて、出来の悪い息子たちを見下しているという偏屈親父の演技が見ものか。映画ではマーキー・マークが演じた、誘拐犯との交渉にあたる元CIAのエージェントをブレンダン・フレイザーが演じていて、こっちはもっと不気味な用心棒といった感じ。最近は落ち目とされているフレイザーだけど、もともと内向的な役の演技が巧い人だと思うので、これで再評価されることに期待。あとは第1話には登場しなかったが誘拐される孫の母親役(映画ではミシェル・ウィリアムが演じた)でヒラリー・スワンクが登場するみたい。

70年代が舞台なので音楽にはピンク・フロイドとかストーンズの曲が使用されていて、ちょっとダニー・ボイルっぽくないかも(シリーズの音楽担当はUNKLEの人)。ただボイルはこのあと60〜70年代のミュージカル・コメディを撮るらしいので、その足慣らしでしょうか。頭上からのショットが多いのが彼らしいかな。

事件自体はそんなに興味深いものだとは思わないものの、批評家の間では「ゲティ家の身代金」よりもこちらのほうが概ね好評のようなので、どういう展開をしていくのか期待しましょう。


スーパーマンの故郷、惑星クリプトンを舞台にしたSYFYの新シリーズ。バットマンの若き日々を描いた「ゴッサム」のスーパーマン版ですかね。

時代設定はスーパーマン(カル・エル)の2世代ほど前で、主人公となるのは彼の祖父にあたるセグ・エル。セグの祖父は偉大な科学者であったが、クリプトンを支配する生ける教祖のラオに反発したことで死刑判決を受け、彼の一族も身分を剥奪されて最下層の住民としての暮らしを強いられていた。そんななか青年に成長したセグは、テロリスト集団「ブラック・ゼロ」からラオを救ったことで、別の一族に属して名誉を回復する機会をあたえられる。さらに彼は未来から来た謎の男と出会い、自分の子孫がやがて偉大なヒーローになること、しかし未来からの別の脅威がクリプトンに迫っており、未来を改変しようとしていることを告げられるのだった…というあらすじ。

脚本にデビッド・S・ゴイヤーが関わっているが「マン・オブ・スティール」、さらには「スーパーガール」などといった他の作品との直接的な関係は(今のところ)なくて、独立した内容になっている。科学的に進歩した世界における前日譚、という点では「ゴッサム」よりも「ギャラクティカ」の前日譚である「CAPRICA」に雰囲気が似ているかな。

舞台となるクリプトンはコミックに比べてもかなりディストピアっぽい設定になっていて、家系に基づいたランクによる身分差別が激しいし、体制に逆らうものは弾圧され、場合によっては荒っぽい方法で処刑される世界になっている。ここらへん「ブラック・パンサー」観た時にも感じたが、科学技術は進歩してるのに政治運営まわりがどうも原始的なところは現実味がないのよな。あまり難しい政治の話をしても退屈なだけだろうけどさ。またクリプトンを絶大な権力で支配する教祖ラオは黄金のマスクを被って何も話さない人物として登場しており、はっきり言ってカッコ悪い。なんでこんなのに皆が従ってるのかとんとわからないのですが、そこらへんは話を追って説明されていくのでしょう。

スーパーマンの父ジョー・エルは(まだ)登場しない一方で、コミックからはラオやブラック・ゼロといった連中が登場するほか、セグの恋人のリタがゼッド将軍の一族であることが示唆されている。コミックのキャラクターを潤沢に使えた「ゴッサム」に比べると限られたコマで話を作っていく必要があるわけだが、スーパーマンとの関連性もうまく劇中では強調されていて、まずセグが出会う未来からの謎の男というのはコスミック・ヒーローのアダム・ストレンジ。コミックでは地球と惑星ラーンを行き来するキャラクターだったが、ここではタイムトラベラーになっていて、クリプトンに迫る脅威について警告してくれる。重要な時にかぎってゼータ・ビームの効力が切れて地球に戻ってしまうあたりはコミック通りですね。

そして彼が警告する脅威というのが、スーパーマンの宿敵ブレイニアック。スーパーマンを歴史から抹殺する目的で未来からやってくるらしいが、そこらへんの詳細はまだ分からず。没になったケヴィン・スミスやティム・バートン版のころから実写化の話はあったブレイニアックだが、そのガイコツ型の宇宙船が登場するところはなかなかカッコいいぞ。対するセグ・エルはスーパーパワーこそないものの、祖父の遺した「孤独の要塞」を拠点にしてブレイニアックたちと戦うことになるみたい。噂によるとドゥームズデイとかホークガールなども登場するとか?

