「Stripped」鑑賞


アメリカの新聞に掲載されているコミック(横長の型式なのでコミック・ストリップという)についてのドキュメンタリー。

まずはコミックの歴史の説明から始まり、まだテレビやラジオが必ずしもポピュラーでなかった時代の大衆に娯楽を与えるものとしてコミックは大きな人気を誇り、ルーブ・ゴールドバーグやウィンザー・マッケイなどの作品が子供も大人も楽しませていたことが説明される。ミルトン・カニフがセレブのように扱われてたなんて今となっては信じられないような話ですな。

ご存知のようにアメリカでは日本のような全国紙はなく、それぞれの年において幾つもの新聞が発行されていたわけですが、それらにコミックを提供していたのがシンジケーションと呼ばれる配給会社で、彼らが良いと思ったコミックを作家から受け取り、各新聞に販売する仕組みであったわけです。よって作家たちはそれぞれの新聞と交渉するような必用はなく、シンジケーションに作品を売り込めばよかったわけで、作品が起用されたときは天にも昇る気持ちになったらしい。

その一方で作家たちは毎日のように作品を生み出し続けなければならず、ろくに休暇もとれない日々が何年も続くことが語られるわけだが、そうした創作の流れについて数多くの作家たちにインタビューが行なわれており、大御所では「ビートル・ベイリー」のモート・ウォーカーや「ジッピー」のビル・グリフィス、「ガーフィールド」のジム・デイビスあたりから、後述するウェブコミックの若手、あるいは「BONE」のジェフ・スミスのような非ストリップのコミック作家などが登場する。またメディア嫌いで隠遁生活をしていることで知られている「カルビン&ホブス」のビル・ワターソンがはじめて音声インタビューに応じていた(上のイラストも彼によるもの)。観ていて気づいたけど、ストリップの作家って女性も多いよね。いわゆるスーパーヒーローもののアーティストに女性が殆どいないけど、新聞のコミックは女性の読者にもアピールする必用があったためなんだろう。

しかしこれらの新聞コミックって、インディペンデント・コミックと同様に90年代くらいまでの日本ではものすごく情報が得られなかったものであり、せいぜい「ピーナッツ」や「ブロンディ」といった老舗の作品くらいが邦訳されていたような?おかげで自分の知識もこれらに関してはかなり限られており、世の中にはさまざまなコミック・ストリップがあるのだと実感した世代です。いまでは米ヤフーなどで気軽にチェックできるわけで、もっと勉強しないといかんな。なお上記のように多くの作品が紹介されている一方で、俺のお気に入りである「クレイジー・カット」や「ドゥーンズベリー」「THE FAR SIDE」「LIO」などはあまり紹介されておりませんでした。

こうして20世紀は栄華を誇ったコミック・ストリップだったが、新聞の発行数の減少にあわせてその影響力を失っていく。かつてはどの都市にも発行部数でしのぎを削る大新聞が2つ以上あり、そのどれかにシンジケーションが作品を売れば十分だったものの、新聞は相次いで廃止に追い込まれるか、コスト削減のためにコミックのページを無くしたりしていってしまう。

それに対して台頭してきたのが「Penny Arcade」や「PVP」、「Hark, A Vagrant」といったウェブコミックであった。これらの作家たちはシンジケーションに作品を売り込む必用もなく、ただ自分の作品をウェブにアップすることでファンを獲得して収入を得ることができ、作品の著作権についてシンジケーションと揉めるようなこともなかったのである(ただしドットバブルのときにはポータルサイトとPenny Arcadeのあいだで一悶着あったらしい)。古参の作家たちからはシンジケーションに比べてウェブコミックの収入が少ないことを懸念するような声も出るものの、このドキュメンタリーではウェブコミックの可能性について多くの時間が割かれ、スコット・マクラウドなんかも登場してウェブコミックについて力説していた。

ただしウェブコミックの収入の8割近くはコミックそのものでなくマーチャンダイズによるものだし、ファンからの寄付などでは収入が不安定なため、より確固としたビジネスモデルを模索してマネタイズを図っていく必要性も語られていた。ここらへん新聞紙のころは作家はシンジケーションだけを相手にしていればよかったのに対し、ウェブでは自分たちでビジネス面も把握しないといけないのが対照的だな。エンドクレジットでは登場した作家のウェブサイトが紹介されるのだけど、一人残らずなんらかのサイトを持っているのが印象的であった。

そして今後もし新聞などが無くなっても、コミックは何らかの形で残っていくでしょ、と意外なくらいにポジティブなメッセージをもってこのドキュメンタリーは終わる。確かに人間がマンガを描かなくなる日はこないだろうけど、DCコミックスやマーヴェルの人間だったら、ここまで楽観的なコメントはできないだろうなあ。これって気軽にサクッと読めるストリップの型式が、ウェブに合っているということで楽観的になれるのだろうか。

弱冠の専門知識が必用とされるので万人向けではないものの、コミック・ストリップの状況や将来を分かりやすく説明した良作のドキュメンタリーであった。おすすめ。

ゴールデンエイジのコミックスのアーカイブ


「AVクラブ」の記事で知ったのだけど、「THE DIGITAL COMIC MUSEUM」なるサイトで大量のゴールデンエイジ(1950年代初頭くらいまでの作品のこと)のコミックが閲覧できるようになっている。数千冊くらいのコミックがアーカイブされているのかな?

