「怒りのキューバ」鑑賞

隠れた傑作「怒りのキューバ」こと「SOY CUBA」を観る。この邦題からはまるでシルベスター・スタローンがキューバに潜入し、反体制ゲリラと結束してカストロ政権を転覆させる映画のような印象を受けるけど、当然そんな映画ではなくて、これはカストロによるキューバ革命を記念した1964年の国策映画。

当時同盟関係にあったソビエトからスタッフを借り出し、ミハイル・カラトーゾフ(監督)やセルゲイ・ウルセフスキ(撮影)などが携わって作られた映画だが、もう映像の美しさがハンパじゃないんですよ。キューバだけでなくソビエトからも援助を受けた潤沢な予算を活かし、膨大な数のエキストラ、凝ったセット、美しい大自然の光景、モノクロの画面に映える絶妙なライティング、縦横無尽に動くクレーンショット、延々と続く長回しなど、驚愕するシーンやカメラワークが次々と披露されていく。「ちょっと待て!いまの場面どうやって撮ったんだ!」と思うことが何度あったことか。例えば有名なプールの長回しのシーンなんかは、複数のカメラマンが並んでカメラを順にかつぐことで長回しを実現し、さらに潜水艦の潜望鏡に用いられる特殊なレンズを調達し、水中でもカメラのレンズが曇らないようにしたんだとか。そんな労力を惜しみなくかけてしまっているのがすげぇ。共産主義は偉大なり。両国民による鑑賞を念頭においてるため、スペイン語のすべてのセリフのあとにロシア語のセリフがかぶさる作りになってるのは耳障りだけどね。

原題は「I AM CUBA」つまり「私はキューバ」という意味だが、キューバの大地そのものが狂言回しの役となって、革命に至るまでの4つの物語がオムニバス的に語られていく。その4つを順に挙げると:

1、白人の資産家に体を売って暮らす貧しい娼婦の話。
2、悪名高きユナイテッド・フルーツ社へサトウキビ畑を売られることになった老小作の話。
3、反体制運動へと目覚めていく学生の話。
4、政府軍の爆撃に息子を殺され、革命軍に参加する農民の話。

いずれの話でも革命前の人々の暮らしがいかに弾圧されていたかを巧みに語っているんだが、あまりにも映像が美しすぎるため皮肉にもメッセージ色が薄くなっており、よって公開時はキューバ国民にもソビエト国民にも総スカンをくらったそうな。そのため長いあいだ忘れられた作品のような扱いを受けていたが、90年代になってやっとアメリカでも鑑賞されるようになり、スコセッシやコッポラといった有名監督の後援をうけて再評価されるに至ったらしい。

ハリウッドとは無縁のところで、映画がひとつの完成形に達していたことを証明する貴重な作品。現代のアメリカ映画でも、この映画のカメラワークを流用している作品が結構あるらしいぞ。日本もチャチな恋愛映画とかを作っておらずに、いっそ国家予算を使った巨大プロジェクトを立ち上げ、国民を総動員した超大作をガツンと1本作ったほうが世の中のためになるんじゃないだろうか。

「MANT!」鑑賞

ジョー・ダンテ監督の、俺が死ぬほど好きな作品「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる」(観ろ!)の付属作品である「MANT!」をついに観る。これは「マチネー」の主な舞台である映画館において公開されるホラー映画という、いわゆる劇中劇的なもの。

下の動画を観てもらえれば分かるように、内容は50年代のB級ホラー(具体的にはウィリアム・キャッスルの作品)のパスティーシュ。キャッスルの得意技だった怪しいギミックももちろん含まれていて、何の脈略もなく場面が映画館の中になり、劇中の観客が実際の観客に向かって「あなたの後ろに怪物がいるわ!気をつけて!」なんて叫ぶシーンがあったりしてすげえ楽しい。残念ながらフル尺の映画ではなく20分ほどのものだが、放射能によってアリと同化した男が凶暴化し、しまいには巨大なアリの怪物になって街を破壊する、というのが主なストーリー。人とアリの怪物だから「MANT」。なーんて安直なネーミング。

