「The Invention of Lying」鑑賞

イギリス版「THE OFFICE」の主役で、こないだゴールデン・グローブの司会も務めたリッキー・ジャヴェイスが主演・監督・脚本を手がけた作品。誰もウソをつくことができず、思ったことをそのまま口にしてしまう架空の世界を舞台にしたコメディになっている。

主人公のマークは40代になっても恋人がおらず、何をやってもサエない小太りのダメ男。仕事をクビになった彼は家賃が払えずにアパートを追い出されそうになるが、有り金をすべて降ろそうと向かった銀行で頭のなかが突然ひらめき、歴史上の誰もが思いつかなかった「ウソをつく」ということをやってのける。周りの人は彼が口にすることはすべて真実だと思ってしまうため、ウソをつくことで巨額の富を手にするマーク。さらに彼は意中の女性であるアンナにウソを使って近づこうとするが、老人ホームにいる自分の母親が危篤状態になったことをデート中に知らされる。死んで無に消えることを恐れる母親にウソをつき、死後の世界では誰もが幸せになると伝えるマーク。こうして母親は安心して息を引き取ったものの、そのウソが世界中に広まったことから、死後の世界について知りたい人々がマークのもとに押しかけてきてしまう…というのがおおまかなプロット。

話のヒロインであるアンナをジェニファー・ガーナーが演じるほか、ルイスCK、ジョナ・ヒル、ティナ・フェイ、クリストファー・ゲスト、ジェイソン・ベイトマン、ジェフリー・タンバーなどといった現在のコメディ界を代表する面子がいろいろ登場するのは立派。さらにはフィリップ・シーモア・ホフマンやエドワード・ノートンなんかもチョイ役で出てるぞ。ただし主人公の恋敵を演じるロブ・ロウが「ハンサムな男」という設定はどうよ。ずいぶん肌荒れがひどかったぞ。

アメリカでは公開時に「宗教にケンカを売っている!」とちょっと話題になったらしいが、確かに主人公が皆を説得するために「空にいる万能の人」の話をデッチあげたり、悪いことを3回やると天国に行けなくなるなんて話を説いたりして不本意ながら宗教を築き上げてしまうあたりは宗教の風刺になっているかな。ただ風刺としても恋愛ものとしても中途半端なところが多くて、90分ほどの短尺ながら話があちこちにフラついて一貫性に欠けてしまったのが残念。

コメディとはいえ腹を抱えて大笑いするようなタイプのものではなくて、シュールな設定の世界でオフビートなジョークが展開されていくさまは、60〜70年代のイギリスのコメディ、特にリンゼイ・アンダーソンの「オー!ラッキー・マン」あたりを連想させたかな。笑えはしなくても話がツマらないところはないし、悪くはない小品。これでジャヴェイスは監督としてもハリウッド・デビューしたわけで、次回作の「Cemetery Junction」にも期待したいな。

「EXTRACT」鑑賞

あの素晴らしき前作「IDIOCRACY」が着実にカルト的人気を集めている(しかし日本ではあの邦題のせいで…)マイク・ジャッジ師匠の新作。トレーラーはこちら

話の舞台となるのは、植物などの成分を抽出(エキストラクト)してエキスを作っている小さな工場。そこの創業者であり社長であるジョエルは、商売が順調で大企業からの買収も持ちかけられていることに満足していたが、その一方では妻のスージーがセックスをさせてくれないことにフラストレーションを感じていた。そこで彼は不倫をしようかと考えるのだが、妻に罪悪感を抱かないために、まず彼女に不倫をさせようと自称ジゴロのバカな若者を妻に差し向けることに成功する。また工場では作業員たちの些細な不満がたまったことで事故が発生し、職員の一人がキンタマを片方失う不運に見舞われてしまう。企業に工場を買わせるためできるだけ早急に事故の処理を済ませようとするジョエルだったが、事故に遭った職員に美人詐欺師が近づいて工場に多額の訴訟を起こさせてしまい…というようなストーリー。本当はもうちょっとややこしいんだが、まあいいや。

マイク・ジャッジの最大の強みといえば何といっても「バカの描写」だが、今作もいろんなバカが登場するぞ。しかし「イディオクラシー」ではバカたちが話の要となって1つのストーリーを前に進ませていたのに対し、今作では同時に展開するプロットが多すぎるうえ、それぞれにバカが出てくるものだから1つ1つのプロットが散漫になってしまい、どれも話にヒネリがないままストレートに終わりを迎えてしまうような感じ。また愉快なバカと不愉快なバカがいるとしたら、今作は不愉快なバカばかり出てくるのが問題かな。隣人とのエピソードなんかはまるごと削除しても良かったのに。

