「MAN ON WIRE」鑑賞

今回のアカデミー賞ドキュメンタリー部門賞の最有力候補「MAN ON WIRE」を観る。

これは1974年に世界貿易センタービルの2つのタワーのあいだで綱渡りを行ったフランスの軽業師フィリップ・プティの物語で、歯科医の待合室にあった雑誌で完成前の貿易センターの写真を目にした若きフィリップは、その瞬間に自分の夢が何であるかを悟り、貿易センターでの綱渡りを達成するためにひたすら突き進んでいく。金とか名誉とかとはまったく関係なしに、ただ純粋に自分の夢を追いかけて期待に胸をふくらませるフィリップの姿が素晴らしい。とはいえ彼は盲目的に夢を追ったわけではなく、何度もニューヨークに渡っては貿易センターの研究を重ね、時には記者を装ってタワーの屋上で写真を撮ったりして綿密に計画を重ねていく。そして仲間たちとともに貿易センターに侵入し、機材を屋上に運びこみ、ガードマンの監視をくぐり抜けながら弓矢を使ってタワーのあいだにケーブルを張る光景は「オーシャンズ11」も顔負けのスリル映画といった感じ。

こうしてケーブルを張ることができたフィリップは、ついに地上450メートルの空へと足を踏み出し、45分もの長きにわたって綱渡りを繰り返すことに成功する。目もくらむ高さにおいて宙に浮かんだフィリップの姿は、彼が無事に生還することを知っていてもハラハラさせられずにはいられない。そしてケーブルの真ん中あたりで、空を制したかのように微笑むフィリップの写真が非常に印象的だった。この偉業の直後に彼は警察に逮捕されるんだが、世論に護られるような形で不起訴になり、子供たちのパーティーへの出演だけを命じられたというのも微笑ましい。これが今のアメリカだったらテロリスト扱いされてグアンタナモあたりにでも送られてただろうからね。

人が夢に向かって進んでいくことの素晴らしさを実感させられる作品。こういうのを観ると、じゃあ自分の夢はいったい何なんだろうと考えずにはいられないですね。

「殺人者はライフルを持っている!」鑑賞

ピーター・ボグダノヴィッチの監督デビュー作。実はボグダノヴィッチの作品を観るのってこれが初めて。ロジャー・コーマン大先生の指揮のもと、ボリス・カーロフに2〜3日働いてもらい、それにカーロフ主演の「古城の亡霊」のストック映像を組み合わせて映画を1本つくれという実にB級映画的なコンセプトで製作された映画なんだけれども、独自のスタイルを持った素晴らしい出来の作品になっている。低予算映画のお手本みたいな作品。

カーロフ演じる老いたホラー俳優と、家族を射殺した後にライフルで無差別殺人に繰り出す青年の話がうまい具合にセグエしながら描かれ、最後に両者のストーリーが合わさり「本当の恐怖はスクリーン上ではなく現実世界にあった」というラストに持っていくまでの流れが巧みにできている。脚本の手直しをサミュエル・フラーが行ったらしいが、青年のバックグラウンドなどについては殆ど何も説明されてないのにも関わらず、きちんとキャラクターとして成り立っているところも巧い。

ボグダノヴィッチって映画インテリのイメージがあって、今まで何となく敬遠してたんだけど、他の作品も観てみようかな。

「Standard Operating Procedure」鑑賞

新年の気の滅入るドキュメンタリー第2弾。エロール・モリスの最新作で、世界を震撼させたアブグレイブ刑務所での捕虜虐待に関する一連の「証拠写真」の裏に隠された真実を明らかにしていくという内容のもの。

人々がカメラを正面から見つめて独白していくというモリス作品ではおなじみのスタイルをとりながら、実際に虐待容疑で有罪になったリンディ・イングランドなどといったアブグレイブでの当事者たちが、どのように虐待が行われ、どのような状況で写真が撮られたのかを淡々と語っていく。作品自体は決して彼らを糾弾するような内容にはなってなくて、写真を加工してマスコミがいかに情報操作を試みたかを説明している部分もあり、むしろ感覚がマヒして虐待を「悪」として見なすことが出来なくなっていった兵士たちの状況に焦点が当てられている。これに加えて何をもって虐待と見なすのかが極めて曖昧であることが語られ、例えば囚人を窮屈な体勢でベッドにくくりつけ、顔にパンツをはかせる行為は尋問をやりやすくするための「標準手順業務」(Standard Operating Procedure)と見なされるんだそうな。あれが許されるんだったら虐待がエスカレートしていったのも無理はないわな。そしてこれらの虐待が世間に公表されたとき、具体的な罰を受けたのは軍の幹部たちではなく末端の兵士たちだけであった。

