「SECRET ORIGIN: THE STORY OF DC COMICS」鑑賞


DCコミックスの75周年にあわせて作られた、DCの歴史を網羅したドキュメンタリー。ナレーションは新グリーン・ランタンのライアン・レイノルズ。

1930年代の黎明期から時代を順におって会社の歴史が語られていく内容になっていて、当時の映像がふんだんに用いられているほか、デニー・オニールやジェラルド・ジョーンズ、チップ・キッド、マーク・ウェイド、ルイーズ・サイモンスン、ニール・ゲイマン、相変わらずキザな口調のニール・アダムス(地球空洞説信者)、そして相変わらず何言ってんだか聞き取れないグラント・モリソンといった関係者へのインタビューが行われている。

パルプ雑誌を出していた出版者がコミックを雑誌の形態で売り出そうとしたところから話は始まり、クリーブランドの貧しいユダヤ系のSFオタクの少年2人が、自分たちの夢を託した超人スーパーマンを生み出し(ここのくだりは何度聞いてもゾクゾクする)、ニューヨークでは派手好みのビル・ケインが闇と戦うプレイボーイのバットマンを描きあげ、男性主体のコミック界を危惧した心理学者のウィリアム・マーストンがワンダー・ウーマンを創造するあたりは、20世紀の神話が作られていくようで本当に魅了される。

そして戦地の兵士たちにも送られていたスーパーヒーロー・コミックは40年代に史上最高の売上を記録するのだが、50年代になると犯罪もののコミックに押されて下火になってしまう。しかし名編集者ジュリアス・シュワルツのもとでSF色を強くした作品が連発されてシルバー・エイジが幕を開け、それから60~70年代には公民権運動の高まりにあわせてオニールやアダムスといったヒッピー指向の若手アーティストたちによって社会派の作品が生み出され、さらに80年代にはレーガン政権やサッチャリズムへの反抗としてフランク・ミラーやアラン・ムーアといった鬼才たちによる作品が登場していく。その影響でヒーローたちはどんどん暗くなっていくわけだが、その流れに逆らうようにマーク・ウェイドとアレックス・ロスの「キングダム・カム」が登場し、911テロの悲劇のあとにスーパーヒーローたちの意義が見直されることになる、というような紹介になってたかな。

紹介されている内容は決して目新しいものではなくて、すでにいくつもの書籍やインタビューで語られていることなんだけど、アーカイブ映像や実際のコミックのアートとともに紹介されるとダイナミックさがあって良かったよ。一見すると何十年も前から変わってないようなキャラクターたちが実は時代の流れにあわせていくつもの変化を遂げてきたことや、コミックだけでなくラジオやテレビ、映画といった媒体を通じて世間に認知されていったことがよく分かる内容になっていた。明らかに万人向けのドキュメンタリーではないけど、アメコミの歴史を知りたい人には格好の作品かと。

「ウィンターズ・ボーン」鑑賞


こないだの東京国際映画祭でも公開されたやつ。

ミズーリ州オザーク山地のさびれた田舎に住む17歳の少女リーは、メタンフェタミン作りをやっていた父親が仮出所後に失踪したため、幼い弟と妹、および心を病んで口もきけない母親を1人で養っていた。そんな彼女のもとに保安官が現れ、リーの父親が彼女たちの家を保釈金の抵当に入れたため、もし彼が裁判所の出頭命令に従わなければ家が没収されると告げる。家がなければ一家が生活する術がなくなるため、リーは父親を捜し出すことを決意するのだが…といったストーリー。

父親を捜すというプロットがあるものの、車を持ってない主人公の行動範囲が極端に限られてるため、ガムシュー的な要素は殆どなし。とりあえず身内に父親のことを聞き回ってみたら、彼らが気の毒に思っていろいろ助けてくれた、という展開が多かったような。特にジョン・ホークス演じるリーの伯父が準主役的な扱いになっていて、トラブルに関わるまいとしつつも彼女を助けてくれる姿の演技が重々しくて大変良かった。リーを演じるジェニファー・ローレンスの演技も良かったぞ。

