「PISTOL」鑑賞

米HULU(FX)のミニシリーズで、パンク・ロックの始祖セックス・ピストルズの伝記作品だぞ。監督は6話ともダニー・ボイル。

バズ・ラーマン作品で知られるクレイグ・ピアースが、ギタリストのスティーブ・ジョーンズの自伝をもとに脚本を執筆したもので、よって物語はジョーンズの視点から語られていく。養父に虐待され文盲として育ったジョーンズは万引きを繰り返していたところをマルコム・マクラーレンに見出され、バンドのボーカルを務めさせられる。しかし彼はまったく歌うことができず、仕方なくマクラーレンがNYドールズのシルヴェイン・シルヴェインからパクってきたというギターを渡され、ギタリストになるべく猛練習をする。一方でバンドのボーカルとして謎の若者が連れてこられ、汚い歯を持っていたことから彼はジョニー・ロットンと名付けられる…というのが話のはじまり。

トビー・ウォレス演じるジョーンズはバンドの結成から解散まで在籍していたものの、どことなく垢抜けない若者といった感じで他のメンバーに振り回されているような立場。音楽的なリーダーはベースのグレン・マトロックだったし、ロットンは神経質で人付き合いの悪い奴として描かれている。アンソン・ブーンが演じるロットンは本人よりも「THE YOUNG ONES」のリック・メイオールに顔が似ているけど歌もちゃんと歌っていて熱演している。

狡猾なマルコム・マクラーレンをトーマス・ブロディ=サングスターが好演しているほか、モデルのジョーダン役にメイジー・ウィリアムズ。あとは実在の人物役だとリチャード・ブランソンやジュリアン・テンプル、名前は言及されないけどスージー・スーやビリー・アイドルなどが出てきます。ピストルズの音楽的レガシーよりも社会的インパクトに焦点を当てた内容になっているので、ザ・ダムドやザ・クラッシュ、あるいはフラワーズ・オブ・ロマンスといった他のパンク・バンドは登場せず、伝説のマンチェスターでのライブも登場せず。

ただしヒロイン(?)役として登場するのがなんとクリッシー・ハインドで、おれ全く知らなかったが彼女ってNMEのライターやってたほかにマクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドの店で働いていて、スティーブ・ジョーンズ(およびNMEのニック・ケント)と付き合ってたそうな。パンク・ロックが男の世界で彼女が受け入れてもらえない一方で、最後にはプリテンダーズのボーカルとして成功するさまがシリーズの裏のテーマになっている。演じてるのはカイル・チャンドラーの娘だそうだが、クリッシー・ハインドの物語もあれはあれで面白いのでスピンオフを期待。

話の内容はバンドの結成から「アナーキー・イン・ザ・UK」のリリース、「ボディーズ」のインスパイア元となった女性との出会い、ビル・グランディの番組での放送禁止用語騒ぎ、マトロックの解雇、シド・ヴィシャスの加入、そしてアメリカでの解散と、有名なエピソードはだいたい押さえている感じかな。前半の若々しい勢いに比べて、どうしてもナンシー・スパンゲンが出てくるあたりからグデグデになるけど、史実がそうだったから仕方ないでしょう。

なおジョニー・ロットンことジョン・ライドンはこの作品を好ましく思ってないようで、劇中でのピストルズの曲の使用を差し止める訴訟を起こしたが敗訴している。おれジュリアン・テンプルが監督してライドン本人も出ているドキュメンタリーも観てるけど、そんなに話を盛ったりはしてないんじゃないかな?

