「SHOPLIFTERS OF THE WORLD」鑑賞

日本では「ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド」の題で12月に公開。日本の宣伝では実際にあった事件に基づいた映画であるように書かれてるところもあるが、冒頭でも「Based on true intentions」と出てきて実話とは書いてない。おそらくちょっとした事件をいろいろ脚色したものなんだろう。

舞台は1987年のコロラドはデンバー。イギリスのニューウェーブバンドのファンであるクロエは、なかでも一番好きなザ・スミスが解散したことを知って大きなショックを受ける。そんな彼女の友人で、レコード店で働くディーンはクロエのためにとその晩に地元のラジオ局に向かい、ヘビメタばかりかけてるDJに銃をつきつけてスミスの曲を流し続けるように命令する。そして友達とパーティーに出かけていたクロエはディーンのやったことを知って…というあらすじ。

ストーリーは比較的シンプルで、ラジオからスミスの曲がずっと流れるなか、クロエたちティーンの一晩の出来事が描かれる内容になっている。将来のこれからの進路に悩んだり、自分のセクシャリティに気づく若者とか、まあありがちな登場人物ばかりですかね。スミスのファンはベジタリアンでセックスもしないモヤシっ子たちばかり、というのはずいぶん偏ったステレオタイプなんだろうか。あとはディーンが脅すDJが意外と話のわかる奴で、ふたりが徐々に仲良くなっていくのがもう1つのプロット。でもニルヴァーナを知ってるDJなんて87年にはいなかっただろ。

ザ・スミス絡みの映画といえば、モリッシーの非公式伝記映画「イングランド・イズ・マイン」があったが、スミスの曲が使えなかったあちらと比べてこっちは有名曲が流れっぱなし。単なるサントラとして使われるのではなく、登場人物のセリフのあちこちに曲名が引用されたり、メンバーのインタビュー映像が挿入されたりと、かなりストーリーに組み込まれた作りになっていた。デンバーの少年少女が自転車を乗り回してスミスのPVを模倣するシーンとか、意外ときめ細かくて関心してしまったよ。監督のスティーブン・キジャックって音楽ドキュメンタリーばかり撮ってた人らしいが、音楽に合わせた画作りに慣れてるんだろうな。

クロエ役のヘレナ・ハワード、ってよく知らんがディーン役に「6才のボクが、大人になるまで。」のエラー・コルトレーン。あの映画のおかげで写真家になったような印象をつい抱いてしまうが、しっかり役者になってたのですね。あとはトーマス・レノンが3秒くらい出ているほか、DJ役にジョー・マンガニエロ。

本国の批評家にはあまりいい評判を得てないようだけど、俺はよく出来た青春映画だと思いましたよ。また意外なことにモリッシー御大もこの映画を気に入ったそうな。この映画の収益の何%かは、アンディ・ルークは無理でもマイク・ジョイスが受け取ることになるだろうし(あれルークも印税もらえるんだっけ?)、ザ・スミスのファンならそれなりに楽しめる作品ではないでしょうか。

「DUNE/デューン 砂の惑星」鑑賞

俺はデビッド・リンチ版「デューン」が好きである。批評家ばかりか監督自身、さらにはホドロフスキーまでがディスってる作品だが、冒頭のお姫様が物語を語り始めるところからトトのサントラから最後のクレジットまで、唯一無二の雰囲気を持ったSF映画だと思ってるし、アラン・スミシー名義(だっけな)の延長版とかも楽しんだクチである。リンチの映像をほかの監督の作品と比べるのも野暮だと思いつつも、今回の映画化はついリンチ版と頭のなかで比べつつ観てしまったよ。リンチ版はアトレイデス公爵の歯が抜かれるシーンとか、子供の自分にはずいぶんトラウマになりましたが、今回のはそこらへんがずいぶんソフトな表現になってましたね。

そして以下はネタバレ注意…と言いたいところだが原作をかなり忠実に映像化してるので、どこがネタバレになるのか判断が難しいところである。原作に比べて違うのはダンカン・アイダホの活躍シーンが多いとか、あるキャラが女性になってるといったところくらいか。原作を読んだのはかなり前とはいえ(石森章太郎の挿絵だったころ)、次はどうなるんだろうと思いながら観たというよりも、あーここはこう撮ったのね、と確認しながら観ていく感じだった。これ原作知らない人にはどう感じられたんだろうな。

