『Personality Crisis: One Night Only』鑑賞

マーティン・スコセッシ&デヴィッド・テデスキが監督した、ニューヨーク・ドールズ最後のメンバーであるデビッド・ヨハンセンことバスター・ポインデクスターのドキュメンタリー。

ニューヨーク・ドールズのドキュメンタリーといえば、ベースのアーサー・ケインの生涯を扱った大傑作「ニューヨーク・ドール」があるわけですが、あちらがケインの挫折から復活、そして急激な死までを時系列で追っていたのに対し、こちらはもっとルーズな作りになっている。ロックダウン直前の2020年1月、ヨハンセンの誕生日にニューヨークのクラブで行われた彼のライブ(観客にはデボラ・ハリーなどもいるぞ)で歌と与太話が披露され、それに過去のインタビューなどが挿入されていくスタイル。「ニューヨーク・ドール」で撮影されたモリッシーのインタビュー映像なども使われており、このドキュメンタリーのためにどれだけの映像が新たに撮影されたのか(さらに言うとスコセッシがどのくらい関わったのか)はよく分かりません。

NYパンクの始祖としてイギリスのパンクスにも大きな影響を与えたヨハンセンは、80年代に突然イメージチェンジをしてラウンジ・シンガー「バスター・ポインデクスター」を名乗って世間を驚かせるわけだが、日本の音楽雑誌でも当時は「これ、冗談でやってるよね?」という見方が多かったような。そのあとまたヨハンセン名義に戻ってドールズを再結成したりして成功を納めているわけだけど、さすがに年をとってくるとパンク野郎というよりもラウンジ・シンガーとしての姿の方が似合ってくるわけで、じゃあ今回クラブで歌ってるのはヨハンセンなのかポインデクスターなのか、というところが題名の「Personality Crisis」につながってくるんだろうな。披露される曲は(たぶん)ポインデクスター時代の曲が多いけど、最後はきっちりドールズの「Personality Crisis」を歌ってくれます。

ライブに挿入されるインタビューは、スタテン・アイランドで生まれ育った幼少期から、マンハッタンに移ってドールズを結成した話、そのあとザ・ハリー・スミスというバンドを結成したことやバスター・ポインデクスターを名乗ったことなどが語られていくけど、正直なところそんなに奥の深い話が明かされる訳ではない。とはいえ70代になっても声に非常に艶があって歌が素晴らしいのと、曲の合間で語られる思い出話が面白くて、2時間7分という長尺も気にならずに楽しめる内容だった。映画館で上映するよりも、バーで酒でも飲みながら観るのに適した作品。

「SOMETHING IN THE DIRT」鑑賞

SPRING(モンスター)」「THE ENDLESS (アルカディア)」「シンクロニック」など、ちょっとオカルトっぽいSF映画ばかり作っているジャスティン・ベンソン&アーロン・ムーアヘッドのコンビによる最新作。

舞台はロサンゼルスの安アパート。そこに引っ越してきたばかりのリーヴァイは、長年住んでいるというジョンに家具運びの手伝いなどをしてもらう。その際にリーヴァイのクオーツの灰皿が勝手に動き謎の光を出していることに気づいたジョンは、その怪現象についてドキュメンタリーを撮影しようとリーヴァイに持ちかける。しかし撮影時にふたりのカメラは故障し、さらに謎の地震や記号などが現れ、ふたりのドキュメンタリー撮影は意図しなかった展開を迎えるのだった…というあらすじ。

「アルカディア」同様に主人公ふたりを監督たちが演じていて、ベンソン演じるリーヴァイはモリ突き漁が趣味のバーテンダーで、ムーアヘッド演じるジョンは元数学教師のウェディング・カメラマンという設定。ふたりともお互いに言えない秘密を抱えており、「信頼できない語り手」の役を担ってもいる。

「アルカディア」は田舎のカルト集団の土地で男性ふたりが奇妙な現象に出会う話だったが、今回はロサンゼルスという大都市において怪現象に見舞われる内容になっている。空中浮遊から怪電波からシンクロニシティまで、いろんなオカルトというか陰謀論がわんさか詰まっていて、そういうのが好きな人は相当楽しめるんじゃないですか。ちゃっかりテルミンも出てくるぞ。LAを舞台にした謎の陰謀論の話、という意味では「アンダー・ザ・シルバーレイク」に似ているかもしれない。あれよりもっとホラーっぽいけど。