キャストは「シャーロック」のルパート・グレイブスがセグの父親役でゲスト出演しているほかは、比較的無名の役者が多いみたい。主役を演じるキャメロン・カッフをはじめとしてイギリス出身の役者が多いらしく、クリプトン人も結構コテコテのイギリス訛りで話しているのが気になったのですが、ここらへん「ゲーム・オブ・スローンズ」とかを意識してるのかなあ。

第1話を観た限りでは、まあ無難な作りといったところか。いろいろ面白くなれる下地はあるだけに、変に小難しい内容にせず、痛快なSFアクションにしてほしいところです。


ジョン・オリバーの番組でネタにされていて知ったが、アメリカにはNRA(全米ライフル協会)の運営する「NRA TV」というオンラインチャンネルがありまして、NRAのプロパガンダを24時間タレ流しているのだそうです。資金の潤沢なチャンネル桜みたいなものですかね。オリバーには「彼らの番組はインフォマーシャルでしかない」と切り捨てられていたが、アマゾンとかアップルのTVサービスでも視聴可能らしく、最近の銃撃事件(たくさんある)を受けたNRAのボイコット運動に絡んで、プラットフォームにこのチャンネルを外すことを求める動きも活発化しているそうな。

万人に観てもらってなんぼのチャンネルなので、その番組のすべては公式サイトから日本でも視聴可能。とはいえ当然ながら日本人が観ても面白いものなんて皆無なのだが、オリバーの番組でネタにされていて興味を持ったのが「MEDIA LAB」という番組。

これは元SEALのドム・ラソというホストがハリウッド映画のアクションシーンを解析し、それがどのくらいリアルなのか、実際に再現して検証するというもの(銃が出てくるシーンだけでなく格闘シーンなども検証している)。似たようなことはディスカバリー・チャンネルの「怪しい伝説」でもやってたが、あちらは童顔のグラント・イマハラがデカい銃をニコニコしながらぶっ放してあくまでも科学的な視点から検証をしていたのに対し、こちらは科学?なにそれ?といった感じで、NRAの男ならこうやるね!と言いたいようにシーンを勝手に解釈して再演しているだけで、まるでいい年の男たちが「ごっこ遊び」をしているようでした。

各エピソードは10分弱ほどの長さで、例えば「ヒート」での連絡をとりあいながらの銃撃戦は可能か、とか「アウトロー(ジャック・リーチャー)」の一人対多数の格闘戦はどうやるか、「ホワイトハウス・ダウン」でのフルオート射撃を回避しながらの反撃はどうするか、といった検証が行われていた。もちろん検証といっても科学的な測定などは全く行わないので、映画ではこうしてるけど俺ならこうするね、という再演が(安っぽく)行われるだけで、結論らしき結論が出てくるわけでもなし。もちろん現実味のないシーンも映画では出てくるだろうけど、そりゃフィクションですから!

そしてハリウッド映画のカッコいいシーンを再現するというコンセプトのはずなのに、ホストが「ハリウッド」と口にするときに微妙に侮蔑する感じがあるのがNRAだなあと。ハリウッドの連中は銃のことなんか分かっちゃいない、本物はこうだ、と見せつけて溜飲を下げる雰囲気が根底にあるというか。しかしyoutubeにもあがってる動画に絶賛のコメントが連なっているのを見る限り、こういうのを好んで観る人たちはそれなりの数いるんでしょうね。自分にとっては異質な文化を垣間見た気分になりました。


公開中なので感想をざっと。以下はネタバレ注意。

・冒頭の戴冠式とかを目にして思ったのは、なんかマーベル的というかディズニー的な作品だなということ。歌と踊りがあってカラフルなあたり、「ライオン・キング」や実写版「ジャングル・ブック」で培ったノウハウを活かしているというか。それ自身は悪くないことだけど、ディズニーとマーベルの融合はこういう形で進んでいくのかな、と思いました。

・話のプロット自体は典型的なものではあるものの、キャストに勢いがあっていいですね。特に(比較的無名な)女性キャストたちが生き生きと演技してるので観ていて楽しかった。「シビル・ウォー」ではMCUで何やってんだか良く分からなかったマーティン・フリーマンもいい感じだし。

・でも尺はもうちょっと削ってもよかったかも。ハーブを飲んで祖先に会うシーンが3回繰り返されたのはさすがに冗長だと感じましたよ。そんなに複雑なプロットではないのに、説明過多になっているシーンが多いというか。

・話の展開は「ライオン・キング」に似ているんだけど、現在のアメリカのアナロジーとしても通じるんじゃないかと、ふと思いました。王となる権利はいちおう多くの人に与えられていて、それでも王になるのにふさわしい人が選ばれていたのだけど、そしたらチーズバーガー食ってるようなゴロツキが突然現れて、制度を悪用して王様になってしまいました、というあたり。それでその王様は当然ヒドい命令を臣民に与えるわけだが、王様だからって言うことを聞けばいいのか?いやそうじゃなくて反抗して王を倒すべきだろ!という内容は、どこまでトランプ政権を意識したんだろう?たぶんあまり関係はないと思うが、そんなことを考えながら観てました。

・肉弾戦の多い戦闘シーンは迫力があるものの、黒づくめのキャラクターが暗闇のなかで戦うのはなんか見づらかった。ライアン・クーグラーは前作の「クリード」のほうがアクションはずっと優れていたな。

