「FAST COLOR」鑑賞

1年くらい前にアメリカで公開された低予算SF。プロットの深いところまで書くので以下はネタバレ注意。

舞台は近未来、8年間も雨が降っていないアメリカ中西部。水が貴重な社会において、ルースという女性が逃避行を続けていた。彼女は発作が起きると巨大な地震を誘発するという特殊な能力の持ち主で、自分がコントロールできないその能力が周囲に迷惑をかけないように、そして彼女の能力を狙う科学者たちから逃げるために旅を続けていた。しかし彼女も根気が尽き、かつて家出した我が家へと戻ってくる。そこには母親のボーと、ルースが置いていった娘のリラが暮らしていた。彼女たちもまた特殊な能力を持つ者たちであり、ルースをかくまうが、彼女を狙う科学者たちも近づいていた…というあらすじ。

特殊能力を持った人の逃避行、という点では「ミッドナイト・スペシャル」に似ているけど、ルースが家に着いてからは女性三人の家族ドラマみたいになる。超能力バトルみたいなものはなくて、もっと叙情的な内容かな。現地では黒人向けの映画を扱う配給会社が配給したらしいが、人種的なテーマは特になし。知的なSF小品といった感じで、結構楽しめました。

ルースを演じるのがググ・バサ=ロー。自分の能力をコントロールできず、娘の世話もできない情緒不安定な役回りなのでちょっと損をしてるが、そんな彼女を黙って受け入れる母親役をロレイン・トゥーサントが演じていて、こっちが主人公じゃね?と思うくらいに大変よい演技でした。町の保安官をデヴィッド・ストラザーンが演じていて、個人的には大好きな役者なのであります。

監督はジュリア・ハートで、タフな女性たちの描き方は女性監督ならでは…と言ったら差別的かな。でもしっとりとした演出とか、最後の美しいクライマックスは良かったですよ。102分という比較的短い尺のためか、雨の降らない世界の描写は中途半端だったし、ルースたちの能力も説明不足だった感は否めないが、この映画をもとにしたTVシリーズがアマゾンで企画中だそうな。いろいろ掘り下げれば面白くなりそうな設定なので、シリーズのほうにも期待しましょう。

「LITTLE JOE」鑑賞

ヨーロッパ製の(いちおう)SFスリラー。邦題は「リトル・ジョー」で7月公開予定だとか。以降はネタバレ注意。

シングルマザーのアリスは植物学者で、同僚のクリスたちとともに新種の花の改良にあたっていた。彼女の作り出した花は匂いを嗅いだ人たちに幸福感を与えるというもので、彼女は息子のジョーにちなんで花を「リトル・ジョー」と名付ける。そして真っ赤な花を咲かせたリトル・ジョーは大量に花粉を撒き散らし、それを吸った人たちはどことなく奇妙な振る舞いを見せるようになる…というあらすじ。

このあらすじだけで話の展開が8割がた分かると思うが、まあ要するに植物のリトル・ジョーが人を操って自分たちの覇権を広げる話ではあるのですが、あくまでもアートハウス映画といった内容なので派手な展開はなく、リトル・ジョーが毒ムチを持って人を襲うとか、人を大量自殺に追い込むとかといった演出は全くなし。ちょっとあの人変わったわね、というような話が淡々と続いていく。

これを観る人って話の内容は大まかに知ってるだろうし、話の序盤でもリトル・ジョーがどうも怪しいことは分かるのだが(ほかの同僚が指摘する)、アリスとクリスはリトル・ジョーを守る側なので、そういった予兆をことごとく無視してるのがなんかまどろっこしい。ホラーなら真っ先に殺されてる役ですぜ。リトル・ジョーが何かのメタファーという訳でもないみたい。

監督はオーストリア人のジェシカ・ハウズナー。全体的にポップな色使いとか、雅楽(だよね?)だらけのサントラとかが、あーなんかゲージュツ映画だなーという感じ。別に悪くはないが。アリスを演じるのがエミリー・ビーチャムで、この役でカンヌで女優賞獲ってるのか。クリス役がベン・ウィショー、あとは「シャロウ・グレイブ」のケリー・フォックスが出ています。