でもB級ホラーをバカにしたパロディには決してなっておらず、ちゃんと50年代に活躍した役者たちを起用するなど、ダンテの屈折してるようで実直な(あるいはその逆)オマージュがひしひしと感じられる佳作になっている。「マチネー」はDVDも入手困難になっている状況だが、ぜひまた観たいなあ。B級映画監督を描いた作品としては「エド・ウッド」よりも優れていると個人的には思っているのです。

これが「MANT!」のトレーラー:

でこっちが「マチネー」のトレーラー:

「ONCE ダブリンの街角で」鑑賞

やっと観た。こういう映画にホロリとするほど俺はもう心優しい人ではなくなってしまったのですが、いい小品かなと。歌の部分が多いというのもあるが、全体にまったりしてるのがいいなあ。これが日本の今どきの恋愛映画だったら女の子が不治の病にかかったり、男が交通事故にあったりといろいろ大変な出来事が起きるんだろうけど、この作品は地に足がついているので観てて疲れない。主人公たちを軽視してたスタジオのミキサーが「お、こいつらイイじゃん」と気づくシーンも下手すればかなりクサい展開になりかねなかったが、あくまでもごく自然に描いているので好感が持てる。ハリウッド映画にしろ日本映画にしろ、こうした素人作品から学ぶべきことは多いんじゃないかな。

あと個人的にはやはりダブリンの街並みが非常に懐かしいなあと。狭い国の狭い街の話なので、半径1キロくらいのごく小さなエリアで話の大半が展開しているというのも、まあダブリンらしいところではある。俺が最後にダブリンに行ったのが98年くらいの頃なので、劇中でユーロが使われてたのにはちょっと驚いたけど。あとフィル・ライノットの銅像なんて建てられたんですね。ちなみに主人公がバスキングをしているグラフトン・ストリートって、銀座より地価が高くなったんだって?人口100万人ほどの街だぜ?経済が急失速して不動産がインフレ状態になってるのがよく分かる。ご哀愁さまです。

主人公を演じるグレン・ハンサードはアラン・パーカーの傑作「コミットメンツ」でもギタリストを演じてた人で、彼のバンドであるザ・フレイムスは本国でも長らく鳴かず飛ばずだったような感があるけど、この映画が世界的にヒットしたおかげで役者としてもミュージシャンとしても有名になったのは嬉しいこってす。アカデミー賞における彼とマルケタ・イルグロヴァのスピーチは非常に素晴らしいので、こちらで観るように。

「SOME MOTHER’S SON」鑑賞

長年探していた「SOME MOTHER’S SON」をついに観た。「ホテル・ルワンダ」のテリー・ジョージの初監督作品で、脚本はジョージとジム・シェリダン。この映画を理解するには1981年に起きたボビー・サンズたちによるハンストの物語を知っていることが不可欠なので、先にまずその簡単な解説をしよう:

当時は北アイルランドにおいてIRAの反英活動が激化しており、イギリス政府はIRAのメンバーたちへの取り締まりを強化していた。武器の不法所持によって逮捕されたボビー・サンズをはじめとするIRAの囚人たちは、自分たちはその政治思想によって逮捕された政治犯であり、一般の犯罪者とは区別して扱われるべきだと主張し、囚人服を着ないことや刑務所内で労働を強制されないことなどの権利を要求する。囚人服の着用を拒否して毛布にくるまった彼らは、部屋の壁に人糞を塗りたくるなどの抗議運動に出るが、強硬な立場をとるサッチャー政権は一切譲歩をしようとしなかった。そこでサンズたちはハンストという命がけの手段に訴えることとなる。

最初にハンストを決行したサンズが衰弱していくなか、北アイルランドの国会議員が心臓発作で急死したことで議席に空きができることになった。これに対してサンズは獄中より立候補を行い、刑務所外の支持者たちによる選挙活動が功を奏して(IRAの裏工作も結構あったらしい)、僅差でサンズは当選し、ハンストを続けながらも国会議員になるのだった。

これによってサンズの立場は大きく変わり、彼の抗議活動は世界中から注目を浴びることとなる。果たしてサッチャー政権は自国の議員が衰弱して死んでいくことを黙認するのか?それとも彼の要求に譲歩するのか?結局サッチャーは、サンズはあくまでも犯罪者であり、自らの判断で死亡することは彼の勝手であるという立場を貫き、66日のハンストの末にサンズはついに絶命する。そして彼の死のあとも囚人たちによるハンストは続き、最終的には10人の若者が命を落とすこととなった。

