「The Private Eye #1」 読了


SAGA」やスティーブン・キングの「アンダー・ザ・ドーム」のテレビ化などで忙しいはずのブライアン・K・ヴォーンがいつの間にか作っていた電子コミック。アーティストは以前にヴォーンと組んで「ドクター・ストレンジ」などを描いていたマルコス・マーティン。公式サイト(http://panelsyndicate.com)でDRMフリーで販売されており、価格は任意。いちおう99セントというのが作家側の希望価格らしい。

舞台となるのは近未来のアメリカ。時期は明言されないが建国300周年を祝ってるようなので2070年代かな。かつて人々は自分たちの個人的なデータをすべてクラウドサーバーに入れて保管していたが、何らかの理由によってそのデータすべてが万人が閲覧できるものになってしまい、個人情報などがすべて暴かれてしまう。そして人々は新たなプライバシー保護の手段として、仮面をかぶったり変装をしたりするのであった。主人公のパトリック(仮名)はそんな社会において人々の素顔を撮影する私立探偵兼パパラッチであったが、ある謎の女性から彼女自身の素性を探って欲しいとの依頼を受ける。この風変わりな依頼を半ば強制的に受け取らされるパトリックだたが、その女性は後に謎の男によって殺害されてしまう…というのが1話のプロット。

グランブレタン帝国の貴族よろしく皆が仮面をかぶっている社会の姿はなかなか未来的。他の電子コミックにあるような、キャラクターが動いたりコマの1部分だけが変化するなどといった仕掛けはなく、あくまでも従来のコミックの形式をとっている。ただしPCでの閲覧を考慮したのかページのレイアウトが横長になっており、ワイドスクリーンの映画を観ているような感じになる。今後のコミックはこの形式が主流になっていくんだろうか。あとMTVとかLAタイムズなどの企業ロゴが背景にいろいろ描かれているんだけど、あれってプロダクト・プレースメント?それとも「ブレードランナー」の強力わかもとみたいなエキゾチックさを狙ってるんだろうか。

まだ1話しかでていないので今後どう話が展開していくのか分かりませんが、それなりに期待できそうなので当分は買い続けてみます。実は0円購入もできるので、興味を持った方は一読をお勧めします。アメコミ作家によるコミックサイトといえば、古くはスコット・マクラウドがマイクロペイメントによるコミック閲覧を試みていたし、最近ではマーク・ウェイドが無料サイト「Thrillbent」を立ち上げたほか、キックスターターによる出資募集も盛んなようで、この出版社を通さないスタイルはどこまでポピュラーになっていくのだろう。

「Nemo: Heart of Ice」読了


『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』シリーズ最新作。今回はミナ・ハーカーやアラン・クオーターメインなどは登場せず、「1910」に出てきたキャプテン・ネモの娘ことジャンニ・ダカールが主人公の外伝的な内容になっている。

舞台は1925年。父親の後を継ぎノーチラス号で世界7つの海を駆け巡り、海賊行為を働いていたジャンニはそんな生活を不毛に感じるようになり、父親がかつて試みた南極探検を行うことを決意する。以前にネモが南極を探検した際は、彼以外のクルー全員が怪奇な死を遂げるという結末を迎えていたのだ。父の遺した探検記、および最新の雪上車を揃えた探検は楽なものになるかと思えたが、ジャンニが略奪した宝物の奪還を狙ったチャールズ・フォスター・ケーンによって3人の発明家/探検家が追ってきたために探検は難航することに。追っ手から逃げながら南極の奥地を目指すジャンニたちだったが、そこで彼女たちは想像を絶する光景を目にすることになる…というストーリー。

南極が舞台ということで、ベースの話となるのは「アーサー・ゴードン・ピムの物語」「氷のスフィンクス」「狂気の山脈にて」あたりの小説。ジャンニと一緒に冒険をするクルーはお馴染みのイシュマエルやブロード・アロー・ジャックのほか、思考機械ことヴァン・ドゥーゼン教授など。彼らを追う3人の発明家は、20世紀初頭の冒険小説の主人公たちであるらしい。あとは当然ながら「テケリ・リ!」と叫ぶ怪物や古のものどもが出てきます。人のいない秘境が舞台ということもあり、他の作品からの抜粋は比較的少ないほうかな。

「ムーンチャイルドの到来」という重いテーマが影を落としていた「Volume III」と違い、純粋な冒険活劇として読める作品。最新鋭のマシンを操って追いかけてくる敵からの逃避行はスリルがあって面白いぞ。狂気山脈に着いてからの展開はちょっと先が読めなくもないが、それでも巧みなストーリーテリングは流石である。

