スティーブン・コルベアーが、なぜ女性がすべてを仕切るべきなのか語る

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いよいよ「The Late Show with Stephen Colbert」が来月から始まるスティーブン・コルベアーが、女性向け雑誌の「Glamour」に洒落た女性賛美の文章を寄稿していたので、英語の勉強がてらさくっと訳してみた。原文はこちら。とくに難しい文章でもなかったが、途中のダジャレのところは巧く訳せなかったかな。例によって無許可で勝手に翻訳しましたので、掲載を望まない関係者の方はtwitterかテレパシーでご連絡ください。スパムが多くて当ブログのコメント欄は外してしまったのです。
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まず始めに、Glamourのような雑誌に寄稿できて光栄です。あまりにも洗練されていて、名前に追加のuがあるような雑誌なのですから。洗練された雑誌はみんなそうですね。The New YourkerとかRolling Stouneのように。

Glamour誌のスタッフに執筆を依頼されたことに感謝しています。これは同誌の『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』に選ばれなかったことに対する素敵な残念賞といったところでしょうか。もっとも私はその賞を欲しいとは思いませんでしたけどね。あれは女性に与えられるべきだと思うし、そう考えるくらいには私はフェミニストなのです。

誤解しないでくださいよ、私は女性が好きです。女性と結婚してるし、女性から生まれました。さらに高校のときに『ロミオとジュリエット』で女性を演じました。他にコルセットを着られるサイズの人がいなかったので。

今日の女性には、賢明で機知に富み、直感力を持ったロールモデルが何人もいます。マリッサ・メイヤーやミシェル・オバマ、サカガヴィア、緑のM&Mなどが良い例でしょう。

さらにアメリカの国勢調査によると、男性よりも女性のほうが数が多いようです。男性諸君、つまりこれは君らがマイノリティーであることを示しているのだけど、大学の助成金申請書にはそう書かないほうがいいと思うよ。

そして他の夜のトークショーの司会と同じように、私もまた男性だという指摘を受けました。私が仕事を得ていることは嬉しいものの、トークショーの世界に女性がいないことは驚くべきことです。これがシットコムだったら、ピザにすべってビールだらけの簡易トイレに頭から突っ込むデブの夫に貴重な教訓を与えるような、スタイル抜群の奥さんがいたりするのでしょうけど。

才能ある女性コメディアンだってたくさんいるのですが、夜のトークショーの世界は『ソーセージ祭り』(男性だらけの集い)のようです。いずれこれが逆転する日が来るかもしれませんがね。それは『ジョージア・オキーフ回顧展』と呼ばれるでしょう。

女性の数が少ないのはレイトショーだけではありません。女性の鍛冶屋はどこにいるのか?釣具屋の店長は?プロのプールの整備員、ビルの管理者、あるいはFortune 500の会社のCEOは?なぜミニオンたちは小さな陰茎のような形をしているのか?『怒りのデス・ロード』のマッド・マックスはシャーリーズ・セロンのライフルの不機嫌な三脚でしかなかったのに、なぜ主役の扱いを受けているのか?そしてもちろん歴史的に見て、我々の素晴らしき大統領業界は明白に男性主体となっています。しかしそれも2016年に変わるかもしれません。皆が注目してますよ、カーリー・フィオリーナ。

女性が成功した場合でも、彼女たちの物語は語られることがありません。最初のコンピューターであるENIACは、6人の女性数学者によってプログラムされたって知ってましたか?彼女たちのようなパイオニアがいなければ、コンピューターは存在しなかったかもしれません。そしたら我々は『メークなしでもキレイな女優ベスト20(5番目は神様を恨みたくなるわよ!)』といった元気づけられる記事をオンラインで読むことができたでしょうか?

私が言いたいのはこうです:なぜ男女間の不平等はまだ存在し、それはどうやったら止められるのか?私は全ての答えを知っているわけではありません。だって、私が男だからって何でも知ってると思うのは性差別ですよ、ねぇ!そもそも、オトコアメリカの男社会に男組織的に組み込まれた男有利を男説明するのは私の立場ではありません。そんなことしたらオトコマヌケみたいです。

正直なところ、この世は女性が仕切っていたほうが良いのではと思うことがたまにあります。その変化を起こすことは比較的簡単でしょう。世界中の男性に、キャンプの火を起こしたいと伝えればいいんです。焚き木の正しい並べ方とか、ライターの燃料を使うのはズルなのか(*)と男たちが言い争っているあいだに、女性たちは静かに仕事をこなしてしまうでしょう。