田舎を舞台にしたノワールということではコーエン兄弟の「ファーゴ」とか「ブラッド・シンプル」とかに似てるとも思ったが、あそこまでスタイリッシュな雰囲気はなし。ただしさびれた土地での貧しい暮らしの光景はうまく描かれていた。「リス銃」というのが出てきて何でそんな名前なのかと思ってたら、本当にそれでリスを撃って食べてるのには驚いたな。あれって病原菌の塊だと思ってたので。金もなくて職もなくて、手早く金を得るためには麻薬を売るか軍隊に入るしかないアメリカの貧民たちの現状も、これを観ればよく分かるかも。

アメリカでは批評家たちに大絶賛されてる作品なので、それなりに期待して観たのですが、そこまで出来の良い作品だとは思わなかったな。主人公たちの生活があまりにも自分たちにとって異質すぎるというのがあるのかも。でも悪い作品ではないですよ。

「スプライス」鑑賞


「CUBE」のヴィンチェンゾ・ナタリの新作。

研究機関で働く科学者のクライヴとエルサは恋人同士であり、動物の遺伝子操作(スプライス)を行うことによって全く新しい人工生物を生み出し、そこから薬品の製造に必要なプロテインを採取する研究を行っていた。さらに彼らは周囲の目を盗み、人間の遺伝子が混合された禁断の人工生物を生み出すことに成功する。最初はすぐに死んだかと思われたその生物は急激な速さで成長し(これ人工生命もののお約束ね)、やがて人間の子供のような外見を持つようになったことからドレンと名付けられる。しかし成長を続けるドレンを研究所のなかで隠しきれなくなったことから、エルサの生家で現在は無人になった農場へとドレンは連れて行かれる。そこでも成長を続け、人間のごとく知性を取得していくドレンだったが、『彼女』には恐るべき秘密があった…というのがおおまかなプロット。

何というか真面目なSFとB級ホラーの境界線上にあるような作品。ドレンの謎めいた行為がリアルかつ不気味にきちんと描かれている反面、主人公2人の行動がちょっと間の抜けたものに見えなくもない。話の冒頭ではきちんと防護服を着て胎児状態のドレンの観察を行ってたりするのに、少し大きくなったら隠れ場所の多い納屋に入れて放置しておくというのは怠慢だろう。ドレンの尻尾の先に毒針が仕込まれてるのにも対処してないし、しまいにはドレンとXXしてしまうほど『彼女』に翻弄されてやんの。おかげで本業のほうは疎かになっているし、あんたら本当に頭のいい科学者なのかと。

またドレンが高度な単語を理解していることが明らかにされたり、エルサが複雑な家庭環境で育って、その経験をドレンの育成に反映させていることが示唆されたりしてることから、人間と人工生物の境界線はどこなのかというテーマをもっと掘り下げれば面白くなったんだろうが、結局のところモンスター・パニック的な展開におさまってしまったのが残念なところではある。

それなりに金のかかってそうなCGを多用し、スター級の俳優(エイドリアン・ブロディとサラ・ポリー)を起用した一方で、登場人物が非常に少なく、低予算映画であるという雰囲気は否めないわけだが、今後のナタリはもっと大作指向になっていくんですかね。というのも彼の今後のプロジェクトとして「ニューロマンサー」をはじめ「スワンプ・シング」とか「ハイ=ライズ」といったマニア垂涎の作品の映画化が噂されているので、このままカナダのカルト的監督という立場にとどまらず、でかい作品を1本ガツンと作ってほしいところです。

「TEETH」鑑賞


前からちょっと興味のあった、2007年のサンダンス系映画。本国だとホラーコメディとして紹介されてるんだけど、コメディ色は殆どなくて文字通り痛いシーンのあるホラーであったよ。