ブラウザ上ですべて無料で閲覧できるほか、登録(これも無料)すればCBRファイル形式でダウンロードでき、リーダーアプリなどで読めるという便利さ。作品はみんな有志が原書やマイクロフィッシュをスキャンしてアップロードしているのかな?昔のコミックのマイクロフィッシュって日本の大学にも保管されてたりして、学生時代に卒論の参考にするために閉架書庫から引っ張りだしていた憶えがある。

公開されている作品はすべてパブリックドメインに属しているものらしく、DCコミックスやマーヴェル(もしくはその前身の会社)の作品は置いてないものの、検索するとジョー・サイモン&ジャック・カービーのロマンスものとか、スティーブ・ディトコの初期の作品とか、ジャック・コールの「プラスチックマン」とか、ウィル・アイズナーの「ザ・スピリット」とか、有名どころもざっと揃っていてかなり凄い(つうか「ザ・スピリット」ってパブリックドメイン作品なのか?)。

当時のコミックの常として作家のクレジットが明記されていないものの、意外な人が意外なコミックを描いているのを見つけるのも面白いかと。またコミックス・コード(いわゆる倫理規制)が敷かれる前の作品は、思ってた以上に性的に刺激的なものがあるのも新しい発見であった。いまでこそスーパーヒーローものが大半を占めるアメコミだけど、当時はロマンスやらホラーやらウェスタンやら、多種多様なジャンルで市場が満ちあふれていたんだよな。あとは日本軍がプロパンガンダ的に悪役扱いされてたり、黒人やアジア人がグロテスクなカリカチュアとして描かれていた時代があったというのを知るのも勉強になるかと。

アメコミの初心者にもマニアにもお勧めできるサイト。

「Nemo: The Roses of Berlin」読了


『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』最新作だよ。前作「Heart of Ice」から思ったよりも早いタイミングで続編が出てきたな。主人公は前作と同じジャンニ・ダカール。この後はネタバレ注意な。

舞台は1941年。第二次世界大戦の戦火が世界を揺るがすなか、ジャンニの娘は15歳にして征服者ロビュールのもとへ嫁ぎ、ジャンニは夫のブロードアロー・ジャックとともに海賊業に専念して、アデノイド・ヒンケル率いるトメニア(「Black Dossier」にも出てきたナチスのアナローグね)の船を襲撃していた。しかしそんな彼女のもとに、ロビュールとジャンニの娘が乗った飛行船「The Terror」がトメニア軍によって撃墜され、2人が捕獲されたという知らせが入る。愛する娘たちを救出するために、夫と2人で急いでベルリンに潜入するジャンニ。しかしそれはヒンケルたちが仕掛けた罠であり、彼女たちを待ち受けていたのはドイツ版「リーグ」こと「黄昏の英雄たち」の残党たちであった…という展開。

人外魔境が舞台だった前作とは一転して、今回は人でごったがえすベルリンでの冒険活劇となっている。「黄昏の英雄たち」は以前にも「Black Dossier」で言及されているが、そのメンバーはロボット・マリアやカリガリ博士、ドクトル・マブゼなど。また前作からの因縁の的も登場するぞ。登場人物などの元ネタは戦前のドイツ映画からとってきているものが多いかな?たぶん俺が見逃しているネタも多々あるはずなので、ここはジェス・ネヴィンズ氏あたりがまた注釈用のウェブサイトを立てることに期待しましょう。なおドイツ人のキャラクターの多くは当然ながらドイツ語で話していて、アラン・ムーア作品の常としてそれらの対訳は用意されていない。これが以前に出てきた火星語とかだったら普通に読み飛ばすのだが、ちゃんと意味のあるドイツ語が読めないというのは何か損した気分になってしまいました。

なおちょうどこれを読む前に、ムーアのやたら長いインタビューを読んでおりまして、「ムーアの作品は女性が暴行を受けるものが多い」という批判に対する反論をムーアが行なっていたりするのだが、この作品では50歳を目前にしたママさんのジャンニが同じく女性の敵たちを相手に死闘を繰り広げ、女性のパワーのようなものをひしひしと感じられる内容になっていたな。圧倒的な戦力差があるはずなのにジャンニたちが強すぎるような気もしたけど。