ちょっと意外だったのは宇宙ギルドの連中が登場しないことで、星間旅行にあたってスパイスが必要なことは簡単に説明されてるだけだし、スパイスを摂取して外見が怪物のようになったギルドの宇宙飛行士は登場せず。おかげでスパイスの重要性がずいぶん説明不足になってたような。そもそもスパイスの別名である「メランジ」という言葉が出てきたっけか?説明不足といえばドクター・ユエのコンディショニングにも言及がなかったな。

キャスティングは豪華だし、ヴィルヌーヴの以前の作品にも出ていた人が多くて息が合ってたんじゃないですか。ダンカン・アイダホってシリーズを通じた傍観者というイメージがあるのでジェイソン・モモアだとクセがありすぎるかもしれないが。あとハンス・ジマーの音楽が、毎度ながら「派手にやっときゃいいだろ!」といった感じだったな。エキゾチックなチャントとかは興味深かったけど。

あまり宣伝でも断りがされてないけど、これはあくまでも物語の「パート1」でして、なんかこう話が弛んだところで次回に続く、になっていたな。しかし続編の製作はまだ決定してないそうなので、興行成績とか大丈夫なんですかね?アメリカではHBO MAXで同時配信されるとかで、劇場の興収がそっちにとられてしまうんじゃないだろうか。まあ世間的な評判を見るに続編作るのでしょうが。たぶん。 

「HELP」鑑賞

「キリング・イヴ」でブレークして、「フリー・ガイ」が大ヒット、そして今度は「最後の決闘裁判」に出演と絶好調のジョディ・カマーが主演したチャンネル4のTVムービー。以下はネタバレ注意。

イギリスでのCOVID-19パンデミックをテーマにしたもので、粗野な家庭の出身のサラはリバプールのケアホームで介護士として働くことになる。そこは主に老人たちが住むケアホームだったが、若年性認知症のトニーも住んでおり、サラは彼と仲良くなっていく。しかしイギリス全体にパンデミックが襲いかかり、ケアホームにおいても感染者が増えて介護士の手がまわらなくなり、サラは絶望的な状況に置かれるのだった…というあらすじ。

ロックダウン下での家族生活を扱った「Together」もそうだったが、イギリスのテレビは時事ネタを映画化するのが早いよな。これは業界全体が小さいからなのか、あるいは脚本家に劇作家が多いので、少人数の物語ならすらっと書けてしまうのだろうか(この作品の脚本家は「ワンダー 君は太陽」などいろいろ書いてるジャック・ソーン)。

この作品も三幕劇のような構成になっていて、前半はサラがケアホームでの仕事に慣れていく展開が描かれ、中盤になってからはCOVID-19が皆に襲いかかり患者が増えるなか、サラが夜にひとりで皆の世話をしようと努力する展開になっている。20分以上の長回しシーンもあるよ。そして最後は、ケアホームの所長によるトニーへの扱いに憤慨したサラが、トニーを逃そうとする話。

急いで撮影したのか全体的に作りが雑な感じは否めなくて、それぞれのシーンのつながりとかがよく練られていなかったような。その反面、荒削りだがパワフルなメッセージを打ち出した作品でもあった。しかし何故かクローズアップと浅いフォーカスを用いた撮影が多用されていて、画面のどこかしらがボケているのが気になって仕方なかったよ。ああいうアート映画っぽい撮り方はこういう作品には向いてないと思う。

トニー役に「ヴェノム2」のスティーブン・グレアム。どうもジョディ・カマーの才能を見出したのが彼だそうで、師弟コンビの共演映画ということになるのかな。あとはケアホームの所長をイアン・ハートが演じていて、ニタニタ笑いながら怒るという奇妙な演技を見せてくれます。