しかしそのような革命が起きるまで、私は女性たちのために闘い続けます。なぜなら私は自分自身の女性らしさを十分に理解した男だからです。性というのは範囲で示されるものだと考えますし、私はチャニング・テイタムとクマのプーさんのあいだのどこかにあてはまります。パンツを履かないという点で私とプーさんはよく似ています。帰宅したとたんにパッと脱ぎますから。そしてハチミツのつぼにもう手を突っ込んでるのです。

私は女性が好きなものはみんな好きです:ピーリング洗顔料、コスチュームドラマ、ジョー・マンガニエロの2列目の腹筋、自分の才能に見合った給料、ヨーク・ペパーミント・パティ、レゴラス、同僚からの尊敬、そして暖かくしていることなど。

さらに肉体的にも女性は私に共感できるはずです。私は女性的なヒップを持っています。柔らかくて掴みやすくて、ローライズのリーバイスから溢れています。私は何日にもわたってズボンからはみ出た贅肉(マフィントップ)を保ってました。確かに他のトークショーの司会にもイケメンはいます。ジミー・ファロンにはボーイッシュな魅力があるし、同性が好きな女性は、目を細めて凝視すればジミー・キンメルは荒れたミラ・クニスのように見えてくるでしょう。しかし女性の視聴者に必要なのはイケメンだけではありません。彼女たちは自分たちの声の代弁者が必要なのです。そしてこの文章をもって、私は本当に女性の観点を備えていると証明できたのではないでしょうか。なんせこれはうちのスタッフの女性ライター2人が大半を書きましたからね。

重要なのは、あなたたちのために私はいるということであり、私は『レイト・ショー』を女性にアピールするだけでなく、女性の声を讃える番組にすることに最善を尽くします。最近のテレビを観てると、女性であることとはヨーグルトを繊細に食べるとか、陰鬱な日に前向きな気分になる方法を探すとか、家探しをすることであるかのように錯覚しますが、私は本当に女性を尊重した番組を作るつもりです。女性であることとはもっと多様なことです。あなたは女性が好きな女性かもしれないし、女性と男性が好きな女性かもしれません。あるいは最近性転換した女性かもしれませんし、もしかしたらあなたは男性で、ガールフレンドが買ってきたこの雑誌を興味本位で読んでるのかもしれません。

あなたが誰であろうと、私は前向きになって対応することを約束します。私の贅肉はそれでよく目立ちます。

(*)ズルだよ!

スティーブン・コルベアーが司会を務める「The Late Show With Stephen Colbert」は9月8日よりCBSで放送開始。

「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」鑑賞

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まだ劇場公開中なので感想をざっと。

・前作はアニメ畑のブラッド・バードに初の実写監督を任せ、その賭けが当たって傑作が生まれたわけだが、今回はトム君とズブズブの関係であるクリストファー・マッカリーが脚本・監督を担当したことでスターに甘い作品ができてしまうのではと危惧していたものの、前作ほどではないにしろ娯楽精神に満ちて楽しめる作品になっていた。

・今年は奇しくもこれと「スペクター」「キングスマン」「コードネーム UNCLE」と4つも諜報機関ものの映画が公開されるのだが、本家007作品がドラマを重視したハイブローな方向にシフトしていったのに対し、「キングスマン」はローブローなところを、「UNCLE」はレトロ風味なところを、そして本作はアクションを重視したものということになるのかしらん。

・冒頭から中国の製作会社がクレジットされてることに驚くが、今後も中国出資の作品は増えてくるのかな?まあこのシリーズは3作目で既に中国ロケとかやってましたが。

・世界各地をまたにかけた大活劇のようで、前作のブルジュ・ハリファのような決定的なシーンに欠けているため、話にメリハリが足りない気もする。バイクのチェースは2作目でやってるし、オペラの裏舞台での格闘は007の「慰めの報酬」がやってしまったし。あと脚本家が監督もやったせいか話が必要以上に複雑なような?敵の組織はあんな強大そうなのになぜボスがいちいち現場まで向かうのかとか、水中の金庫は堅牢だろうけどメンテどうするんだとか、ツッコミどころも多かったな。

・あと「アウトロー」もそうだったけど、最後のボスとの戦いの描写が弱い。これはクリストファー・マッカリーの悪いクセなのかな。

・いずれHBOあたりがドナルド・トランプの物語をTVムービー化するときは、トランプ役はアレック・ボールドウィンでお願いします。

・トム君の相手をする女性にはヒールを履かせないことが一種のマナーなのですね。

・劇場のポスターには「最後のミッション!」みたいなことが書かれていたけど、前作でもそんなこと言ってなかった?しかもトム君は来年に新作を撮影開始すること公言してるし…。さすがに年齢的に無理があるようになってきたと思うものの、本人も相当思い入れがあるようなので、前作でジェレミー・レナーに譲ると言った話は破棄して、このまま体にムチ打って無茶なスタントに挑戦し続けてほしいところです。