田舎の高校に通うドーンは病弱な母親とボンクラな義兄のいる家庭に育ちながらも、敬虔なクリスチャンとして純潔運動を説き、当然ながら自分の貞操をひたすら守る真面目な少女だった。彼女はトビーという同級生とねんごろな仲になりつつも、婚前の性行為はどうにか避けようとしていたのだが、我慢ならなくなったトビーによって半ばレイプのような形で挿入行為をされてしまう。しかし次の瞬間、トビーは股間が血みどろになって苦悶の呻きをあげていた。なんとドーンの女性器には鋭い歯が生えており、それで男性のモノを噛み切ることができるのだった。予想もしなかった自分の能力(?)に戸惑いを隠せないドーン。しかし彼女がその能力を使いこなせるようになってからは状況が変わって…というようなお話。

「歯の生えた女性器」を意味する「ヴァギナ・デンタタ」という概念は劇中でも言及されるように昔から存在してたらしいんだが、寡聞にして知らなかったよ。「ドクター・アダー 」というSF小説にこれと似た展開が出てきたっけ。監督のミッチェル・リキテンシュタインはロイ・リキテンシュタインの息子でゲイな人らしいが、ゲイだからこういう発想が出てきたのかな。まあストレートな男性が観たほうが怖い思いをする作品ではあるが。男性器を噛み切られたからって必ずしも死ぬわけではないが、男としての存在理由のようなものが瞬時に消え去るというのは興味深いところですね。

ただし全体的に展開がまどろっこしいところがあって、主人公以外の人物の描写も薄っぺらいし、性的な目覚めを経験する若者たちの描き方なども物足りないところがあるのは確か。B級ホラーとして割り切ってしまえば十分楽しめるのだけど、カルト映画というかジェンダー研究の対象として優れた作品になった可能性があっただけに中途半端な出来になってしまったのが残念。クローネンバーグが監督してたらたいへん面白い作品になっていただろうに。ただドーン役のジェス・ウェイクスラーの演技は大変素晴らしいですよ。もっと注目されていい役者さんだと思う。

「CEMETERY JUNCTION」鑑賞


オリジナル版「THE OFFICE」(もちろんイギリスのやつだ)を作ったことで知られるリッキー・ジャヴェイスとスティーブン・マーチャントが監督した劇場映画。コメディなどではなくとても真面目なドラマだった。

舞台となるのは1973年のイギリスはレディングの片田舎。工場で働く父親(ジェヴェイス)を持ち、労働者階級の生活から逃れ中流になろうと保険会社に入社するフレディと、彼の父親と同じ工場で働く不良少年のブルース、駅で働いていて女の子にはさっぱりモテないスノークという3人の若者を中心に、彼らが親と同じ道を歩むまいとあがきつつも、貧しい家の出であるために大したことが出来ないという閉塞感を、当時の流行曲をふんだんに使いながらノスタルジックにうまく描き出している。

ジャヴェイスが育った土地と時代を描いているため、彼の体験が多分に反映されているほか、当時のイギリス映画のオマージュ(パスティーシュ?)もいろいろ含まれてるんだとか。俺はあまりそこらへんの映画に詳しくないんでよくわかりませんが。カミング・オブ・エイジものとしてはお決まりの展開が多くてクサい場面もあるんだけど、感情的なシーンとかはきちんとツボをおさえて撮ってあるのでシラけてしまうこともない。カメラワークなんかも巧いくて、ジャヴェイス&マーチャントといえばドキュメンタリー風の撮影スタイルのイメージが強かったので、ダンス・ホールのシーンなんかはとてもよく撮れていて驚かされたぞ。

出演者についても主人公の3人およびヒロインが活き活きと演技しているし、レイフ・ファインズやエミリー・ワトソンといったベテランが脇を固めていて手堅い演技を見せてくれる。ただし主人公の父親を演じるジャヴェイスはちょっと浮いていたかな。やはり彼はコメディアンとしての印象が強すぎるので、今回は監督に徹したほうが良かったかもしれない。

あまりにもイギリス的な内容のせいかアメリカでは劇場公開が見送られ、日本においてはいつ観られるのか分からないような小品ですが、十分に楽しめる映画でしたよ。