・そしてこれはスーパーヒーロー映画の大きな課題であるのだが、コミックと違って実写映画では、感情的なセリフを話すときはマスクでなく役者の素顔が見えないと効果的でないという問題。このためマスクの下の顔を映したり(「アイアンマン」)、主人公のマスクが吹っ飛んだり(ライミ番「スパイダーマン」)する工夫が必要となるわけですが、今回は幸か不幸かスーツのマスクが自在に付いたり外れたりするものだから、「マスク外す→セリフを話す→マスクつける→マスク外す→セリフを話す」という光景がクライマックスで続くので妙に気になってしまったよ。マスクをつけたままセリフを話したって、バチはあたらないと思うけどね。

・「アベンジャーズ2」に続いて、今回も大規模な韓国ロケが行われている。これによって韓国の映画業界がどれだけのメリットを得たか、みたいな数字は出ているのかな。「アベ2」のときは韓国での撮影はすべて第2班が行ったという話を読んだのだが、世界各地でロケをするほど監督の実質的なアプローチが減っていくことになるんだろうか。

・ベジタリアンの種族の漁師って、何を捕ってるんだ?ワカメ?

・作品の出来としては決して革新的なものではないだろうが、やはり黒人が大半のキャストでスーパーヒーロー映画を作り上げるということが、どれだけ待ち望まれていたかは、非常に好調な興行成績を見ればわかるだろう。最近のコミック映画やTVシリーズにおける、原作では白人のキャラを有色人種に差し替えるトレンドって必ずしも関心しないのですが(それはコミックが長らく白人ばかりを登場させていたツケなのだが)、ブラックパンサーは正真正銘の黒人ヒーローだからね。昨年の「ワンダーウーマン」に続き、マイノリティを主役にしたスーパーヒーロー映画が予算をかけて作られ、幅広い観客層に迎え入れられたということは非常に素晴らしいことだと思うのです。


「スパイクTV」から改名したパラマウント・ネットワークの新作シリーズで、89年の映画「ヘザース/ベロニカの熱い日」をベースにしたもの。公式サイトでは「アンソロジー」と紹介されていて、ミニシリーズなのかオープンエンドのシリーズなのかちょっと不明。

舞台となるウエスターバーグ高校ではヘザーと名のつく3人の少女たち、通称「ヘザース」が生徒たちのあいだで絶大な権力を持ち、他の生徒を自在に仕切っていた。地味な女子高生のベロニカはそんなヘザースのもとでどうにか無難な学生生活を送っていたが、転校生としてやってきた、JDというどことなく陰のある男子に惹かれるようになる。そしてJDはベロニカとケンカしたヘザースのひとりを陥れるために、彼女の恥ずかしい写真を撮ろうと持ちかけるのだが、物事はあらぬ方向に進展し…というあらすじ。

劇場版「ヘザース」はアメリカの高校におけるスクールカースト(クリーク)を早いうちに描いたことでカルト的人気を誇っている作品だが、あちらのヘザースは3人とも白人のお嬢様っぽいキャラ設定だったのに対し、今回のヘザースは一人はデブ、一人は黒人、一人はトランスジェンダーの男子と、以前なら明らかにマイノリティとして扱われていたキャラクターたちが、ジョックやナードたちに君臨する存在になっているのが現代的なところか。また生徒たちの行為(醜態)はSNSを通じて世界中に瞬時に拡散されるため、いまどきの高校生は学校や地元どころか、世界的な評判を気にしなければならない、という描写が面白かったな。

ただこの「かつては体育会系が仕切っていた高校も、いまはマイノリティが人気がある」というのって、2012年の「21ジャンプ・ストリート」あたりがやったときは目新しいものの見方に思えたけど、最近はちょっとまたステレロタイプ化してきた気もする。特にこの番組ではここらへん明らかに狙ってんな、というセリフが多くてちょっと興ざめ。演技や撮影もちょっと安っぽくて、昨年のヒット作である「リバーデイル」ほどの出来ではないか。

あとこないだのフロリダの高校での銃乱射事件を受けて、高校生たちが結束してSNSを通じた活動を行い、大人の政治家を言い負かすような行動をしているのを見ると、アメリカの高校生って別にフリークの集団とかではなくて、意外とちゃんとしてるんじゃない?とも思ったりはするけど、まあそんな要素をブラックコメディの番組に求めるのは門違いというものか。

メインキャストはそんなに有名な役者は出ていないみたいだけど、JDの母親役として、劇場版のヘザーのひとりだったシャナン・ドハーティーがちょっと出ています。乳がんからは回復したのかな。あとはセルマ・ブレアも別の生徒の母親役で登場するみたい。

劇場版は生徒の地位の逆転劇を短い時間で描いて、文字通りドカーンと爆発して終わらせることができたのに対し、TVシリーズはどうやって話を引っ張るんですかね?予告編を観る限り、むしろヘザースが自分たちの地位をどう維持するか、という話になるのかな?まあポテンシャルはあると思うので、今後の展開に期待。