「The Daily Show With Jon Stewart」最終回

The Daily Show_ Jon's Final Week
10年以上のあいだ、欠かさずに観ていた番組が終ってしまったよ。今となっては想像もつかないかもしれないが、2000年代前半はyoutubeも開始しておらず、インターネットでテレビ番組を見るというのは数秒程度のクリップを劣悪な解像度で観るといった程度で、海外の番組を気軽にチェックしてみるといったことはまだまだ不可能だった時代なのですよね。そんななかで「でいりーしょー」なる風刺番組がアメリカで人気らしい、という話を何かで知って、ならばカナダに行ったときに観てみようと思ったのが2004年のとき。よってこのブログを立ち上げたときから、俺はずっと「デイリーショー」を見続けていたことになる。ジョン・スチュワートがCNNの番組に出演して番組の司会者たちを論破し、知名度を一気に上げたのもその頃だったな。

アメリカおよび世界における最新の出来事(時には大手メディアが報じないニュース)を取り上げ、風刺しながらも物事の核心を鋭くつくスタイルは日本のテレビ番組に無いものであり、下手なニュース番組を観るよりもはるかに世の中の出来事について学べる番組であったのですね。ブッシュ政権がイラク戦争を押し進め、FOXニュースがそれを讃えていた時代に、風刺をもってそれに立ち向かったジョン・スチュワートは当時のリベラルにとって数少ない頼みの綱であったのだよ。

報道番組が(形式的にであれ)中立性を主張するなか、あくまでも自分の観点で物事を語っていった彼のスタイルは多くのジャーナリストにとっても羨望の的であったという。結果的にコメディ番組でありながらも多くの人がここからニュースを学ぶことになり、クリントンやオバマを始めとする多くの政治家や要人たちがゲストとして出演したのも特筆すべきことであろう。個人的には元国連大使のジョン・ボルトンと一歩も引かずにやりあったのが印象に残っている。

さらには「特派員」として出演した多くの若きコメディアンたちにも活躍の場を与え、この番組から大成していった人たちも数多い。スティーブ・カレルにスティーブン・コルベアー、ジョン・オリバーにエド・ヘルムズなどなど。いまのコメディ業界で活躍している人たちの多くは、「サタデー・ナイト・ライブ」か「デイリーショー」出身者のどちらか、と言っても過言ではないだろう。タイミング次第ではスチュワートがデビッド・レターマンの後任として「レイト・ショー」の司会を引き継ぎ、コルベアーが「デイリーショー」を引き継ぐ可能性もあっただろうが、「もしも」の世界を論じても仕方ないかな。

そして今回の最終回(60分特番)となったわけだが、前半は歴代の特派員たちが次々と登場して同窓会のような雰囲気に。サマンサ・ビーやロブ・コードリーといった、俺が番組を見始めたころの人たちや、モー・ロッカにヴァンス・ディジェネレスといったそれ以前の人々、さらには前の司会者のクレイグ・キルボーンまでもが出演して豪華だったなあ。トリはスティーブン・コルベアーが登場し、(アドリブで?)スチュワートの功績を真面目に語って、スチュワートは涙目。俺も泣きました。

そのあとは番組のスタッフへの感謝を込めて、彼らの仕事を紹介する映像が流される。自分を押し出さずに、裏方さんたちにもきちんと感謝するところにスチュワートの善い人っぷりが表れてますね。そして「世の中にはロクでもないことが溢れているけど、そうしたことを見抜ける人になりましょうね」という彼からの言葉が語られて締め。最後はスチュワートが大ファンであるブルース・スプリングスティーン&Eストリートバンドがスタジオ内で演奏して大団円。長い間お疲れさまでした。

なおこれで「デイリーショー」という番組が終るわけではなく、9月から南アフリカ出身のトレバー・ノアが後任の司会者を務めるわけだが、良くも悪くもスチュワートの番組とは全く違ったものになると思う。スチュワート自身は今後の活動について何も公表していないが、テレビであれ映画であれ、スタンダップであれ、我々のまえに引き続き元気な姿を見せて欲しいところです。今までどうもありがとうございました。