レトロな雰囲気を出すためか画面サイズは4:3、高画質でない(たぶん)フィルム撮りで、劇中だけでなくエピソード題にも放送禁止用語が使われているという、実に時代に反した作りになってますが、音楽担当はアンダーワールドで70年当時のヒット曲がふんだんに使われ、ダニー・ボイルのこだわった(くどい)映像美が全編にわたって繰り広げられる、贅沢な作品になっていた。そもそも旧態依然としたイギリスの文化を破壊していくセックス・ピストルズの話が痛快で面白いのよ。メディアの評判はあまり良くないようだけど、個人的には非常に楽しめて3日で観終わってしまった。ピストルズを知ってる人もそうでない人も観て損はない作品だと思う。

God Save The Sex Pistols.

https://www.youtube.com/watch?v=9KhxwG0eCiE&t=33s

「WE OWN THIS CITY」鑑賞

「ザ・ワイヤー」のデビッド・サイモンとジョージ・ペレケーノスがボルチモアに帰ってきた!というわけでHBOの新ミニシリーズ。

2016年から2018年くらいのあいだを舞台に、ボルチモア警察の汚職を軸にしながら、例によって警察・市議・住民などの視点から多角的に社会の問題をとらえた内容になっている。2015年にフレディ・グレイという青年が警察に逮捕された際に亡くなったことで抗議活動が起きた事件を背景に、好き勝手に振舞う警官たちやそれを容認している上司たち、状況を改善しようとする市議などが登場する。しかし単純に警察を悪として描くのでなく、彼らの台頭を認めざるを得なかった社会情勢や、それがいかに汚職につながっていったかなどが語られていくが、セリフも多くて難しいっすよ。勧善懲悪の刑事ドラマを期待してはいけません。

時系列が前後してるのがさらに話を複雑にしていて、2016年に懲罰も受けず好き勝手やってた警官がその後どうなったのか、また2017年に汚職で逮捕されることになった別の警官の顛末、などが今後明らかになっていくみたい。「ホミサイド」同様に実際の出来事を綴った本をベースにしたもので、「ザ・ワイヤー」でも容疑者に暴行を働いたりガサ入れで出てきた現金を横領する警官が出てきたが、いまは当時よりも状況が悪化してるのかな。なお共和党政権下だと内部調査の機能が骨抜きになるから、ヒラリーが選挙に勝つといいね、みたいなセリフが2016年に出てきます。

タスクフォースのリーダーで、第1話の最後で逮捕される警官にジョン・バーンサル。自分が悪いことをしたという意識が全くない役を演じてます。あとは「ザ・ワイヤー」でおなじみの役者がいろいろ出てるのが嬉しいところで、ジェイミー・ヘクターにデラーニー・ウィリアムズ、ジャーメイン・クロフォード、ドメニク・ランバルドッツィなど。ほかに有名どころだとジョッシュ・チャールズやウンミ・モサクが出演。シリーズ全話の監督は「ドリームプラン」のレイナルド・マーカス・グリーン。

まあ例によって明確な解決もない、なんかモヤモヤとした現状のまま話が終わるような気がして仕方ないですが、「ザ・ワイヤー」の続編と勝手にみなして、話が出そろったところで一気に観ていたい作品。

「DMZ」鑑賞

HBO MAXのミニシリーズ。原作はDC/ヴァーティゴのコミックで、おれ殆ど読んだことないけど72号まで出た長命のシリーズだったんだな。新たな内戦が起きたアメリカにおいて政府軍と反乱軍の戦いが勃発し、両軍の緩衝地域(DMZ)と化したマンハッタン島に取り残された男性ジャーナリストの物語、だったはず。ライターのブライアン・ウッドは後にセクハラ疑惑が巻き起こって例によってキャンセルされてしまったので、この作品がこうして映像化されたのはちょっと意外でした。

今回の映像化にあたっては大幅な改変が行われていて、主人公は男性ジャーナリストではなくアルマという医療従事者。彼女は8年前にマンハッタンを脱出する際に息子と生き別れになっており、まだマンハッタンにいるであろう彼を探して裏ルートを通じて島に乗り込む、という設定。マンハッタンは外部から隔離されてるとはいえ電気も水道も通じており、意外と住民は穏便に暮らしている。地区や人種に応じて住民はいくつかのセクトに分かれているものの、そこそこ民主的に選挙も行ってマンハッタンの大ボスを選んでいるみたい。

