「Dr. Who and the Daleks」鑑賞

ピーター・カッシングがドクターを演じたことで知られる劇場版「ドクター・フー」の、2つあるうちの1つ。ストーリーはテレビシリーズの第2話(早川書房から小説版が出てたやつ)をもとにしているけど、内容はまるで「ドクター・フー」とは呼べない代物になっていた。

オープニングで流れるのは例のテーマ曲じゃなくてチープなモンド系の音楽だし、なんとドクターはタイムロードとか異星人という設定ではなく、ただの気のいい地球人の発明家という設定になっている。そんな彼の発明したターディスに乗って、孫娘ふたりとその恋人と一緒にドクターは遠い星に行くのですが、そこにはダーレクという不気味な種族がいて…という話なんだけど、セットは大がかりなものの出演者の演技はみんな凡庸だし、ストーリーに起伏がないし、ダーレクはレンズに泥を塗られたくらいで慌てふためくし、何だかなあといった感じ。当時の観客は「ドクター・フー」にこの程度のことしか求めてなかったんだろうか。ピーター・カッシングは好きな俳優だけど、彼にはグランド・モフ・ターキンとかヘルシング教授のような高い頬骨の似合うシリアスな役を期待してしまうのであって、この映画のような好々爺の役はどうも違うと思うんだが。

「ドクター・フー」のよほど熱心なファンでなければ、観る価値のない作品。

「チャンス」鑑賞

前から観たいと思っていた作品だけど、期待してたほどのものではなかったかな。

ピーター・セラーズ演じる軽度の知的障害をもった庭師チャンスが、主人が死んだことにより子供の頃から出たことがなかった屋敷を追い出され、初めての外界で多くの人々と出会っていく。その無垢さゆえにチャンスは人々の心情を映し出す鏡のような存在になって、人々は彼の何も意味のない言動に対し勝手に深い意味を見いだして感銘を受けるわけだが、あくまでも彼らはチャンスがただの庭師だということを知らないわけであり、それに対して観客はチャンスの正体を知っているから人々とのやりとりがどうもまどろっこしく感じられるんだよね。フランク・ダラボンの「マジェスティック」を観たときにも感じたが、観客だけが主人公の過去を知っている場合、周囲の登場人物の応対などをちゃんとうまく描かないと、周囲の人々が単なるアホのように見えてしまうんじゃないかと。

なお世間知らずが世間に出た話、という意味ではリンゼイ・アンダーソンの「オー!ラッキーマン」のほうが面白かった。もしかしたら「引きこもりが親の死によって家から出た話」として見ることもできるかもしれない。チャンスがテレビ中毒だというのをネット中毒というのに置き換えてさ。

ピーター・セラーズって稀代なコメディアンという見方が一般的だけど、個人的には「ピンク・パンサー」シリーズを大して面白いと思わないことや、この映画や「博士の異常な愛情」の役の印象が強いために、むしろペーソスのある役者という感じがするんだよな。あのアホ映画「カジノ・ロワイヤル」でもしっかり途中で殺されてたし。むかしロンドンにあるフリーメーソンのグランド・ロッジを見学したときに彼の写真が飾られてたのには驚きましたが。

「007/慰めの報酬」鑑賞

ダメ。前作で不満に思ったことがそのまま踏襲されている。一番ムカつくのは、悪役がサム・ライミ似の中間管理職のサラリーマン風情な猫背の中年男(当然弱い)だということ。世界征服を企む大富豪や、巨大兵器を建造するキチガイ科学者はどこに行ってしまったんだ!失脚した大統領にとりいって満足してるような偽エコ会社の社長なんか相手にしてどうするんだよ。奴の背後にある組織についてもろくに説明されないし。あとボンド・ガールがボンドとヤらないというのも非常に問題かと。

それとチェイス・シーンが多いのは結構なんですが、編集が粗いうえに競馬だのオペラだののシーンを挿入しているために何が起きているのかがとても分かりにくいことが多々あり。ここらへんは同じイギリス映画の「ホット・ファズ」から学ぶものがあるんじゃないでしょうか。

スクリーンを見ながらずっと、不敵に微笑むコネリー時代のボンドを懐かしんでいました。ボンドがいつまでもウジウジ悩んでるようじゃ、ねえ。

「MAN ON WIRE」鑑賞

今回のアカデミー賞ドキュメンタリー部門賞の最有力候補「MAN ON WIRE」を観る。

これは1974年に世界貿易センタービルの2つのタワーのあいだで綱渡りを行ったフランスの軽業師フィリップ・プティの物語で、歯科医の待合室にあった雑誌で完成前の貿易センターの写真を目にした若きフィリップは、その瞬間に自分の夢が何であるかを悟り、貿易センターでの綱渡りを達成するためにひたすら突き進んでいく。金とか名誉とかとはまったく関係なしに、ただ純粋に自分の夢を追いかけて期待に胸をふくらませるフィリップの姿が素晴らしい。とはいえ彼は盲目的に夢を追ったわけではなく、何度もニューヨークに渡っては貿易センターの研究を重ね、時には記者を装ってタワーの屋上で写真を撮ったりして綿密に計画を重ねていく。そして仲間たちとともに貿易センターに侵入し、機材を屋上に運びこみ、ガードマンの監視をくぐり抜けながら弓矢を使ってタワーのあいだにケーブルを張る光景は「オーシャンズ11」も顔負けのスリル映画といった感じ。

こうしてケーブルを張ることができたフィリップは、ついに地上450メートルの空へと足を踏み出し、45分もの長きにわたって綱渡りを繰り返すことに成功する。目もくらむ高さにおいて宙に浮かんだフィリップの姿は、彼が無事に生還することを知っていてもハラハラさせられずにはいられない。そしてケーブルの真ん中あたりで、空を制したかのように微笑むフィリップの写真が非常に印象的だった。この偉業の直後に彼は警察に逮捕されるんだが、世論に護られるような形で不起訴になり、子供たちのパーティーへの出演だけを命じられたというのも微笑ましい。これが今のアメリカだったらテロリスト扱いされてグアンタナモあたりにでも送られてただろうからね。

人が夢に向かって進んでいくことの素晴らしさを実感させられる作品。こういうのを観ると、じゃあ自分の夢はいったい何なんだろうと考えずにはいられないですね。

「殺人者はライフルを持っている!」鑑賞

ピーター・ボグダノヴィッチの監督デビュー作。実はボグダノヴィッチの作品を観るのってこれが初めて。ロジャー・コーマン大先生の指揮のもと、ボリス・カーロフに2〜3日働いてもらい、それにカーロフ主演の「古城の亡霊」のストック映像を組み合わせて映画を1本つくれという実にB級映画的なコンセプトで製作された映画なんだけれども、独自のスタイルを持った素晴らしい出来の作品になっている。低予算映画のお手本みたいな作品。

カーロフ演じる老いたホラー俳優と、家族を射殺した後にライフルで無差別殺人に繰り出す青年の話がうまい具合にセグエしながら描かれ、最後に両者のストーリーが合わさり「本当の恐怖はスクリーン上ではなく現実世界にあった」というラストに持っていくまでの流れが巧みにできている。脚本の手直しをサミュエル・フラーが行ったらしいが、青年のバックグラウンドなどについては殆ど何も説明されてないのにも関わらず、きちんとキャラクターとして成り立っているところも巧い。

ボグダノヴィッチって映画インテリのイメージがあって、今まで何となく敬遠してたんだけど、他の作品も観てみようかな。