難点があるとすればやはりラストで、それまではいろんな怪現象が出てきていろいろ面白いのだけど、話のまとめ方がどうもそっけないというか。この監督たち、どの作品も話のまとめ方がなんか残念なんだよな。

なおラストといえば、これ米HULUで観たのだけどエンドクレジットのあとにテキストレス・マテリアルの映像が数分流れるんですよ。海外向けに、英語のテロップや字幕が出てきた部分だけ抜粋した白素材で、代わりに英語以外の言語テロップを載せて本編中に差し替えるやつ。普通の映画だったら、あー配信業者がここカットせずに最後の部分をあわせてエンコードしてしまったのかな、と考えるけど、この映画に関しては内容がメタっぽいところもあり、わざと最後の白素材を残したのかと思ってしまった。実際はどうなんだろう。

この監督ふたりの作品としては、今までやってきたことの集大成的な内容で結構楽しめた。次はどんなアイデアで勝負するか期待してます。

「アントマン&ワスプ:クアントマニア」鑑賞

感想をざっと。ネタバレ注意。

  • ペイトン・リードによるアントマン3作目ということで、さすがにもう「当初の予定通りエドガー・ライトが撮ってたらどうなってたか?」と思うことはなくなったものの、今回はマーベル映画よりもディズニーのファンタジー映画のような内容であった。
  • MCU映画のフェーズ3は「エンドゲーム」のクライマックスの余韻にずっと引きずられていたというか、全体的な明確な脅威がないままヒーローたちが各々のトラブルに対処していたような印象があったけど、今回も(少なくとも冒頭は)世界的な危機が起きるわけでもなく、単に主人公の娘が発明した装置によってみんなが騒動に巻き込まれるというほのぼの(?)したものだったし。
  • この危機感のなさが最近のマーベル映画にありがちな、アクションは多いもののストーリーの起伏に乏しく、最後はとにかく大人数の派手なバトルをやって締めくくるパターンに陥ってた気がする。
  • それでやはりアントマンって大作映画の主役を飾るにはちょっとインパクトが弱いキャラクターなのですよね。戦闘に特化した能力があるわけでもなく、今回は縮小するよりも巨大化してサイズにものをいわせたアクションが多かったな。そのため前作まであった「巨大化するとえらく疲労する」という設定がうやむやになっていた。
  • それとマーベル映画の全体的なルールになっているのではと思うけど、例によって「中の人が話すたびにヘルメットが外れる」のが気になって仕方なくて…アントマンやワスプのヘルメットのデザインは好きだし、被ったまま会話したって構わんのだが。
  • MODOKもマスクつけてましたね。まああれは中の人の正体を隠しておく理由もあったのだろうけど。これであのキャラクターに興味を持った人は、妻子持ちの男性の悲喜劇を描いた傑作であるTVシリーズのほうもチェックしてください。
  • アリたちが活躍するが、女王アリはどこにいたのだろう。あとアリ社会は女王もいるし社会主義じゃないと思うぞピム博士。
  • 出演者はね、やはり話が凡庸でもポール・ラッドの魅力が全体に貢献しているなあと。これからマーベル映画のメイン・ヴィランになるらしきカーンも、サノスなどに比べると扱いが難しいキャラだろうが、ジョナサン・メイジャーズが好演していた。一方でもはや伝統になった「あの意外な役者がMCU映画に出演!」枠はストーリー的にあまり貢献しなくなってるので、もう止めてもいいんじゃないの。
  • 今回からMCU映画のフェーズ4の開始ということで、まだ序盤戦的な立ち位置とはいえ映画としての出来はあまり良くないものであった。これからカーンを軸とした展開をしっかり盛り上げていかないと、さすがにファンの間でもMCU疲れが深刻化してくるのではないかと勝手に思ってしまうのです。