物語の最後においてサラは画面に向かって国への恨みの言葉を吐き続け、エンドクレジットではパンデミックでの犠牲者の4割がケアホームの住人だったこと、必要な防護具がケアホームの1割にしか届けられなかったことなどが説明されていく。このように国をしっかり批判できるのがイギリスのテレビ局(さらに言うとチャンネル4)だよなあ。日本のテレビ局はこういうことできないでしょ。

「Madi: Once Upon A Time In The Future」読了

月に囚われた男」「ミッション: 8ミニッツ」のダンカン・ジョーンズが、ライターのアレックス・ディ・カンピと組んでストーリーを執筆したコミック。

昨年の6月くらいにキックスターターでクラウドファンディングが始まって、そのときはコロナの給付金(覚えてる?)が振り込まれてたので気前よく30ドルほどのソフトカバー版をプレッジしたのだが、電子書籍ではないから後から送料が50ドルほど上乗せされ、なんだかなーと思っていても発送の連絡が全く来ない。コロナの影響で印刷に手間取っている、というニュースレターは届いてたので仕方なく気長に待ってたら他のアジア地域には届いている、という書き込みを見つけたので問い合わせしてみたら、すまんデータベースが破損したので送れなかった、といういいかげんな言い訳が来た次第。おかげでプレッジしてから実物を手にするまで1年以上待たされることになったよ。しかもこれ出版社がアマゾンでも販売してて、日本でも送料込みで3000円ほどで入手できるようで、待たされて高い送料払ったのは何だったんだよという気分。コミックのクラウドファンディングするのは、データ納品される電子書籍のみに徹したほうが良さそうですね。

とはいえ約30センチ X 20センチの大判サイズで260ページのソフトカバーは紙の書籍ならではの質感があってなかなか心地よい。1つのストーリーを複数のアーティストが数ページずつ描いているスタイルで、有名どころではダンカン・フィグレド、グレン・ファブリー、クリス・ウェストン、サイモン・ビズレー、ピア・グエラなどといった、主にイギリスのアーティストが携わってますね。当然ながら人によってアートのスタイルが違うので、キャラクターの顔が突然変わったりして戸惑うところもなくはない。素手の戦闘で人体破壊が行われるシーンをサイモン・ビズレーが担当してるあたり、いちおうそれぞれのアーティストの特性にあわせてページを振り分けてるのかな?

舞台は近未来。マディ・プレストンはイギリスの特殊部隊員だったが体内に無数のサイバネティックス補強を施したために多くの借金を抱えており、退役後は彼女の姉たちとともにリバティー・インクという企業の傭兵として危険なミッションをこなしていた。ロンドンのミッションでも同僚を一人失ったマディは、単独で上海の大企業「レッドサン」の代理人の依頼を引き受け、あるテクノロジーを奪取するために巨大船舶に潜入するが、そこで彼女が発見した「テクノロジー」とはサイバネティックスを埋め込まれた一人の少年だった。特異な技術を持ったディーンという少年をレッドサンに引き渡すマディだったが、あどけない少年を渡したことに罪悪感を感じて彼女はディーンをレッドサンから奪い返し、技術者のテッドとともにアメリカへ逃亡するのだったが…というあらすじ。

主人公のマディは身体中に埋め込まれた補強インプラントのおかげで超人的な身体能力を誇るものの、身体を他人にハックされる可能性があるため劇中の大部分では機能をオフにしていて、逆に皆の足手まといになるくらい。冒頭でディーンを誘拐する際も謎のブラックアウトを経験していて、実際そこで何が起きたのか?というのがストーリーの大きなカギになっている。一方のディーンは世界中にあふれる電気信号を見ることができて操れるという能力の持ち主で、ATMだろうとドローンだろうと自在にハッキングできる能力はちょっとチートすぎるかな。

おれ最近のダンカン・ジョーンズの映画を観てないのですが、「月に囚われた男」「MUTE」と同じユニバースの作品なのかな?サイバーパンク作品だが内容はSF要素よりもアクションに重きを置いたものになっていて、バンド・デシネよりも「2000AD」にノリは近いかな。ジョーンズは「2000AD」原作の「ローグ・トルーパー」の映画化にもとりかかってるはずだから、あれに影響されたのかもしれない。ニール・ブロムカンプの映画の雰囲気にも近いかな。

