ミリオンダラー・ベイビー

ウェスタン時代から現在に至るまで、クリント・イーストウッドってものすごく映画業界に貢献した稀有の人で、現在受けている賞賛でも足りないくらいの偉大な存在だと個人的には思っているのだけど、この作品はかなりハズレだった。一見するとボクシング映画のようで、実はボクシングというものはストーリーの刺身のツマでしかないことが上映開始1時間半ほどで分かってくるのだが、それに関する「ひねり」があまりにも突然というか、「何でそうなるの」的にやってくるため、その後の展開にどうしても感情移入ができなくなってしまう。もちろん単なるスポ根映画でないことは事前に承知してたつもりだが、ああいう展開になるとは…。イーストウッドの前作「ミスティック・リバー」は少なくとも観たあとに重ったるい「やるせなさ」が胸に残ったが、この作品には何も残るものが感じられないのだ。

映画としてはキャスティングや演技は悪くないし、照明の効果的な使い方は見事だったが、どうも脚本に奥行きが足りない気がして仕方がない。決して短い映画ではないのに(137分)ストーリーがやけに駆け足で進み、最初は女性にボクシングを教えることに反対していたイーストウッドはいつの間にかヒラリー・スワンクをコーチしてるし、ボクシングの経験がない30代のスワンクはあれよあれよとチャンピオンへの道を駆け上っていき、貧乏ジムの出身なのに国際試合までこなしてしまうのだけど、どうも話の細かいところにリアリティが感じられなく、前述した「ひねり」の起き方も何かヘンなので、観てる側としては変にシラケてしまうのだ。1番シラケたのが、スワンクのローブに書かれたゲール語を見た大勢の観客が彼女に肩入れし、それが世界中に広がっていく…というシーン。ゲール語が分かる観客ってどの会場にも数えるほどしかいないと思うんだが。よく分からない脇役のデンジャー君は最後まで意味不明の存在だったし。モーガン・フリーマンがマンガばかり読んでるのには笑ったが。

でもこれって今年のアカデミー賞候補の1つだし批評家たちに絶賛されてるわけで、俺のような意見はごく少数なんでしょうか。前述したようにイーストウッドは大好きだし、個人的に「許されざる者」はとてつもない大傑作だと信じて疑わない。彼はどのような理由でこんな映画を撮ったのだろう...。せっかくフリーマンも出てるのだから、「許されざる者」みたいに「旧友を街のチンピラに無慈悲に殺された老ボクサーが、2度と人は殴るまいという誓いを復讐のために破り、その鉄拳で悪党どもを血祭りに上げていく…」といった内容の映画だったら、ものすごくカッコ良かっただろうに。

PRIMER

近所の2番館に「Primer」を観に行く。ちょうど1年前のサンダンスで賞を穫った低予算作品で、ずいぶんっ評判が良かったので期待してたのだが…

1994年のサンダンスで賞を穫って話題になった超低予算のSF風スリラー。監督/主演/編集/脚本/作曲/その他を兼ねたシェーン・カルースはエンジニアをしながら自力で映画製作を学び、この映画の成功により一躍時の人になってしまった。いわゆる「知的なSF映画」ということで批評家たちに絶賛された作品なので、かなり期待してたんだが…。

結論から言うと、「何が何だか分からなかった」です。低予算映画ということで録音の状況も悪いし、役者は一人を除き素人ばかりなのでセリフが何言ってるか聞きづらいし、ストーリーもずいぶん抽象的(意図的に欠落してる箇所がやたら多い)ので、話についていくのに一苦労だった。家に戻ってネットで調べて、やっと内容が理解できるという次第。もちろんこれは映画の出来というよりも、俺の英語力や理解力に問題があるわけだが。