そしてアルマは外部からやってきたひとりの人間として息子を探し始める…はずが、実は彼女は中国人グループのボスの元同僚ということが判明して彼から有力な情報をスラスラと聞き出してしまう。さらにマンハッタンの大ボスであるパルコ・デルガドこそがアルマの息子の父親であり、彼女はパルコとも普通に面会できて…とまあ主人公がチート的に有利な立場であることが明らかにされるんですね。ミニシリーズで尺がないとはいえ、そんなに話が都合よく進んでしまって良いものか。

もっと「ニューヨーク1997」的な内容を期待していたのだが、アクションよりも息子とのメロドラマ的な展開に時間が割かれている感じ。そもそもなぜアメリカで内戦が勃発したかの説明も少なく、社会的コメンタリー要素もなし。DMZのリーダーの権力争いよりも一般の市民の暮らしにフォーカスしたほうが、最近のウクライナのニュースと重なって話題になっただろうに。

プロデューサーおよび第1話の監督はエイヴァ・デュヴァーネイ。彼女はこないだの「NAOMI」もそうだったが、自分のアジェンダ(おそらくは「黒人女性の物語」)を通そうとするばかりに原作の設定をガン無視する傾向があるよな。いちおうアルマやパルコのベースになったキャラクターは原作にいるものの、映像版とはずいぶん違うようだし。アルマ役には、最近何にでも出演している気がするロザリオ・ドーソンで、いかついパルコ役にベンジャミン・ブラット。メイミー・ガマーもちょっとだけ出てます。

ヴァーティゴ・コミックスって大人向けTVシリーズのアイデアの宝庫だと思ってて、HBO MAXはそれの受け皿として最適なのだろうけど、映像化するときはもうちょっと原作の特徴を残しておいたほうが良いと思うのです。

https://www.youtube.com/watch?v=aDsrZk9yxwk

「MINX」鑑賞

HBOの新シリーズ。

舞台は1970年代初期のカリフォルニア。女性の地位向上に力を入れる若きフェミニストのジョイスは、女性の自立を促す雑誌を作ろうと出版社に売り込みをかけるものの、女性蔑視の風潮が強い出版業会の男性陣には全く相手にされなかった。しかしポルノ雑誌の怪しい出版者であるダグは彼女の意見に耳を貸し、女性向けのエロ雑誌が受けると判断してジョイスに企画を持ちかける。ウーマンリブとポルノは相反するものだと反発するジョイスだが、自分のメッセージを伝えるにはまず相手が受け入れやすい媒体に包み込むものだ、と説得されて女性向けのヌード雑誌「MINX」を創刊するのだった…というあらすじ。

ポルノを通じた女性の権利向上、というテーマは同じくHBOの「The Duce」に似ているがこっちはもっとコメディ寄り。HBOでは70年代末のLAレイカーズを扱った「Winning Time」も始まったばかりで、70年代のセットや衣装に金をかけられる余裕があるんでしょうなあ(「Winning」は全編フィルム撮りでかなり映像に凝っている)。

HBO作品なので例によっておっぱいもおちんちんも丸出しで、特に後者は小さいのから太いのからゲップが出るくらい映し出されてソーセージパーティー状態。最近は模造品を使った撮影もされているようだけど、この作品では本物にこだわった、とNYタイムズの記事で関係者が申してました

実話をベースにした作品ではないが、バート・レイノルズのヌードを掲載した「コスモポリタン」誌が飛ぶように売れているのにジョイスが影響されるなど、当時の風潮はいろいろ反映されているみたい。予告編から察するに、今後は保守的な女性知識人との闘いが描かれていくのかな。

ジョイス役を演じるのはイギリス人のオフィリア・ラヴィボンド。ダグ役にジェイク・ジョンソン。ジョンソンは「スパイダーバース」のおかげで、あの声を聴くとなんかすごい安心感を抱くようになったよな。クリエーターのエレン・ラパポートは「でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード」の脚本家で、第1話の監督のレイチェル・リー・ゴールデンバーグはアサイラム社でB級映画を撮ってたりと、ちょっと意外な経歴を持つ人たちがスタッフに揃っている。プロデューサーにはポール・フェイグもいて、登場人物のシックなファッションには彼が影響してるのかな。