「トリフィドの日」みたいなサスペンスを期待してたのだけど、そういう作品ではありませんでした。研究所のセキュリティが緩すぎるだろうとかいったツッコミもあるものの、リトル・ジョーの花粉はマスクで防げるということで、やっぱりマスク大事!と今の時世を鑑みて思ってしまったのです。

「THE LIGHTHOUSE」

「THE WITCH」のロバート・エガース監督のサイコホラー劇。

舞台は19世紀後半、ニューフイングランド沖の孤島に建つ灯台の当番に、エフライムとトーマスというふたりの男性がやってくる。老人であるトーマスは新人のエフライムに肉体労働などの雑務を押し付け、自分は灯台の光源の管理を独占していた。それに不満を抱くエフライムだったが、やがて彼らの当番期間である四週間が過ぎようとしていた。しかし悪天候のために来るはずだった迎えの船は姿を見せず、彼らふたりは島に孤立する。やがて食糧も底をつきはじめ、憔悴したふたりの精神は崩壊していき…というあらすじ。

「THE WITCH」でも1600年代の英語にこだわり、自然光での撮影にこだわったエガースだが、こちらもいろいろこだわってて映像はモノクロで画面アスペクト比はほぼ正方形、使われる言葉は当然19世期のもの、という作りなので、まあ観る人を選ぶ作品だよな。アート映画のようで、音楽が派手なあたりはユニバーサル・モンスターとかのレトロホラー映画を彷彿とさせるかな。

エフライム役がロバート・パティンソンでトーマス役がウィレム・デフォー。ほとんどこのふたりだけが出てる内容で、どっちも(特にデフォー)マンガみたいな顔してるから、モノクロの映像のなかで目をギラギラさせています。パティンソンいい役者になったよなあ。男ふたりの話ということでホモエロティックな要素もなくはないのだけど、基本的には凸凹コンビのドタバタ劇という展開であった。

ウェールズ沖の灯台で実際にあったという当番ふたりの悲劇にインスパイアされた話らしいが、触手とか怪物も出てきたりして、なかなかしんどい話にはなっております。これから先、コロナウィルスでの外出自粛が求められたりするでしょうが、あまり家に閉じこもってると気が狂うよ、という教訓になる映画じゃないでしょうか。

「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey」

うーん、個人的にはかなり残念な映画であった。これタイトルからは3つの展開が想定できると思うのですよね:

1、「BIRDS OF PREY」ということで同名の女性ヒーローチームの物語。しかし確かにハントレスとかブラック・キャナリーといったメンバーが出てくるものの、そもそもチームの真っ当なメンバーでないハーレイ・クインの映画ということでメンバーは脇役扱いに。

2、ハーレイ・クインを主人公にしたコミックやアニメの実写版。内容的にはこれがいちばん近い。ハーレイの大騒ぎがずっと展開されるわけだが、それって読み切りのコミックや30分のアニメだから楽しいわけで、2時間弱の映画にするにはストーリーが弱いな、という印象だった。

3、ハーレイのemancipationの物語。日本ではなぜか「覚醒」と訳されてるけど、「emancipation」って「解放」でしょ。「スーサイド・スクワッド」ではジョーカーとの関係がDV愛のようなものだと示唆されていたハーレイが、彼との主従関係を断ち切って自立する話になるんじゃないかと、自分は勝手に期待してたのですね。ハーレイの名を世に知らしめた傑作コミック「MAD LOVE」だって、自分を支配するジョーカーの下で葛藤するハーレイがテーマだったじゃん。

そうなるとこの映画、ジョーカーが登場してこそ意味があるのでは?と思うのが筋でして、バットマンの登場しない「ジョーカー」に対して感じたモヤモヤを今回も感じてしまったよ。俺だってジャレッド・レトのジョーカーはウザかったけど、主人公が解放される対象を登場させないまま、「emancipation」とか名乗るのはどうかなあ、と思うのです。

ストーリーもね、カサンドラ・ケインを原作とは全く異なる役柄にしているあたり、なんか脚本ありきでコミックのキャラクターを無理やり当てはめたような感がありました。キャナリーのあれとかも突然出てきて、どうも脚本が十分練られていないのでは。マーゴ・ロビー含めキャストは頑張ってるのに、やっつけ仕事みたいな作品になってしまったのが残念。今後の「ブラック・アダム」にしろ「ブラック・ウィドー」にしろ、アメコミのスピンオフ映画は主人公よりも相手役をどれだけ立てられるかがキモになってくるのではないだろうか。

