「PIG」鑑賞

評論家に絶賛されているニコラス・ケイジの新作。これドンデン返しなどはないものの、話が進むにつれて登場人物の過去がいろいろ明らかになっていく内容になっていて、どこまでストーリーを語って良いのか悩むのですが、とにかく以下はネタバレ注意。

舞台はオレゴン州ポートランド。ロブは山奥の小屋にて世捨て人のように暮らし、ペットのブタとともにトリュフ狩りをして、それを街からやって来るキザな若者のアミールに売って暮らしていた。しかしある晩、ロブは小屋で何者かに襲われ、ブタを盗まれてしまう。そのため彼はアミールの手を借りて街に繰り出し、ブタの居場所を探すためトリュフにまつわる裏社会に飛び込んでいくのだった…というあらすじ。

こうして書くとイヌの代わりにブタが動機になる「ジョン・ウィック」みたいだが、冒頭は確かにあれっぽくて、地下闘技場みたいなところにロブが乗り込んでいって体を張って情報を聞き出そうとする。しかし徐々にロブとアミールの過去が語られていくにつれて話は渋いものになっていき、過去と喪失に向き合う男たちのドラマへと展開していく。ロブの過去の職業が話の大きなポイントなのだが、それはここでは明かさない。しかしロブ、仕事するときは手だけでなくて血まみれの顔も洗えよ。

ご存知のように、ニコラス・ケイジってここ10年くらいは「頭のおかしい暴力おじさん」みたいな役ばかり演じていて、自分が観たうちでも「ウィリーズワンダーランド」「カラー・アウト・オブ・スペース」「マンディ」「マッド・ダディ」などの一連の作品は正直なところ面白いとは思わなかった(評判のよい「グランド・ジョー」は未見)。今回も「ブタを盗まれて復讐に狂うおじさん」のような役を演じるのかな、と思いきやブタはマクガフィンでして、過去を抱えて生きる寡黙な男を好演している。評論家にも「かつてのケイジが戻ってきた!」と称賛されてるようで、個人的にも彼の演技が良いと思ったのは20年前の「アダプテーション」以来かなあ。

そんなロブと分かち合っていくアミール役に「ジュマンジ」のアレックス・ウルフ。「ヘレディタリー」のおかげで彼が車を運転すると同乗者の首がぽーんと飛ぶのではないかとハラハラしてしまうのです。あとはアダム・アーキンが年取ってなかなか渋い外見になって登場していた。

これ監督&脚本のマイケル・サーノスキーってほぼ新人の監督のようだけど、よく長編デビュー作からニコラス・ケイジやアレックス・ウルフみたいな役者を起用できたな(ケイジはプロデューサーも務める)。話の設定もそうだが、アミールとケンカしたロブが自転車を盗んで走り出すあたり、コメディっぽい展開を真面目に撮れるセンスがあるのかもしれない。パトリック・スコラによる撮影も美しいです。

海外で絶賛されているほどのクオリティを感じるかどうかは人それぞれだろうけど、とても良くできた作品ですよ。ニコラス・ケイジの復讐アクションなどは期待しないように。さてこのあとケイジはまた暴力おじさんに戻っていくのか、それともアカデミー賞俳優としての尊厳を取り戻すことができるのか?

「THE PAPER TIGERS」鑑賞

何も知らずに観て、大変面白かったカンフー・コメディ映画。

90年代にカンフーの達人である師父のもとで修行を積んだ3人の少年たち。彼らは「スリー・タイガー」と呼ばれ、武術試合でもストリートファイトでも圧倒的な強さを誇っていた。しかしそれから30年後、彼らはお互いとも師父とも疎遠になり、カンフーもやめてしがない日々を送っていた。仕事の合間に離婚した妻との子供の面倒をみているダニー、建設現場でヒザをやられたヒン、カンフーの代わりにブラジリアン柔術を教えているジム。しかし彼らは師父が亡くなったことを知って久しぶりに顔を合わせることになり、さらに師父の死には不審な点があることを知って、彼らは調査に乗り出すのだが…というあらすじ。

調査にあたっては血の気の多い連中が登場して、カンフー勝負(「比武」というのですね)で決着をつけるのだが、スリー・タイガーたちは体が鈍ってるのでへなちょこ勝負になっている。でも格闘シーンはよく撮れていて本格的だよ。その過程において、彼らが疎遠になった理由や、師父に対する後悔の念などが語られていく。主人公がダメ男という時点で個人的にはポイント高いのですが、30年遅れてやってきた青春ものというかバディものの要素もあって、ドラマとしてもよくできた作品であった。「コブラ会」が好きな人は楽しめると思う。