ジョイスの理想論がダグの現実路線に修正される、という展開がちょっとパターン化しているものの、雑誌作りに女性が奮闘するという話は面白いし、1話40分弱という比較的短い尺にシャープなセリフが詰め込まれていて楽しめる作品。おすすめ。

https://www.youtube.com/watch?v=UTc5I86to_8

「The Thing About Pam」鑑賞

米NBCのミニシリーズ。日本ではあまり知られてないが、ここ数年アメリカでは実録犯罪もののポッドキャストが流行ってまして、火付け役になったのは2014年の「SERIAL」なのかなあ。なぜそんなジャンルが流行ってるのかは正直いってよくわからんのですが、実録犯罪ものが好きな国民性(ジョンベネちゃん殺人事件とか)とポッドキャスト文化がうまくマッチしたのかのう。「SERIAL」は確か、逮捕された人物が無罪なのか有罪なのか?というジャーナリズム的切り口が話題になったと記憶しているが、ただ単に「事件で何が起きたか」を説明するだけのポッドキャストなんかは、ウィキペディアを読めばその顛末が5分で分かったりするわけで、なぜ時間をかけてポッドキャストを聴くのかがよく理解できんのよな。

そしてこのミニシリーズも、NBCのニュース番組の特集を元にしたポッドキャストをさらに元にしたものだそうな。ポッドキャストが原作のテレビシリーズが作られるのも最近のトレンドで、こないだ言及した「The Dropout」もセラノスの事件を扱ったポッドキャストを原作にしたものだった。例えば小説やコミックが映像化された作品だったら、その小説やコミックの邦訳があればそれを読んで映像作品と比較することもできるだろうけど、ポッドキャストを翻訳することはできないだろうから、そういう原作にアクセスし難いのが日本人にとってはディスアドバンテージになるのかな、とよく考えるのです。

そんでこの作品は2011年にミズーリの町で起きた殺人事件を扱ったもので、主婦のベッツィー・ファリアが死体となって発見される。自らのガンを苦にした自殺かと思われたものの、多数の刺し傷があったことから他殺扱いとされ、彼女を発見した夫が容疑者として逮捕される。しかし実はベッツィーの友人である女性パム・ハップが裏で怪しいことをしていて…という話。

この事件も例によってウィキペディアに詳細が載ってるのでネタバレしてしまうと、パムはサイコパスの人のようで、ベッツィーだけでなく他の人物も殺害した容疑で逮捕され、現在は無期懲役で服役しているそうな。殺人にあたりずいぶん手の凝ったアリバイ作りを行い、ベッツィーの夫が誤って逮捕されたことなどからメディアの注目を集めたのだそうな。

実際の殺人事件を元にしたとはいえ、全体的なトーンはコメディ風味になっていて、小さな町における主婦の殺人事件(ナレーション付き)というのは20年遅れてきた「デスパレートな妻たち」といった感じで新鮮味はなし。ただ最大の特徴はパム役をレネー・ゼルウィガーが演じていることで、こないだアカデミー賞とった彼女がなぜファットスーツを着てこんな役を演じているのかは謎。でも彼女は「ジュディ」の真面目なヒロインなんかよりも、ちょっと頭のネジが外れたキャラクターを演じる方が似合ってると思うので、こういう役は嫌いではないですよ。あとは脇役で検察官役に「永遠の脇役」ジュディ・グリアーが出ているほか、弁護士役でジョシュ・デュアメルが出てくるみたい。

キャスティングからタイミングから、なんでこれ今つくったの?と考えてしまう作品だが、今後も実録犯罪もののポッドキャストの映像化は当分続くんじゃないだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=EI0hB7qhx_o