やがて囚人たちの家族による要請によってハンストは終わりを迎え、彼らの要求も非公式ながらイギリス政府に認められることとなったのだが、サンズたちによる壮絶な抗議運動の物語はアイルランドの歴史に深く刻まれ、今でも人々のあいだで語り継がれている。

そしてこの「SOME MOTHER’S SON」はサンズたちの抗議運動を背景にした作品で、主人公は北アイルランドに住むシングルマザーのキャスリン。政治活動に関わることは避けてきたキャスリンだが、彼女の息子がIRAに参加して逮捕されたことで彼女の生活は一変する。さらに息子がハンストに加わったことで悲しみにうちひしがれるキャスリン。同じく息子が逮捕された、よりIRA寄りの母親アニーと友人になった彼女は、アニーに影響されて政治活動に身を投じていく。そんなときに彼女が知った1つの事実、それは息子が意識不明の状態に陥ったとき、延命活動を行うかどうかは肉親である彼女が決定権を持つということだった。果たして彼女は息子の命を救うのか、それとも彼の意思を尊重するのか…?というのが主なストーリー。

主人公を演じるヘレン・ミレンの演技が巧いことに加え、IRAとイギリス政府の拮抗の様子が緊張感を持ちつつも変に扇情的にならずに描かれ、非常に見応えのある内容になっている。それに初監督作品ながらも、住民のデモやサンズの葬列といった大がかりな群衆のシーンもきちんと撮れている。「ホテル・ルワンダ」や「父の祈りを」が好きな人にはお薦めの映画じゃないかな。

「ホテル・ルワンダ」が世界的な反響を巻き起こしたにも関わらず、欧米でも未だにDVDが発売されていない不遇の作品だが、日本でも実は劇場公開が予定されていたものの翻訳が行われた段階で公開中止になった、という話を聞いたことがある。ちょうど今やってるカンヌ映画祭にも、同じくボビー・サンズを題材にした「HUNGER」という作品が出品されているようなので、これを機に全世界でのDVD発売を願いたいところです。

「ブレイキング・グラス」再鑑賞

1980年の映画「BREAKING GLASS」を18年ぶりくらいに観る。パンク/ニューウェーブ系のバンドの成功と没落を描いた映画で、当時そうした音楽にハマり始めていた15歳くらいの自分にとっては大きく影響を受けた作品だったのであります。

バンドのボーカル役を演じるのはヘイゼル・オコナー(知ってる?そういう歌手がいるんすよ)で、彼女とともにバンドを築いていくマネージャー役にフィル・ダニエルズ。彼が「さらば青春の光」の直後に出た作品なので、「モッズを辞めたあとのジミー」として見てみるのも面白いかもしれない。あのころの彼は本当に細かった。他にもジョナサン・プライスが出てたり、撮影がスティーブン・ゴールドブラットでサントラのプロデューサーがトニー・ヴィスコンティと、今になって見てみると結構豪華なスタッフが揃っていたりする。おまけにプロデューサーはドディ・アルファイド君だぞ。

パブでの演奏から地道に成り上がってきたバンドが、成功を手にしたことで酔いしれて当初の志を失っていき、レコード会社からの重圧などによって内紛が絶えなくなり、やがて崩壊していくというストーリーが今となってはとっても陳腐なものに思えるし、ヘイゼル・オコナーの演技が大根であるうえに「1984年は人間が機械に支配されてしまうのよ!」みたいな彼女のセリフがやたら青臭く感じられることも否めない。また当時の流行を反映してバンドがパンクからニューウェーブ(ニューロマンティック?)風になるにつれ、外見がどんどんダサくなっていくことも事実である。

しかし俺はこの映画が嫌いになれないんだよなあ。話が女性マンガ的というかメロドラマ的であることは以前に観たときから十分に理解してたが、それでも俺の青春の1ページ的な作品なのですよ。話の展開を意外と細部まで覚えてたということは、やはり最初に観たときの衝撃が大きかったんだろうな。人種差別反対のデモに参加したらネオナチに襲撃されるシーンとか、80年代初頭のイギリスの若者文化をリアルタイムで描いている点はもっと評価されてもいいんじゃないかと。日本でもずっと前にビデオが発売されてたらしいので、DVDが出てくれないかな。