「ニューヨーク・ドール」鑑賞

NYパンクバンドの始祖、ニューヨーク・ドールズって個人的にはあまり聴き込んだ経験はないのですが、数年前に観たライブが非常に良かったことなどもあり、それなりに好きなバンドなのです。

そんな彼らのベーシスト、アーサー・”キラー”・ケインにスポットをあてたドキュメンタリー映画「ニューヨーク・ドール」を鑑賞。70年代にドールズの一員として名声を得たケインだったが、ドラッグなどの問題によりバンドはすぐに解散し、その後も彼はロックスターとして成功しようとするもうまくいかず、しまいには妻とケンカして自殺未遂を起こしてしまう。失意の中のケインはふとしたきっかけからモルモン教に改宗し、敬虔な信徒として貧しくも静かな日々を送っていた。そんな彼のもとに1つの知らせが入ってくる。ドールズの大ファンであるモリッシーが、彼の主催するフェスティバルのためにドールズに再結成してほしいというのだ。こうしてケインは、自分が現代の観客に受け入れてもらうことができるのだろうかという不安を抱きながら、ベースを質屋から出し、再結成ライブを行うためロンドンへ向かうのだった…。というのが主な話の展開。

モリッシー(老けたな)の他にもミック・ジョーンズやボブ・ゲルドフといったドールズのファンによるコメントに加え、ドールズがまるで金を稼げなかった一方で、彼らを真似したバンドがヒットしていったことに対する鬱憤や、ドールズの元メンバー(特にデビッド・シルビアン)との間にあった確執などについてケインの口から語られていく。ただしケインが非常にいい人であることと、再結成ライブが大成功に終わったことなどから、この手のドキュメンタリーにしては珍しくとても微笑ましい雰囲気が全編にわたって漂っている。

このライブの1ヶ月半ほどあとにケインは白血病で急死するという衝撃の結末を迎えるわけだが、ある意味いちばんいいタイミングで他界したんじゃないですか。グラムやパンクの人たちって変に年取ってもあまり良いことがないような気がする。10年くらい前にイギリスのテレビでスウィート(70年代のグラム・バンド)のドキュメンタリーを観たことがあるけど、解散後にボーカルとギタリストがスウィートの名を取り合って別々に「再結成バンド」を組んだうえ、ボーカルのほうは若い頃の酒とドラッグがたたって手をプルプル震わせ、ろくに声も出せないまま場末の遊園地でライブを行っている姿がひどく衝撃的だった(そして番組放映のすぐ後に死去した)。皆がボウイみたいにうまく年を取れるわけではないのですよ。

ちなみに日本版のDVDの特典としてロビン・ヒッチコックのインタビューが収録されてるけど、あれなに?ドールズとろくに面識のない彼が、ドキュメンタリーのあらすじを語るだけの映像なんか入れるなよ!日本側の製作者の趣味としか思えん。ヒッチコックは嫌いじゃないけどさ。

「ノー・カントリー」鑑賞

ハビエル・バルデムが強烈すぎ。

いくら迫真の演技とはいえ、あんなヤバい役にアカデミー賞あげちゃっていいのか。あの髪型といい話し方といい、怪しい雰囲気が全開で他の登場人物を完全に喰ってしまっている。やはりコーエン兄弟はこういうキチガイを扱うのが巧いな。

役者の話をすると、トミー・リー・ジョーンズは生粋のテキサンだけあってハマり役。ジョシュ・ブローリンは今までテレビ俳優のイメージが強かったけど、なかなか熱い演技を見せてくれる。あとスコットランド人のケリー・マクドナルドがテキサン妻を好演してたのは意外だった。

コーエン兄弟はここ最近作ってたコメディ路線から離れて、デビュー作の「ブラッド・シンプル」の延長線上にあるスリラーに戻ってきたわけで、初期の「ミラーズ・クロッシング」や「バートン・フィンク」が好きな俺としては今後もこうした作品を作ってもらいたいところです。あの終わり方は確かに賛否両論あるだろうけど、まあいいんじゃないですか。後味は悪いけどね。

「怒りのキューバ」鑑賞

隠れた傑作「怒りのキューバ」こと「SOY CUBA」を観る。この邦題からはまるでシルベスター・スタローンがキューバに潜入し、反体制ゲリラと結束してカストロ政権を転覆させる映画のような印象を受けるけど、当然そんな映画ではなくて、これはカストロによるキューバ革命を記念した1964年の国策映画。

当時同盟関係にあったソビエトからスタッフを借り出し、ミハイル・カラトーゾフ(監督)やセルゲイ・ウルセフスキ(撮影)などが携わって作られた映画だが、もう映像の美しさがハンパじゃないんですよ。キューバだけでなくソビエトからも援助を受けた潤沢な予算を活かし、膨大な数のエキストラ、凝ったセット、美しい大自然の光景、モノクロの画面に映える絶妙なライティング、縦横無尽に動くクレーンショット、延々と続く長回しなど、驚愕するシーンやカメラワークが次々と披露されていく。「ちょっと待て!いまの場面どうやって撮ったんだ!」と思うことが何度あったことか。例えば有名なプールの長回しのシーンなんかは、複数のカメラマンが並んでカメラを順にかつぐことで長回しを実現し、さらに潜水艦の潜望鏡に用いられる特殊なレンズを調達し、水中でもカメラのレンズが曇らないようにしたんだとか。そんな労力を惜しみなくかけてしまっているのがすげぇ。共産主義は偉大なり。両国民による鑑賞を念頭においてるため、スペイン語のすべてのセリフのあとにロシア語のセリフがかぶさる作りになってるのは耳障りだけどね。