中国のレッドサン社が具体的に何をやりたいのかとか、全体的な世界設定の説明が足りないし、ストーリー展開もありがちではあるのだが、話のテンポがよくて飽きさせず、著名なアーティストたちのアートにも支えられて結構楽しめる作品になっていた。少なくとも30ドルの価値はあるかな。送料50ドルとなると考え込んでしまうけど。

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」鑑賞

題名、「死んでる時間はない」よりも「死ぬ時ではない」という意味だった。以降はネタバレ注意。

  • ダニエル・クレイグ版ボンドの最終作品ということで、007映画にしては珍しく彼の今までの4作のストーリーをかなり引き継いだものになっているほか、「ドクター・ノオ」を意識したオープニング・クレジットからあの曲が流れるエンドクレジットまで、今までの007映画のオマージュが散りばめられた内容になっている。終盤の敵基地でのアクションは「2度死ぬ」か「私を愛したスパイ」、「ダイ・アナザー・デイ」あたりを連想させましたね。
  • そもそも前作「スペクター」でクレイグが降板する見込みがあったわけで、「アストン・マーティンに乗ってボンドは女と去る。あとは知らね。」というあの結末に、無理して続きをつけた感がなくもない。よって今回も続けてレア・セドゥがボンドガールを演じるという異例の展開になっている。以前は作品ごとにヒロインを取り替えてもお咎めなしだったのが、映画業界的にそれはどうよ、という流れになってきていて、「ミッション・インポッシブル」もそれの辻褄あわせにやけに時間を割いていたな。まあ前作のヒロインが続編で殺されるパターンの「ボーン」シリーズよりは健全なのでしょうが。
  • ブロスナン版ボンドの終盤でガジェットも敵の計画も世界規模の無茶苦茶なものになって、それをリセットして地味なスパイものに戻したのが「カジノ・ロワイヤル」だったが、作品を重ねるにつれてサイレンサー銃での暗殺がマシンガンでの銃撃戦になり、敵基地での壮大なドンパチになるアクションのインフレの流れはブロスナン版もそうだったし、前作「スペクター」でその傾向があったのでさほど以外ではない。ただ今回はテーマである「毒」というミクロな存在と、世界規模の陰謀のバランスが合ってない気がしたよ。
  • キャリー・フクナガの演出は可も不可もなし。ボンド映画最長の尺となったが特に中弛みもしない一方で、ものすごく印象に残るアクションやショットもなかったような。オープニングクレジット前からエンドクレジットの曲名が言及されたり、電車でマドレーヌと別れる際の彼女の手の位置とか、かなり分かり易い伏線が張られてましたね。あとアナ・デ・アルマス、もうちょっと出してほしかったな。
  • ラミ・マレック演じる悪役はチート級の強さというか組織を誇っていて、あなたその活動資金はどこから調達してるのよ、という説明は全くなかったけどまあいいや。今回は女性の00エージェントが登場するなどいろいろ時代の流れに配慮してる設定もある反面、ボンド映画のヴィランは顔に障害があるという、政治的に正しくない伝統を律儀に踏襲してまして、あれに対しては英国映画協会から助成金が出なくなったはずだが、助成金なしで映画作ったのでしょうか。
  • 悪役の組織に対するボンドの組織、ミサイル発射の権限持ってるのか?なんであんな場所に戦艦がいたんだ?
  • 海に沈んだ彼はやはりサメに喰われたのかな。
  • ダニエル・クレイグ作品の集大成にすることに気負いすぎて、無理なこじつけが感じられたり、スカッとする娯楽作品にもならなくてモヤモヤする点はあるものの、まあこれで1つの時代が終わったんだなという感はある。次作は主演も親会社も代わって、ブロスナンからクレイグに移行したとき以上のハードリセットがかかるのでしょうね。21世紀におけるジェームズ・ボンドの立ち位置というのは常に議論の的になるけど、彼は古き良き大英帝国の遺物という存在でもあるので、あまり時代にあわせずに、時代錯誤の象徴であっても構わないのではと個人的には思うのです。親会社の都合で、ガジェットをアマゾンに送ってもらうボンドが登場しなければ良いのだけど。