「Wet Hot American Summer: First Day Of Camp」鑑賞

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ネットフリックスの新作シリーズ。

日本では公開されてないし知名度ゼロ(俺も未見)ですが、2001年にアメリカで公開された「Wet Hot American Summer」というコメディ映画がありまして、サマーキャンプを舞台にした80年代のティーン映画のパロディをやってるのですよ(なお予算の都合で撮影は冬にやったらしい)。評論家にはウケなくてロジャー・イバートなどには酷評されたらしいが、監督のデビッド・ウェインをはじめとする「THE STATE」のメンバーたちや、ポール・ラッドにエイミー・ポーラー、クリストファー・メローニ、デビッド・ハイド・ピアース、ブラッドリー・クーパー、ジャニーン・ギャロファロといった、(主に当時は無名だった)有名俳優がたくさん出ていることでカルト的な人気を博している作品なのです。この人気を受け、当時のキャストをそのまま使って(みんな老けてしまっているのだが)プリクエルを撮影するという話は以前からあったのだが、それがついに製作されたというわけ。

当時のキャストは殆ど戻ってきていて、みんな若作りのメイクをしてティーンエイジャーの役を演じてるので、不気味といえば不気味だな。さらに今回はジェーソン・シュワルツマンやジョン・スラッタリー、クリステン・ウィッグ、クリス・パイン(!)といったキャストも出演するようで、無駄に豪華というか何というか。よくこれだけの役者を集められたよな。

内容はキャンプを舞台にしたスケッチコメディみたいな感じで、下ネタを中心に若者たちのシュールなドタバタが繰り広げられるといった内容。キャンプ場のそばに核廃棄物が不法投棄されてるとか、あとにつながるプロットみたいなのもあるのだけど全話観てないので何とも言えません。

登場人物がバカやってるんだけど誰もそれにツッコまない系のコメディ(ウィル・ファレルがよくやってるやつ)って個人的にはあまり好きなタイプのコメディではないけど、さすがにキャストが豪華なので「あ、彼があんな役やってるよ!」と気付きながら観るのだけでも楽しめるかと。

「ベルファスト71」鑑賞

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カソリックとプロテスタント系の住民の衝突(いわゆる「The Troubles」)が激化していた1971年の北アイルランドはベルファストを舞台にしたサスペンス。

若くしてイギリス陸軍に入隊したゲイリーは、初の勤務地としてベルファストに派遣される。そこでイギリスに抵抗しているカソリック系の住民の抑圧にあたるのだが、経験の浅い上長が部隊を率いていたこともあり、住人たちとの小競り合いのなかでゲイリーは部隊に置き去りにされ、さらにもう一人の兵士が住民によって射殺されてしまう。こうして身の危険を察したゲイリーは必死に逃亡を続けるのだが、彼を狙う者たちが追いかけてきて…というストーリー。

まあ北アイルランドが舞台の「ブラックホーク・ダウン」みたいなもの?戦地における兵士の必死のサバイバルを描いているのだが、「ブラックホーク」同様に、主人公を狙う住人たちが冷酷な野蛮人みたいに描写されてるのがどうも気になるのよな。彼らはゴミ缶のフタを打ち鳴らし、殺人も厭わない人間として映し出されるわけだが、彼らの土地であったところにズカズカ入植してきたのはイギリス人であるわけだし、この扱いにはどうも腑に落ちないところがあったよ。いちおう冒頭でイギリス軍がカソリック系の住人に非人道的な恫喝を行なうシーンがあったり、重傷を負ったゲイリーが住人に助けてもらう展開もあったりするものの、政治的なバックグラウンドがある映画の割には凡庸なサスペンスに仕上がっていると思わずにはいられない。これを観た人は、カソリック側からの視点でイギリス軍の横暴を描いた、ポール・グリーングラスの「ブラディ・サンデー」も観といたほうが良いかと。

そして単なるサスペンス映画として出来が良いかというと、そうでもなく。主人公のゲイリー(演じるのは皮肉にもアイルランド系のジャック・オコンネル)が終始あたふたしていて、どうも頼りないんだよな。ニーソン爺さんばりの孤軍奮闘をしろとは言わないが、もうちょっと機知を働かせて身を守っても良かったのではないかと。むしろ彼の運命は周囲の住人たちに委ねられているわけだが、イギリス軍の工作員としてイギリス寄りの住人たちと内通している人物が出てきたりして、変に難しい政治ゲームが主人公と関係ないところで繰り広げられたりしていた。

当時の北アイルランドでの衝突って、興味深いネタになりそうな話はいろいろあると思うのだが、これは全体的にパッとしない作品であったよ。