原題は「I AM CUBA」つまり「私はキューバ」という意味だが、キューバの大地そのものが狂言回しの役となって、革命に至るまでの4つの物語がオムニバス的に語られていく。その4つを順に挙げると:

1、白人の資産家に体を売って暮らす貧しい娼婦の話。
2、悪名高きユナイテッド・フルーツ社へサトウキビ畑を売られることになった老小作の話。
3、反体制運動へと目覚めていく学生の話。
4、政府軍の爆撃に息子を殺され、革命軍に参加する農民の話。

いずれの話でも革命前の人々の暮らしがいかに弾圧されていたかを巧みに語っているんだが、あまりにも映像が美しすぎるため皮肉にもメッセージ色が薄くなっており、よって公開時はキューバ国民にもソビエト国民にも総スカンをくらったそうな。そのため長いあいだ忘れられた作品のような扱いを受けていたが、90年代になってやっとアメリカでも鑑賞されるようになり、スコセッシやコッポラといった有名監督の後援をうけて再評価されるに至ったらしい。

ハリウッドとは無縁のところで、映画がひとつの完成形に達していたことを証明する貴重な作品。現代のアメリカ映画でも、この映画のカメラワークを流用している作品が結構あるらしいぞ。日本もチャチな恋愛映画とかを作っておらずに、いっそ国家予算を使った巨大プロジェクトを立ち上げ、国民を総動員した超大作をガツンと1本作ったほうが世の中のためになるんじゃないだろうか。

「MANT!」鑑賞

ジョー・ダンテ監督の、俺が死ぬほど好きな作品「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる」(観ろ!)の付属作品である「MANT!」をついに観る。これは「マチネー」の主な舞台である映画館において公開されるホラー映画という、いわゆる劇中劇的なもの。

下の動画を観てもらえれば分かるように、内容は50年代のB級ホラー(具体的にはウィリアム・キャッスルの作品)のパスティーシュ。キャッスルの得意技だった怪しいギミックももちろん含まれていて、何の脈略もなく場面が映画館の中になり、劇中の観客が実際の観客に向かって「あなたの後ろに怪物がいるわ!気をつけて!」なんて叫ぶシーンがあったりしてすげえ楽しい。残念ながらフル尺の映画ではなく20分ほどのものだが、放射能によってアリと同化した男が凶暴化し、しまいには巨大なアリの怪物になって街を破壊する、というのが主なストーリー。人とアリの怪物だから「MANT」。なーんて安直なネーミング。

でもB級ホラーをバカにしたパロディには決してなっておらず、ちゃんと50年代に活躍した役者たちを起用するなど、ダンテの屈折してるようで実直な(あるいはその逆)オマージュがひしひしと感じられる佳作になっている。「マチネー」はDVDも入手困難になっている状況だが、ぜひまた観たいなあ。B級映画監督を描いた作品としては「エド・ウッド」よりも優れていると個人的には思っているのです。

これが「MANT!」のトレーラー:

でこっちが「マチネー」のトレーラー:

「ONCE ダブリンの街角で」鑑賞

やっと観た。こういう映画にホロリとするほど俺はもう心優しい人ではなくなってしまったのですが、いい小品かなと。歌の部分が多いというのもあるが、全体にまったりしてるのがいいなあ。これが日本の今どきの恋愛映画だったら女の子が不治の病にかかったり、男が交通事故にあったりといろいろ大変な出来事が起きるんだろうけど、この作品は地に足がついているので観てて疲れない。主人公たちを軽視してたスタジオのミキサーが「お、こいつらイイじゃん」と気づくシーンも下手すればかなりクサい展開になりかねなかったが、あくまでもごく自然に描いているので好感が持てる。ハリウッド映画にしろ日本映画にしろ、こうした素人作品から学ぶべきことは多いんじゃないかな。

あと個人的にはやはりダブリンの街並みが非常に懐かしいなあと。狭い国の狭い街の話なので、半径1キロくらいのごく小さなエリアで話の大半が展開しているというのも、まあダブリンらしいところではある。俺が最後にダブリンに行ったのが98年くらいの頃なので、劇中でユーロが使われてたのにはちょっと驚いたけど。あとフィル・ライノットの銅像なんて建てられたんですね。ちなみに主人公がバスキングをしているグラフトン・ストリートって、銀座より地価が高くなったんだって?人口100万人ほどの街だぜ?経済が急失速して不動産がインフレ状態になってるのがよく分かる。ご哀愁さまです。

主人公を演じるグレン・ハンサードはアラン・パーカーの傑作「コミットメンツ」でもギタリストを演じてた人で、彼のバンドであるザ・フレイムスは本国でも長らく鳴かず飛ばずだったような感があるけど、この映画が世界的にヒットしたおかげで役者としてもミュージシャンとしても有名になったのは嬉しいこってす。アカデミー賞における彼とマルケタ・イルグロヴァのスピーチは非常に素晴らしいので、こちらで観るように。