アラン・ムーアとケヴィン・オニールは今後もこのような「リーグ」の外伝を出していく予定らしいが、次は誰が主人公でどの時代を舞台にするのだろう。個人的には「Black Dossier」で言及されていた、フランスやドイツの「リーグ」との戦いが読んでみたいところです。

ヴァーティゴの思い出


今週アメコミ業界を駆け巡ったニュースが、DCコミックスの大人向けレーベル「ヴァーティゴ」の主任編集長だったカレン・バーガーが退任するというもの。

退任の理由は明らかにされてないし、ここで無駄に憶測することは避けるが、昨年のDCユニバースのリブートによりスワンプ・シングやジョン・コンスタンティンといったヴァーティゴの範疇で扱われてたキャラクターが通常のDCユニバースのキャラクターに戻ったことなどから、ヴァーティゴの縮小は今年になってかなり明白になっており、それを受けての退任ということであれば必ずしも驚くことではないかもしれない。ヴァーティゴ自体はこのまま存続するらしいが、ヴァーティゴ=カレン・バーガーであったことはアメコミのファンなら誰もが知っていたことで、1993年の立ち上げから続いた一つの時代がここで終わったことは間違いない。

何度かここでも書いているように大人向けのレーベルだからといってエロいというわけではなく、アメコミのメインストリームであるスーパーヒーローもののジャンルから外れた、より幅広い表現のできるコミックの受け皿としてヴァーティゴは存在したわけで、その根底にはアラン・ムーアの「スワンプ・シング」やグラント・モリソンの「ドゥーム・パトロール」や「アニマルマン」といった前衛的なスーパーヒーローコミックがあり、それを受けてヴァーティゴは誕生したんだよな。立ち上げ時における、ニール・ゲイマンの「サンドマン」やガース・エニスの「ヘルブレイザー」、ピーター・ミリガンの「シェイド・ザ・チェンジング・マン」などといったライターたちの作品のラインナップは非常に強力なものであったと記憶しています。そしてカレン・バーガーはそれだけの作家を引っ張って来れる才能があったんだよな。DCコミックスの関係者でアラン・ムーアが悪口言ってないの彼女くらいじゃないだろうか。

当初の作品はホラーめいたものが多く、作家はイギリス人でないといけないなどと冗談めいて言われていたものの、やがてSF色の強い「トランスメトロポリタン」や犯罪ものの「100バレッツ」、ファンタジーの「フェイブルス」などといった様々なジャンルの作品を抱えるようになったほか、デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチやリディア・ランチ、アンソニー・ボーデインといったアメコミとは無縁な作家たちの作品も取り込むようになり、それはそれは刺激的な作品を連発したレーベルだったのですよ。アクション主体の派手なスーパーヒーロー作品が乱発されていた90年代において、ヴァーティゴの作品であることはクオリティの高さが保証されていた証であったし、それは2000年代も同様であったと思う。俺自身もちょうど大学生になり、通常のコミックに食傷気味であったときにヴァーティゴに出会い、その奥の深い内容に夢中になったっけ。今でも本棚に並ぶペーパーバックの多くはヴァーティゴのものです。作品を積極的にペーパーバック化し、過去のストーリーも容易に読めるようにしたのもヴァーティゴが最初じゃなかったっけ。

ヴァーティゴのキャラクターが普通のDCユニバースに出るようになったというのは、それだけ一般のアメコミの表現規制が緩くなったというか、読者層が成熟したということで歓迎したい気もするものの、ヴァーティゴの諸作品に大きく感化された者としては、こうして一つの時代が終わってしまったことに何とも寂しい気がするのです。

個人的にお勧めするヴァーティゴ作品とそのストーリーアーク:
1、Hellblazer: Rake at the Gates of Hell
2、The Sandman: The Golden Boy
3、Death: The High Cost of Living
4、The Invisibles: Entropy in the U.K.
5、Shade The Changing Man: A Season in Hell
6、100 Bullets: Wylie Runs the Voodoo Down
などなどその他多数!

「Saga, Vol. 1」読了


「Y: The Last Man」のブライアン・K・ヴォーンがカナダの女性アーティストのフィオナ・ステープルズと組んで出した、イメージ・コミックスの新作シリーズのペーパーバック第1巻。おれちょっと前まではイメージの作品なんて殆ど興味なかったんだけど、先週の「The Manhattan Projects」といい最近は野心的な作品がいろいろ出てきてますね。DCコミックスのヴァーティゴ・レーベルが縮小気味なのにあわせ、ヴォーンやグラント・モリソンといった作家がイメージに移行しているような。