それでストーリーはどういうものかと言うと、エンジニア2人が偶然にも過去に戻れるタイムマシン(基本的には大きな「箱」で、その中で過ごした時間分だけ過去に戻れるというもの)を作ってしまい、それを使って過去に戻ったりしてるうちに2人の間に軋轢が生じてきて…といったもの。内容的には「トワイライト・ゾーン」や「藤子不二雄SF短編集」にノリは近い、と思う。
タイムマシンもののお約束として「いまの自分」と「昨日の自分」が登場したり、「こういう出来事があったんだけど、過去に戻ってこう修正した」というような展開が起きるうちに時間軸や登場人物がずいぶんゴチャゴチャになってきて、話がやたら分からなくなっていくのが難点か。ただ最初は簡単な機械を作ったつもりが、それがタイムマシンであることが分かり、興味本位で実験しているうちに奇妙な出来事が身辺で起きてくる…という展開のスリルは十分に味わえた。

低予算作品だけど最近流行りのデジタル撮影ではなく16ミリを使い、ザラついた映像を効果的に出しているのは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」に似ているかな。友人と一緒に過去に戻った人物が、実はその友人が自分よりもさらに過去へ戻っていたことを知り、愕然とするシーンは印象的だ。理系のアイデアの勝利、といったところでしょうか。日本の高校を舞台にリメイクしたら面白いかもしれない。もうちょっと分かり易くてもいいような気もするが。

エターナル・サンシャイン

監督ミシェル・ゴンドリー&脚本チャーリー・カウフマンという、「ヒューマン・ネイチュア」のコンビによる第2弾。何を書いてもネタバレになってしまうような物語構成なので内容についてはあまり詳しく書かないけれども、別れた恋人の記憶を消すために科学療法を受けることに同意した主人公が、消え行く記憶のなかで恋人がいかに大切な存在であったかに気づく、という意外なほどストレートなラブ・ストーリーになっている。

ただ厄介なのは物語の大半が主人公の頭の中で起きていることと、話の進行が時間通りになっていないため、一度観ただけでは話の全容がかなり分かりにくいようになっていることで、もちろんこれがこの作品の特徴なのだけれども、2人の「最初の出会い」が2度起きたりするので、ずいぶん頭がこんがらがってくると思う。

主人公を演じるジム・キャリーは今までのイメージと違う、やつれた雰囲気が出ていてなかなかの好演。でも恋人役のケイト・ウインスレットが個人的にはどうもダメなんだよなあ。演技は上手だと思うけど、恋する女性というよりもえらくタフな女性に見えてしまうのは俺だけだろうか。バカそうで実は…のキルステン・ダンストの役回りが良かった。

カウフマンはその昔、フィリップ・K・ディックの小説「暗闇のスキャナー」の脚本を書いた経験があるそうだけど(現在リチャード・リンクレイターが撮影中なのは別の脚本)、消え行く記憶のなかで自分のアイデンティティを求める主人公の遍歴はディックっぽいと思えなくもない。玄人筋の受けはかなり良い作品(imdbでは歴代33位にランクされてる)だけど、やはり話が難解なので日本でのウケはどのくらいのものか。

スーパーサイズ・ミー感想

マクドナルドのメニューを30日間、朝昼晩食べ続けたらどうなるかという実験に、果敢にも(?)挑戦した主人公のドキュメンタリー。どうしてもその発想の奇抜さだけが注目されてしまうが、いわゆるリアリティー番組のような興味本位の内容でなく、ファーストフードがアメリカおよび世界に与える大きな影響をまっとうに追求した良作になっている。

正直なところ、実験そのものはあまり面白くなかった。確かに必要摂取量の何倍ものカロリーや砂糖をとり続けた主人公の体調はどんどん悪くなっていくのだけど、いくらマクドナルドが体に悪いからって毒を食べてるわけではないから、そんなに極端に悪化したようには見えないのだ。実験の前では完全な健康体だったので血液検査の数値などは実験前に比べて何倍にもなったものの、数値そのものは酒で体を壊した場合と大差ないらしい。それにスーパーサイズのメニューを食べ続けたわけではない(カウンターで勧められたら食べる)ことや、部屋でゴロゴロしてたのではなく取材のためにアメリカ各地を旅していたことなどは、期待していた内容とちょっと違った。