「死神博士」や「フォッグ・オブ・ウォー」といったモリスの他の作品に比べるとやや観る人をつかむ力が弱いような気もするものの、興味深い作品であることは間違いない。去年アカデミー賞を穫った「Taxi to the Dark Side」のように、イラク戦争を糾弾するドキュメンタリーは今後も増えてくるのかな。あるいはオバマ政権になって、人々はイラクのことを忘れようとしていくのか。

「LAKE OF FIRE」鑑賞

めでたい新年には気の滅入るドキュメンタリー映画を観よう、ということで妊娠中絶を扱った作品「LAKE OF FIRE」を観る。これは「アメリカン・ヒストリーX」を監督したトニー・ケイが18年もの期間をかけて自腹で製作したもので、中絶反対派と賛成派両方のインタビューを中心に中絶問題の奥の深さを浮き彫りにしていくもの。

監督自身は今でも中絶について特に確固とした意見を持っていないことを公言しているんだが、俺は「客観的なドキュメンタリー」というものはありえないと思っているので何かしらのオピニオンが含まれているんだろうと疑いつつ観てみたら、確かに特に偏向のない内容になっていた。これはバランスのとれた作りになっているというよりも、中絶というテーマがあまりにも深すぎて、すべての意見が一理あるように聞こえるためなんだろう。作品中に出てくる「中絶に関してはあらゆる意見が正しい」という発言が印象的である。

俺自身もこの作品を観るまで自分は明確にプロチョイスだと考えていたけど、母親の腹から出てくる胎児の断片などといった非常にショッキングな映像を見せられると、やはり子供の命は可能な限り守るべきだと実感した次第です。でもその一方で、中絶反対を声高に唱える連中の殆どが、子供の育て方も知らないようなキリスト教右翼のファナティックであるのを見るとプロライフという思想も問題があるよなあと思わずにはいられない。胎児を殺すのはダメだけど中絶医たちを殺すのはオッケー、というロジックは俺には理解できないですね。宗教的な縛りの薄い、たとえば日本のような国ではまた異なる意見がいろいろ出てくるんだろうな。

2時間半という尺は長過ぎるものの、いろいろ考えさせられる作品であった。そして中絶を認めるにせよ認めないにせよ、とにかく苦労するのは女性だということを、われわれ男性は性交渉の前にきちんと肝に銘じておくべきでしょう。

「空の大怪獣Q」鑑賞

前から観たかったのよこれ。ニューヨークはマンハッタンの上空に、翼ある蛇ケツアルコアトル(ただし外見はヘビというよりもトカゲ)が現れて人を襲うという作品だけど、「空の大怪獣ラドン」みたいなガチな怪獣映画にはなってなくて、怪獣がその全貌を表すのは最後のクライマックスのときくらい。むしろクライスラー・ビルディングの中に怪獣の巣を発見したさえないゴロツキと、彼から情報を聞き出そうとする刑事たちの姿に焦点をあてた、異色の刑事ドラマになっている。

デビッド・キャラダインをはじめリチャード・ラウンドトゥリーやマイケル・モリアーティといった濃い役者が揃ってるものの、怪獣の姿を小出しにしたことで話の盛り上がりに欠けていて、全体的に間延びした感があるのは否めない。テレ東の昼間にやるのがふさわしい映画といった感じかな。でも最後のビルのてっぺんでの銃撃戦とかは見応えあるけどね。でもあれ下の人たちに銃弾が降り注いで危険だろうに。あと主人公のゴロツキが徹底して軽薄な性格で、共感できない奴になっているのもマイナスだな。

しかし当時の(映画の)警察って逮捕したゴロツキをずいぶん手荒にあつかったり、卵から孵った怪獣のヒナを問答無用で撃ち殺したり、結構乱暴なことやっても許されたんですね。観てて「LIFE ON MARS」を思い出してしまった。