褒められる点はキャスティングの絶妙さで、会社と部下の管理に四苦八苦するジョエルの役にジェイソン・ベイトマンがハマってるのは当然としても、彼の右腕を演じるJ・K・シモンズや妻を演じるクリステン・ウイーグも好演してるし、美人詐欺師を演じるミラ・キュニスが意外に良かった。彼女って単に外見だけの人かと思ってたので。一番素晴らしかったのは豪腕弁護士をKISSのジーン・シモンズが演じてたことで、あの強面で無理な条件を突きつけてくる姿は異様な雰囲気を醸し出していたな。主人公の友人を演じるベン・アフレックはハズレでしたが。

話の落としどころはちゃんとわきまえているし、そんじょそこらのコメディ映画よりかは面白いものの、主人公をあまりにも常識人にしてしまったためシンパシーの対象となり、彼が見舞われる災難について笑えなくなってしまったのが大きな欠点かな。マイク・ジャッジは去年製作したTVシリーズ「The Goode Family」もハズしているので、次回作が「IDIOCRACY」並みの傑作になることに期待したいところです。

「ハート・ロッカー」鑑賞

今日のゴールデングローブ授賞式でもおそらく何かの賞を穫るであろう、今年の賞レースの目玉作品。イラク戦争の初期(2004年)を背景に、都市部のあちこちに隠された手製爆弾の解除にあたる部隊の姿を描いたもの。

とにかく爆弾がバンバン爆発する映画で、地面や荷物や車に隠された爆弾がいつどこで爆発するか分からず、登場する人たちもどんどん死んでいくために次の展開がまるで読めないうえに、爆弾の解除をしている周りにリモコンの起動装置を持ったテロリストが潜んでいるかもしれないという要素が加わり、非常に緊張感に満ちた場面を作ることに成功している。

このように各場面はとてもスリリングで、夜中の追跡劇のシーンとかも手に汗握る演出になっているのだが、そうした各場面をつなぎ合わせる軸となるようなプロットはあまり存在してなくて、主人公たちの任務と日常が次々に描写されるような展開になっている。「フルメタル・ジャケット」の後半に似ているといえば分かってもらえるかな。印象的なシーンはいくつもあるものの、全体を貫くストーリーはないというか。少なくとも「プライベート・ライアン」のような「映画の終わりまでに捕虜を救出する」といった時間制限が絡んだような緊張感はなかったな。これってイラク戦争の終わりが見えていないことにも関係しているのかもしれない。

ジェレミー・レナー演じる主人公は今までに何百もの爆弾を解除してきたプロという設定で、その常識とは異なる手段での爆弾処理は彼を一匹狼的な存在にしていて、ふざけた奴のようで仲間想いのところもあるし、連日の爆弾処理によって極度のストレスも感じていることが描かれている。そうしたストレスを感じる一方で、戦争が与えてくれるスリルの中毒になっていることが示唆されるんだが、いかんせん無口なうえに落ち着きすぎているので、彼の内面が分かりにくいところがあるかな。

あとイラク戦争に関する予備知識がないと、ちょっと話が掴みづらいところがあるかもしれない。主人公が着ている防護服は爆弾に対してどれだけ効果があるのかとか(万能ではないことが冒頭で描写される)、なぜテロリストはリモコンですぐ爆弾を爆破しないのかとか、そこらへんは観てて疑問に感じた点だった。

あとね、やっぱり非アメリカ人が観ると主人公の兵士たちに感情移入できないところがあるのですよ。ストレスがどうだとか、こんな所にはもういたくないとか言ってるけど、人さまの国を勝手に侵略しておいて勝手なこと言ってんなよと。あんたらよりもイラクの住民のほうが迷惑してんだってば。というわけで少なくともアカデミー賞の作品賞にはノミネートされるだろうし、受賞することも十分あり得る作品であるわけですが、個人的には今シーズンのベスト作品というわけではなかったな。あと日本ではいつ公開されるんだろう。本来ならば昨年公開される予定だったんだけどな。

「BIG FAN」鑑賞

「レスラー」の脚本家、というよりも「オニオン」の元編集長としてチェックしているロバート・シーゲルの初監督作。

スタテンアイランドに住むポールは36歳になっても口うるさい親と同居し、駐車場のブース係としてしがない生活を続けているサエない男。そんな彼にも唯一情熱を注ぎ込めるものがあって、それはNFLのニューヨーク・ジャイアンツのファンとしてチームを応援することだった。試合のチケット代が払えないため親友のサルとスタジアムの外でテレビ観戦するような有様でも、彼のジャイアンツに対する愛情は変わらず、ラジオのスポーツ番組へ電話をしてジャイアンツへの応援コメントをすることが彼の生きがいだった。

そんなある日、ポールはジャイアンツのクオーターバックであるクアンテル・ビショップを偶然見かけてしまう。憧れの選手を間近に見て感激したポールはビショップの車を追いかけてマンハッタンまで行き、勇気を振り絞ってビショップに声をかけるものの、皮肉にもストーカーだと誤解されて彼に暴行を受けてしまう。そして重傷を負って病院で目覚めるポール。ポールの家族や警察はビショップへの告訴を勧めるが、この件によりビショップは出場停止となりジャイアンツは負けが込むようになる。暴行されたとはいえジャイアンツへの愛が消えないポールは周囲の声を無視してビショップを告訴せず、以前の生活に戻ろうとするが…というのが大まかなストーリー。