話は宇宙をまたにかけたスペースオペラで、翼をもち科学技術に頼るランドフォール人と、角があって魔法を操るリース人とのあいだにおける戦争は何世代にも渡って続き、他の惑星にも飛び火したことで銀河を2分する泥沼のような争いになっていた。そんなときランドフォール人のアラーナとリース人のマーコは戦場で出会い、敵同士でありながらも恋に落ちてヘイゼルという女子をもうける。しかし2人の結婚は両種族にとって大きなタブーであり、事態を重く見たランドフォールとリースの首脳部はそれぞれ2人のもとに刺客を遣わし、ここに親子3人の長く厳しい逃避行が始まることになる…というようなプロット。

原案はヴォーンが「スター・ウォーズ」に触発されてできたものらしいが、ハードSFのスペオペというよりも、魔法やモンスターのごとき種族がいろいろ出てくる事もあり「指輪物語」みたいなファンタジーの要素も強いかな。アラーナとマーコの逃避行に加え、彼らを追跡するランドフォールの王子(王族はまた別の種族で、頭部がテレビになったヒューマノイドの姿をしている)や、リースに雇われたザ・ウィルという二枚目半の賞金稼ぎの葛藤などが描かれている。銃と魔法によるアクションも多分にある一方で、戦時下の禁じられた愛や追われる者の悲しみといったペーソスが根底にあるのもストーリーに深みを与えているな。物語のナレーションをヘイゼルが過去形で語るという仕組みも、今後の展開に含みを持たせてくれて秀逸。

そしてストーリーに加えて、ステープルズのアートが大変素晴らしいのですよ。スタイル的には誰に近いんだろう?一時期のショーン・フィリップス?従来のアメコミではあまり見かけない間色系のカラーリングに加え、さまざまな種族を描いたセンス・オブ・ワンダーっぷりが大変素晴らしい。こんなアーティストがいたとは全く知らなかったよ。日本でも受けそうな画風だと思うが、ヘイゼルのナレーションがアート上にじかに書かれているのが翻訳の際のネックになるかな。

開始時から各方面より絶賛を受けているこの作品、第1巻は実質7話ぶんのボリュームながらアマゾンで1000円以下というお得さ。昼メシ抜いてでも買うことをお勧めします。

「The Manhattan Projects Vol. 1: Science. Bad.」読了


ジョナサン・ヒックマン&ニック・ピタッラによる、イメージコミックスで連載中のコミックのペーパーバック第一巻。

いわゆる架空歴史もので、話が始まるのは第二次大戦中の1942年。ドイツと日本の脅威に対抗するためにルーズベルト大統領の命を受けたレズリー・グローヴス准将は天才科学者を招集して「マンハッタン計画」を立ち上げる。これは世間的には原子爆弾を製造するための計画であったが、実際はそれ以上に驚異的な発明を研究するための極秘のミッションであった。そして亡命してきた科学者たちも計画に加わり、さらに地球外生命からの脅威が出てきたことで計画はあらぬ方向へと暴走していく…というようなプロット。

いちおう登場人物の大半は実在の人物なんだけど、みんな筋金入りのマッド・サイエンティストだし腹に一物もっていて、誰も善人がいないところが凄い。オッペンハイマーの正体は本物を食い殺した双子の兄(しかも多重人格者)だし、アインシュタインはパラレルワールドからやってきた悪人で、フォン・ブラウンは片腕サイボーグ。ハリー・ダリアンは放射能を浴びてガイコツになっているし、エンリコ・フェルミはもはや人間ではなくなっている。せいぜいリチャード・ファインマンがナルシストの若者として描かれてるのが普通なくらいか。彼らを指揮するはずのグローヴス准将はドンパチのことばかり考えているし、その上の大統領はルーズベルトが他界して人工知能に取り込まれ、後を継いだトルーマンはフリーメーソンの儀式に没頭してる無能として扱われている始末。

なお肝心の戦争のほうは第1話で日本軍が鳥居を用いたテレポート装置で殺人ロボット(本田宗一郎製作)を送り込んできたりするものの、そのあとすぐ原爆が落とされて意外と早く決着がついてるみたい。その後の冷戦でも政治家の意向を無視してソ連の科学者と手を組んで陰謀を企んだりしてるわけだが、今後の展開は政治家VS科学者になるんだろうか、それともニューメキシコで遭遇した異星人との戦いがメインになっていくんだろうか。伏線ばかりで話の方向性が見えないのが欠点といえば欠点だな。

なおニック・ピタッラのアートはジェフ・ダロウを彷彿とさせるものになっていて、細かくて神経質な感じがストーリーのピリピリとしたブラック・ユーモアに似合っていてとても良い感じ。日本人読者としてはこれから731部隊の石井四郎とか鬼畜ルメイあたりの登場を期待したいところですが、はてさて。