ダニーを演じるアラン・ウイって俳優を知らなかったのだけど、「Helstrom」に出てた人か。悲しい目をしたタイカ・ワイティティみたいな感じで主役を好演している。あとはヒン役に「ムーラン」のロン・ユアン。「ベスト・キッド2」のユウジ・オクモトがプロデューサーを務めるほかチョイ役で出ています。カンフー映画とはいえスタッフは中国系ばかりではなく、アラン・ウイは中国系とフィリピン系のハーフだし、監督のトラン・クオック・バオはベトナム系。クレジットにもアジア系の名前がズラズラと並んでいて、白人スターに頼らなくてもこういう映画が作れるようになったんだなあと感慨深いものがあった。

最後の展開とかはかなり読めてしまうのだけど、微笑ましい結末もあっていいんじゃないですか。お勧めの作品。

https://www.youtube.com/watch?v=1zM3IpjY3CI

「NO SUDDEN MOVE」鑑賞

またHBO MAXに入ってだな、オリジナル作品をチェックしてるのだよ。これはスティーブン・ソダーバーグの監督作品で、例によってコロナの影響で配信ストレートになったのかな。

舞台は1954年のデトロイト。刑務所から出所したばかりのカーティスは裏社会のつてで見知らぬ男より、ロナルドとチャーリーという男たちと組んである仕事を行うように依頼される。それはある会社の経理士が会社の重要書類を持ち出してくるまで、経理士の家で家族を人質にとっておくというものだった。仕事の内容の割に報酬が良いことを不審に思いつつも引き受けたカーティスだったが、経理士が書類を入手することに失敗したことから状況は一変し、カーティスはロナルドとともに追われる身になるのだった…というあらすじ。

ソダーバーグお得意のハイスト/ケイパーものだが登場人物が多いうえにみんな腹に一物抱えた人物ばかりで、状況が二転三転するのでプロットを追うのが結構しんどい。よって「オーシャンズ」や「ローガン・ラッキー」みたいな軽快なケイパーものではなくて、もっと重厚な作りになっている。カーティスやロナルドは過去にやらかした行いのためにギャングに追われる身であり、その一方で白人のロナルドは黒人のカーティスを蔑視しているところもあり、お互いに信用しきれる仲ではない。これに経理士の家庭事情とかギャング同士の力関係とかも絡んできて、なかなか複雑な話の作品でございました。

出演者は「オーシャンズ」並みに豪華で、カーティス役がドン・チードル、ロナルドがベニチオ・デル・トロ。あとはデビッド・ハーバーにジョン・ハムにレイ・リオッタにエイミー・セイメッツにブレンダン・フレイザーなどなど、豪華で渋い面子が揃ってます。妙齢になって体型が丸くなった人が多いような。あとはノンクレジットでカメオ出演することが多いあの有名俳優がここでもカメオ出演、というか最後のおいしいところを喰ってしまっていて、あの人仕事を選ばねえなあ。

音楽もソダーバーグ作品常連のデビッド・ホームズ。広角レンズ、というか魚眼レンズを使ってるかのような撮影をしていて画面端の人物が歪んでいるのがえらく気になったのだけど、そういうところも含めて好き勝手やってるのがソダーバーグなんでしょうね。「オーシャンズ」シリーズのようなノリを期待していると肩透かしをくらうかもしれないが、良くできた作品ですよ。

https://www.youtube.com/watch?v=7GRDLX3a-IE

「ブラック・ウィドウ」鑑賞

公開したばかりなので感想をざっと。ネタバレ注意:

  • 「エンドゲーム」の後日談で彼女の復活の物語、なのかと勝手に思ってたら「シビル・ウォー」後の話なのね。それをいま公開する必要があるのか?とは思うがいろんな要素が重なったのでしょう。
  • 前半のウィドウ養成所のくだりは既視感があって、これジェニファー・ローレンスが「レッド・スパロー」でやってた奴じゃね?と思わずにはいられない。単に似たようなネタを扱ってるのだが、あっちのほうがR15だったので訓練は生々しさがあったな。
  • 主人公がスーパーパワーを持たないスパイということで、内容はスーパーヒーロー映画よりも007映画に近い。マッチョな男性でなく女性スパイが奮闘するという切り口は「XXX」シリーズなどよりも上手く007映画を換骨奪胎していたかと。(文字通り「脱胎」の話も出てたし)。ただ悪役の顔が傷で醜くなっている、という007シリーズの悪しき慣習まで引き継がなくてもいいのに。
  • ヴィランのタスクマスターは相手の戦闘スタイルを見てコピーするという能力を持ってるのに、原作だとフードにケープをはおって武器をやたら抱えてるスタイルがどうも解せなかったのだが、今回の映像化ではもっとスリムなデザインになってて納得。中の人のキャスティングは、セリフもないんだし別にその人使わなくてもいいんじゃね?と感じたけど。
  • レイチェル・ワイズは一家の長女役かな、と思ってたら母親役であった。スカヨハの母親を演じるようになりましたか。みんな言ってるがやはりロシア訛りで演技するフローレンス・ピューが主演のスカヨハを喰ってしまっているわけで、これからマーベル映画の世代交代にあわせて彼女が台頭していくのかしらん。ただ体のキレがないというか、「ファイティング・ファミリー」で見せたようなパワーヒッター型のアクションのほうが似合うな。
  • 「エンドゲーム」でマーベル映画が大きな節目を迎えたあとの公開で、しかもCOVIDの影響で公開が遅れて、なんか微妙なタイミングでの登場となってしまったのは運が悪いね。おまけに配信と同時提供ということで特に日本では興業チェーンにハブられているし。今後の大作はコロナ明けを迎えて、また劇場公開のみになってくる可能性もあるわけで、そういう意味では内容的にもビジネス的にもいろいろ過渡期の最中に出てしまった作品であった。
  • 個人的にはやり前日譚に徹せずに、「エンドゲーム」におけるブラック・ウィドウの運命をもっと反映させた話を見たかったな、というところです。彼女だけが貧乏クジを引いたような印象なので。

「HEAVY ROTATION」読了」

ヴァーティゴ・コミックスで活躍していた編集者のシェリー・ボンドがKickstarterで出資を募っていた単発コミック。彼女が在籍していたNY州イサカの大学にあった学生ラジオ局を中心に、80年代のカレッジ・ラジオ文化の思い出がいろいろ詰まった35ページほどの作品。コミックとエッセイが半々の内容になっていて、夫君のフィリップ・ボンド(上のカバー画も担当)が関わっていたイギリスのカルチャー雑誌DEADLINE(タンク・ガールで有名なやつね)に体裁は近いかな。

アメリカのカレッジ・ラジオというとおれ日本のFM情報誌(そういうものがあったのよ)でその存在を知りまして、ビルボード全米チャートなどとは全く別にR.E.M.とかウォール・オブ・ヴードゥー(知ってる?)といったバンドが人気を博していて、それが90年代のオルタネイティヴ・ロックのブームへの土壌を作っていたと認識している。80年代半ばから後半がカレッジ・ラジオ文化の最盛期かなと思ってたけど、冒頭にある年表によるともう少し前から盛り上がりがあったみたい。これに合わせて公開されてるSPOTIFYの関連曲リストを見ると、意外とイギリスの80年代初期のバンドの曲がフィーチャーされていて、これはこうしたバンドのアルバムがアメリカでは発売が何年も遅かったことが影響してるのかもしれない。今じゃ全世界同時配信開始の時代だものねぇ。

カレッジ・ラジオが経済的にどのように運営されてたのかよく分からんのですが、DJたちはローテーションを組んで雪のなか深夜や早朝にスタジオにやってきて、視聴者のリクエストをかけたりミュージシャンへのインタビューを行ったさまがいろいろ説明されてます。自分の好きな曲ばかりをかけられた訳ではなく、曲の人気度によってステッカーで色分けがされて、この曲をかけるのは週に何回まで、とか細かい指定がされていたそうな。カミソリを使ったオープンリールのテープの編集のやり方とか、おそらく今後の人生で全く使うことのないテクニックなども説明されてるが、ノスタルジア全開で面白いですよ。

エッセイはイサカ大学の元スタッフやミュージシャンの思い出話がいろいろ語られていて、ビル・シェンキビッチやジル・トンプソンなどのイラストがついている。「マッドマン」のマイケル・オールレッドがマンガ家になる前はDJでTVレポーターだったとは知らなかったよ。ミュージシャンのエッセイだとイギリスはリーズのCUDのベーシストなどがカレッジ・ラジオの思い出を書いてまして、CUDって知ってる?XTCのデイブ・グレゴリーがアルバムをプロデュースしてたんだよ。あまり売れなかったけど。あとジ・アラームのインタビューも載ってるが、おれあのバンド嫌い。

エッセイが多いので、コミックばかりを期待してると肩透かしをくらうかもしれない。またカレッジ・ラジオ文化を懐かしめるのって40代後半〜50代のアメリカ人くらいなもので、そういう意味では非常に対象の狭いニッチな本ではありますが、自分の好きなことについて書いて出資してもらうという点ではクラウドファンディングに最適なものなんだろうな。電子版が3ドルでもらえたので十分お得でした。