そして次作は1975年の南米を舞台にした「River Of Ghosts」という題名になるらしいぞ。ネモ三部作の最終巻らしいが、年代的に主人公はジャンニの娘になるのかな?あとムーアは魔術の手引書である「The Moon and Serpent Bumper Book of Magic」なる本も執筆しておりまして、こちらも面白そうなので年内にには刊行して欲しいと願っているのであります。

「PREACHER」TVシリーズ化決定


昨年から噂はされていたけど、ガース・エニス&スティーブ・ディロンの傑作コミック「PREACHER」のTVシリーズ化をAMCが発表したそうな。企画は意外にもセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグ。

以前はHBOで企画が進んでるだのサム・メンデスが監督するだのと映像化の話は絶えなかった作品ですが、やっとこれで決まったかという感じ。AMCは「ウォーキング・デッド」で成功を収めているため、同じようにコミックが原作のTVシリーズが欲しかったのでしょう。HBOのほうが規制が緩いので下ネタ&バイオレンス満載の原作をもっとよく表現できたかもしれないが、文句は言うまい。

むしろ懸念点はセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグというコメディ畑の2人が関わってるところでして、あんたらシリアスな作品が書けんのか?という気がするのだが、7年も企画を温めていたという熱意があるみたいだし、原作もお下劣なコメディ要素があるので、「グリーン・ホーネット」みたいなダメダメ作品にはならないでしょう。というかならないことを願いたい。

あとはね、天使と悪魔の子供と融合した説教師が、ガールフレンドとアイルランド人バンパイアと一緒に神を捜しにいくという内容が、アメリカの視聴者層にどこまで受けるかな?地上波局よりかは保守層の抗議には強いと思うものの、AMCってコマーシャル流してたよね?スポンサーの撤退とかが無いとよいのだけど。

とまあいろいろ書きましたが、自分が大好きなコミック(エニスにサインもらいました)が映画化されることは嬉しいわけで、「ウォーキング・デッド」に続くヒットになることを期待しております。

カーマイン・インファンティーノ死去


アメコミのシルバーエイジを代表するアーティストのひとり、カーマイン・インファンティーノが亡くなってしまった。87歳。

ティーンのときからコミックを描き始め、40年代から活躍していた彼は1956年に「ショーケース」誌で2代目ザ・フラッシュを描き、スーパーヒーロー・コミックの新たな時代であるシルバーエイジの幕を開けた人であるほか、初代フラッシュと2代目フラッシュがパラレルワールドで共演する「アース2」のコンセプトが登場したコミックを手がけたりと、その後のDCコミックスの設定に大きな影響を与えたアーティストであったわけですよ。

さらに60年代から70年代にかけてはDCの編集長を務め、ジャック・カービーやディック・ジョルダーノといった大物アーティストをDCに引っ張ってきたほか、デニス・オニールにニール・アダムスといった新人ライターやアーティストを育てるなど、経営面でも腕をふるった人であった(すべてが成功したとは言い難いが)。

そのあとはマーヴェルで「スター・ウォーズ」や「スパイダー・ウーマン」のアートを手がけたりもしたが、俺自身がインファンティーノの作品に初めて触れたのは80年代初頭の「ザ・フラッシュ」誌であった。その頃の彼のアートは完熟期に達しており、ものすごい数の効果線を使ってフラッシュの超人的なスピードを表すスタイルは唯一無二のものであったと思う。

さらにシルバーエイジのザ・フラッシュといえば主人公が科捜研の人ということもあり、科学的かつ奇抜なストーリーで有名だが、俺が読んでいた作品もフラッシュがシェイドの暗黒光線とレインボー・レイダーの七色光線を同時に浴びて苦しんだり、カーネル・コンピュートロンによってコンピューターのなかに取り込まれて手足がもげたりと、とにかく奇想天外な展開のコミックばかりで、英語が分からない小学生にとってもそのアートは大変衝撃的であり、正直なところ「怖い」くらいの内容であった。事故死した悪役ザ・トップの霊にフラッシュの父親が操られ、夜中に不気味に笑う父親の姿などはいまだにトラウマとなっています。

個人的に彼の作品のなかでいちばん好きなのは、「シークレット・オリジン」誌のアニュアルで88年に描かれた、ザ・フラッシュのオリジン話かな。アンチモニターの兵器を破壊するためにタキオンを追って走るうちに過去の光景を走り抜け、やがて最初にフラッシュを産み出した一筋の稲妻になってしまう話は実に感動的であります。

晩年はキャラクターの権利を求めてDCに無茶な訴訟を起こしたりしたが、それについては多くを語るまい。また1人、アメコミの歴史を走り続けた人が亡くなってしまうのは残念なことです。