アメリカでは「タクシー・ドライバー」と比較されてるようだけど、主人公が悶々とした生活を送っているという点が似ているかな。外部の圧力にもめげずに「変化しない」ことを選ぶ主人公というのは珍しいといえば珍しいか。とはいえポールの日常というのは上記したように決して満ち足りたものではないわけで、自分が唯一愛情を注ぎ込めることにどこまで執着できるかというのが作品の大きなテーマになっている。

こういう場合は主人公にシンパシーを抱けなければ一発で作品は崩壊してしまうわけだけど、暗い話が続く展開ながらもポールへの共感を失わせないことに成功していると思う。ポールがだんだんサイコ気味になってきて、「タクシー・ドライバー」的展開になるか?と思わせておいて別のところに着地するラストも面白い。

主演のパットン・オズワルトは「レミーのおいしいレストラン」のレミー役をやったコメディアンで、彼のスタンドアップとかは聴いたことないんだけど、半端じゃない映画の知識をもっていて映画祭を編成してたりするので多分にリスペクトしてる人なのですが、今作ではあくまでも真面目にポールの役を演じきっている。映画としてはさすがに「レスラー」には遠く及ばないものの、初監督作品としては手堅い出来になっているんじゃないでしょうか。スポーツがテーマの映画なのに、予算を抑えるためか試合の映像を一切使っていない演出も巧いな。アメフトという題材は日本人にちょっと受けにくいかもしれないが、アニメであれゲームであれ情熱を注ぎ込めるものを持ったダメ男なら共感できるところがある作品なので、機会があれば観てみてください。

「The Yes Men Fix the World」鑑賞

八木の野郎からもらったDVDで。カルチャー・ジャミングのコンビ「ザ・イエスメン」を追ったドキュメンタリーの第2弾。最初のやつは昨年日本でもテレビ放送されましたね。

内容としては前作のあとにイエスメンが行った様々な活躍を順に紹介していくものになっていて、ダウ・ケミカルの社員のふりをしてボパール化学工場事故の賠償を行う、とBBCの番組で発表したのを皮切りに、エクソンやハリバートン、ニューオリンズでの住宅都市開発省などを標的にして彼らなりの茶化しかたで大企業の強欲ぶりを暴いていく。「災害は企業にとって良いものです」といった彼らの偽のプレゼンに賛同し、サバイバボール(上の写真のコスチューム)を真に受けて「テロ対策の商売にいいですね」なんて言ってくる企業の職員がいるのには失笑を禁じ得ない。

作品の全体的なテーマとしては「アンチ自由放任主義」があって、ミルトン・フリードマンが唱えた「規制なき市場」のモデルにのっとって企業が利益ばかりを追い求めた結果、貧しい人々が増えて苦しむことになったとイエスメンは厳しく指摘している。末端の人間とか環境保護のことを考えずに利益の追求と市場の開放を求める企業の人間や、彼らに雇われた経済学者のコメントもいろいろ出てくるんだけど、ああいうのを聞いてるとなぜ中国が経済成長を続けてるのかがよく分かるような気がしますね。

とまあ笑えるところは笑えるし、考えさせられるところは考えさせられる作品なんだけど、前作に比べるとなんか地味というかのっぺりとした印象を受けるんだよな。これはたぶん前作はプロのドキュメンタリー作家であるクリス・スミスが監督を務めてたのに対し、今回はイエスメンたち自身が監督しているためで、撮影はビデオ撮りだしカメラのアングルが変だしナレーションが自意識過剰気味だし、なんかアマチュア映画を観ているような気になってしまう。前作が劇場での鑑賞に堪えうる作品だったとすれば、今回のはテレビ特番といった出来かな。

ただし前作に比べて良かったのは「あなたたちの冗談のおかげで貧しい人たちが偽りの希望を抱いたと思わないんですか?」と指摘された彼らが、実際にボパールやニューオリンズの住民たちに会いにいくところで、住民たちはイエスメンを怒るどころか彼らの行為を賞賛してくれたというのが興味深かった。

こうして様々な場所に登場したイエスメンだが、彼らが出番を前にして緊張しているところとか、プレゼンの直後に正体がバレて詰問され、うろたえている姿なんかもこの作品では映し出されている。彼らが有名になるのに伴って正体がバレる可能性は高くなってくるわけで、彼らの活動はそろそろ大きな転換期を迎えているんじゃないだろうか。こないだやった偽ニューヨーク・タイムズの配布というのは新しい手段ではあるもののそんなに繰り返せないだろうし。

何にせよ我々庶民にとっては、彼らのように大企業をコケにしてくれる存在がいるのは大変頼もしいことなので、このまま逮捕されたりせずに神出鬼没の活躍を続け、この「イエスメンが世界を直す」に続くドキュメンタリーの第3弾をぜひ作ってほしいところです。