「スキャンダル」鑑賞

この作品、日本のレビューだとニュース局でのセクハラだとかMeToo運動とかとの兼ね合いで語られてることが多くて、それはもちろん間違っていないものの、その舞台となったFOXニュースとは何ぞや?ということを説明しているものが非常に少ないので、その観点からちょっと書き記してみる。俺自身もFOXニュースなんてあまり観たことないし観たいとも思いませんが、「デイリーショー」などでネタの対象にされてることもあってそこそこ詳しいと思うので。

FOXニュースは劇中でも語られるようにルパート・マードック傘下のケーブル局で、モットーは「Fair & Balanced」(公平でバランスがとれた)といいつつも政治的スタンスはコテコテの保守右寄りで、煽動的なコメンテーターを起用することでブッシュ政権時に保守層のあいだで視聴者を増やし、CNNを追い抜いてトップのケーブルニュース局になったんだっけな。

その原動力となったのが本作品の悪者であるロジャー・エイルズで、物事の真相なんぞ気にせずに報道を煽るスタイルでFOXニュースをバリバリ売り込んでいった。劇中にもあるように上司であるマードック一家にも楯突くような人物で、マードック一家が政治的にどのくらい保守なのかは諸説あるようだが、FOXニュースが保守層の絶大な支持を得るようになったのはエイルズの手腕によるものが大きいと言われている。実はこの作品で扱われるエイルズのセクハラ事件、映画公開の直前にSHOWTIMEで「The Loudest Voice」というTVシリーズにもなっている。そちらではラッセル・クロウがでっぷり太ってエイルズを演じているが、未見なので比較はできません。

https://www.youtube.com/watch?v=lAnJJHrq0Ws

さて「スキャンダル」はカズ・ヒロによるメーキャップが話題になってアカデミー賞を受賞しているが、ジョン・リスゴウ演じるエイルズはゲイリー・オールドマンのウィンストン・チャーチルと同じで、とにかくデブメイクをすれば似てくるよね、という感じではある。一方のシャーリーズ・セロン演じるメーガン・ケリーはよく似ていて、ニコール・キッドマンのグレッチェン・カールソンはまあまあ似ている、といったところ。むしろ脇役のニュースアンカーたちの似てなさっぷりに驚きまして、ヒゲとグラサンという分かりやすいスタイルのヘラルド・リベラは別として、クリス・ウォレスなんてあなた誰よ、という姿だった。ビル・オライリーはそこそこ似ていて、ショーン・ハニティーはそうでもない、というところかな。

そしてこの映画では被害者として描かれるメーガン・ケリーとグレッチェン・カールソンも、FOXニュース時代ではコテコテの保守寄りのコメントを垂れ流してた人たちなのですよね。ケリーは企業が従業員に産休を与えることを批判していたのに、自分が産休に入ったあとはしれっと産休を称賛したり、カールソンは朝の番組でスティーブ・ドゥーシー(ともう一人)と毎日オバマ批判を繰り返していたし。なおケリーは一連の騒動のあとにFOXニュースを去って鳴り物入りでNBCに移籍したものの、自分の看板番組で「ブラックフェイスって悪いことじゃないですよね?」という無神経な発言をしたために番組はすぐさま打ち切られている。つまりケリーもカールソンも、FOXニュースでスピンを繰り広げてた人たちであるのですよ。

これを受けて「FOXニュースで働いてたんだからヒドい目に遭うのは当然だ」という気は毛頭無いのだけども、劇中ではケリーやカールソンの過去の振る舞いがずいぶんスルーされていて、観ていてモヤモヤしてしまったよ。これアメリカの観客もリベラル派は同様にモヤモヤしただろうし、保守派はそもそも劇場に足を運ばなかったんじゃないだろうか。

だからこの映画を観ているあいだ、「これは誰のために作ったんだろう」という考えが頭から拭えなかった。きょう読んだ記事にもあったけど、数年前にニュースになった出来事を映画化するなら、誰もが知らなかった事実とか観点を取り込まないといけないと思うのですよね。ただ物事を整理して映像化するのでは意味がないでしょう。