むしろこの作品が優れている点は、さまざまな取材やデータを通じて、ファーストフードがいかにアメリカ人を肥満にし、健康管理や医療システムに深刻な影響を与えているかを的確に突いているところにあるだろう。コスト削減のために学校でジャンクフードを食べさせる給食機関や、体育のクラスを減らす(無くす)ことによって子供たちに運動をさせない教育システムなどを追求しているのは興味深い。別にマクドナルドだけを糾弾しなくてもいいんじゃないかという意見もあるようだけど、数あるファーストフード・チェーンの中でもマクドナルドは遊技場の設置やバースデーパーティーを行うことによって、子供たちを幼い段階から「中毒」にしようとしているという鋭い指摘には納得できるものがあった。冗談のようで硬派なドキュメンタリーですね。低予算なのに視覚効果やアニメーションが凝っていたりもする。

ちなみにDVDの特典には「ファストフードが世界を食いつくす」の著者へのインタビューなどがあり、これらもまた非常に啓蒙的で面白い。あと簡単な実験が1つ紹介されているのだが、これもまた衝撃的だった。マクドナルドの各種バーガーとフレンチフライ、そして手作りの店のバーガーとフライをガラスのビンに入れて放置し、腐り具合を調べるという単純な実験だけど、その結果は…? 答: マックのフレンチフライは10週間たっても腐らない。

END OF THE CENTURY エンド・オブ・ザ・センチュリー

唯一無二のバンド、ラモーンズのドキュメンタリー。構成自体はかなり典型的で、関係者のコメントを交えながらバンドの結成から解散までを淡々と紹介していく形式になっている。しかしラモーンズという伝説的なバンドの内面深くにまで光を当てていることや、貴重な映像が見られるだけでも一見に値するだろう。しかもラモーンズが影響を与えたミュージシャンへのインタビューが多数あり、彼らが初めてロンドンへ来たときのことを語るジョー・ストラマーのコメントなどはとても貴重だと思う。個人的にはキャプテン・センシブルやジェイン(ウェイン)・カウンティなどが出てきたのが面白かったかな。

初期の映像は白黒ばかりなのだけど、それなりに味のある映像になっているのが不思議。ライブの最中に次に何の曲を演奏するかでケンカしている姿には笑った。80年代になってMTV世代にウケようと作った変なミュージック・クリップとかには幻滅したが。とにかくレコードが期待したほど売れなかったのがずっとネックになっていたらしく、90年代に彼らが影響を与えたバンド(グランジ系とか)の人気が出てきたから、今度はやっと売れるかなと思ったらダメだった、というのが解散の一因になっているのが何とも皮肉である。

意外だったのはバンド末期になっても南米ではスタジアムを満員にできるほどの人気を誇っていたことで、乗り込んだ車がビートルズみたいに無数のファン(女の子とかではなくてストリートチルドレン)に追いかけられている映像も出てきたりする。バンド初期のころイギリスの将来に失望した(NO FUTURE)若者たちに支持されたように、南米の貧しい子供たちにラモーンズは希望を与えているんだ、というコメントが印象的だ。

この他にもジョーイとジョニーの確執とか、ディー・ディーの鬱憤とか、フィル・スペクターの話とかがいろいろ出てくるのだけど、とにかく70年代のNYパンクが好きな人にとっては必見の作品じゃないでしょうか。逆にそこらへんの音楽事情にウトい人にはつまらないだろうけど。あと文句を言わせてもらえば、他の作品(「Blank Generation」や「ルード・ボーイ」とか)から転用したバンドの映像が多かったことか。ちょっとつぎはぎだらけの作品を見ているような気になってしまった。まあ当時の映像記録は少ないから仕方ないんだけどね。ワンツースリーフォー。