「イニシェリン島の精霊」鑑賞

感想をざっと。

  • 今までのマーティン・マクドナーの作品って過度なバイオレンスとブラック・ユーモアが特徴的で、同じくアイルランドにルーツのあるガース・エニスのコミックに通じるものがあるなと思ってたが、今回は(没になった)舞台劇がベースになってるとかで、従来の作品以上に舞台劇っぽさがあって、特にサミュエル・ベケットの不条理演劇に通じるものがあるかな、と思った次第です。作品の冒頭からコルムがパードリックを説明もなく無視して、観客もなんだこれ?といった気にさせるところとか、ベケットっぽくない?
  • まあそのあとにコルムからもそれなりの説明があるし、老いや創造性の減衰に対する危機感とか、人間関係における乖離とか、いろいろな見方はできるのだろうけど、あまり深掘りせずに不条理演劇として観るのが良いのではと思った次第です。
  • マクドナーの作品としては意外にも、初期短編の「SIX SHOOTER」以来のアイルランドを舞台にした作品になるのか。個人的に90年代にアイルランドに住んだこともあり、イニシェリン島の姿がゴールウェイやドニゴールとかでこんな風景あったよねー、と思い出しながら見ていて面白かったです。時代設定にあるアイルランド内戦って、ブレンダン・グリーソンも出ていた「マイケル・コリンズ」で描かれたように首都ダブリンとかでは大規模な戦闘が行われた印象だが、イニシェリン島のある西部でも爆音が聞こえるくらいの戦闘があったのかな。
  • なお今までアイルランドを舞台にした映画って、封鎖的な環境に嫌気がさした若者が東のイギリスに渡るという内容が多かったので(「シング・ストリート」とか)、さらに西にある孤島の若者が、進展を求めて東のアイルランド本土に渡るという展開はちょっと衝撃的だった。あそこ小さな国だから、どこ行っても同じような感覚があったので。
  • 出演者はブレンダン・グリーソンもコリン・ファレルもマクドナー映画の常連だから特に言うことないわな。バリー・コーガン キオーガンの演技も悪くないけどアカデミー賞にノミネートされるほどかな?という印象。「トロピック・サンダー」の教えに沿ってFull Retardにならなかったのが票を集めたのでしょう。彼よりもパードリックの妹役のケリー・コンドンのほうが演技はずっと良かったな。
  • というわけで万人向けではないにしろ、硬派なブラックユーモアが味わえる作品。個人的にはマクドナーの前作「スリー・ビルボード」よりも良かった。あの青いセーターが暖かそうで欲しいな。

「RED ROCKET」鑑賞

フロリダ・プロジェクト」のショーン・ベイカー監督でA24製作の映画。2021年末に公開されてたのをやっと観た。

舞台はテキサス州のテキサスシティという小さな港町。カリフォルニアでポルノ男優をやっていたマイキーは職にあぶれ、文無しの状態で故郷のこの町に戻り、元妻の家に居候することになる。まともな職歴がないことからそこでも仕事にありつけず、マリファナの販売に携わることになった彼は、ドーナッツ店で見かけた少女レイリーに惹かれ、彼女と共に再びカリフォルニアに向かうことを夢見るのだが…というあらすじ。

プロットらしきプロットはあまりなくて、憎めない奴なんだけど徹底的なダメ男であるマイキーを中心に、家でタバコ吸ってるだけの元妻とその母親や、隣人のボンクラ男、マイキーを信用してないマリファナの売人などといった、貧しい地域に住む人たちの生き様が描かれていく。全体的にはドタバタが強調されたコメディドラマといった感じかな。

「フロリダ・プロジェクト」もそうだったがショーン・ベイカーってこういう貧困層の人たちの描写が上手くて、ハリウッド映画では見かけない層の人たちが出てくるのが逆に新鮮なのよな。imdbによると製作費はなんと1100万ドルという信じられないくらいの安さだが、それでもちゃんとフィルム撮りしていて、石油タンクの立ち並ぶ夕暮れの街並みとかがすごく美しかった。

出演者も「フロリダ〜」同様にズブの素人が多く、レイリー役のスザンヌ・ソンはほぼ無名の役者だし、他の出演者は監督に道で呼び止められて出演することになった、という人もいるみたい。マイキー役のサイモン・レックスって実際に無名時代にポルノ男優やってたらしく、その後はダート・ナスティー名義でラッパーやったり、「最終絶叫計画」シリーズに出たりと、正直なところパッとした活躍のないまま今に至ってるような人のようだけど、この作品ではそうした実生活での苦労が滲み出た見事な演技を見せてくれているのが素晴らしい。マイキーはポルノ男優やっていた過去を自慢しつつも、今はクスリがないとモノが立たないような状態で、未成年のレイリーをポルノ業界に誘うことに何の悪気も感じてないような奴なのだが、そんなモラルに欠けた人物を絶妙に演じております。

いつものことながら、ダメ男が主人公の映画は個人的に嫌いになれないのですが、自分と同い年のサイモン・レックスが演じるマイキーがとことんダメなこの映画、親近感を超えて哀愁まで感じさせる出来であった。この作品の高い評価を受けてレックスには役のオファーが相次いているようで、彼のこれからの活躍に期待しております。